ゼロリオン ~何かを奪う使い魔~   作:ランタンポップス

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待たせたな(スネーク並)


時に純情、時に夢中。

 夜を洗い流すように、朝日は山脈の登頂より顔を覗かせる。黒を身に受けていた木々や石が、青白い光を得られる時間になりつつある。この世界での、何度目かの朝がやって来た。

 

「…………んん」

 

 まだ人間が起きるには早い時間とは言え、彼の朝は始まった。

 

「むにゃ……」

 

 寝惚け眼を擦り、弱い太陽光が差し込む薄暗い部屋を見渡して、物足りないようにあくびを一つ。別にもう少しだけ眠れるのだが、ただ毛布を被って眠るだけでは物足りない。

 

「……やっぱ圧迫して寝ないと落ち着かない。クッションとクッションの隙間が理想的なんだけどなぁ……思えばここに来てから、一回しかソレで寝てないし」

 

 現状に不満な所はない。ルイズの言い付けは守るし、分を弁える。食事は調理場で食べる事も許可されたし、友人だっている。時に起きる事件はあれど、夜も眠れないといったトラブルもストレスもない、至って平穏な生活。

 

 

 しかし、唯一ある不満点が睡眠である。彼は何かと何かに強く挟まっていなければ落ち着いて眠れないのだ。お陰でここ最近は寝不足気味か。

 

「ご主人に掛け合って、椅子とか机とか使ってみよう。これじゃあ、目の下に隈が出来ちゃうぞ」

 

 そう言いながら、「よっこらしょ」と怠い身体を何とか起こし、大きく伸びをする。膠着状態で固まった身体からポキポキと音がなり、幾分か解されたような気になった。

 

 

 息をふぅっと吐き、チラリと隣に目を向ける。豪華なベットの上で、ルイズがまだスヤスヤ寝息を立てて眠っていた。その寝顔はとても穏やかで、いつものややドギツい彼女よりも少女らしい、あどけない表情を見せている。

 昨晩は二人で踊った。ぎこちない定助に合わせて、上手く流動して踊るルイズ。早いものでもう昨日の出来事なのかと、光陰矢の如しを体現して染み入る思いとなる。

 

「やっぱり、ご主人もまだまだ子供だぁ」

 

 幼気な彼女の寝顔を眺め、少し吹き出す定助。これだけで何とか、寝惚けた頭が澄み渡るような気がした。

 さぁやるぞ、と定助は再びあくびをしながら、部屋の隅に置いていた洗濯カゴを持ち上げる。

 

 

 

 洗濯カゴには既に、ルイズの服が入っていた。少し前までは脱ぎ散らかし定助に集めさせた着替えも、最近は気付けば彼女自身が洗濯カゴに入れている。定助の事を認めてくれている証拠であろう。

 定助からしたら、仕事が少し楽になって、嬉しい成長だと捉えられるのだが。

 

 

 

 

「…………ん?」

 

 部屋を出る前に、何気無しにチラリとまたルイズの寝顔を確認する。

 

 

 穏やかだった寝顔に、若干の歪みが出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤と青の双月が俯瞰する、その日だって何も変わらない綺麗で耽美な星空の天井。

 月明かりに星明かり、その二つに照らされた豪華な屋敷からは、夜だと言うのにあまりに忙しない足音や呼び声が右往左往と散らばっていた。

 

「ルイズお嬢様! 奥様がお探しですよ!」

「何処にいらっしゃるのですか!」

 

 複数のメイドや執事が、屋敷の中や庭を大捜索している。廊下を見渡したり、茂みを掻き分けたりと、皆は小さなお嬢様を必死に見つけようとしていた。

 

 

 

 

 足音が聞こえ、咄嗟に探し人たるルイズは茂みの影に身を潜めた。次にランタンの煌々とした紅い火が、朧げで頼りない月明かりに代わって闇を払う。

 しかしルイズの隠れる茂みの影まではランタンの明かりは届かず。

 

「ルイズお嬢様! ルイズお嬢様!」

 

 頭にこびり付くかと言うほど、あちらこちらで叫ばれる自分の名前。何だか、自分が非難されているかのようで、ルイズの心は締め付けられるような疎外感に圧迫された。

 

「おかしいわね……でも、さっきこっちで動きが……?」

 

 今は疎外感以上に、危機感が優っているだろうか。

 ランタンを持ったメイドが、先ほどルイズのいた地点に気配を感じ取ったようだ。明かりを掲げ、綺麗に整備された庭の茂みを照らして確認に入る。

 

 

 心臓の鼓動が緊張で速まり、押し殺そうとする呼吸音が塞いだ手の隙間から漏れる。必要最低限に出来る範囲で自分の気配を無くそうと彼女は勤めた。だが、そんな彼女の努力とは裏腹にメイドはどんどんとルイズの隠れる茂みの方へ足を進める。

 芝を踏み鳴らし、ランタンの揺れる金属音が大きさを増して行く。

 

 

 ルイズは子供らしく、目を瞑って自分の存在を消した。もうそれ以上、彼女に出来る事は無い。

 

「ルイズお嬢様?」

 

 メイドは近付き、茂みに手をかけた。

 

 

 

 

「く、くそッ! 何で見付から無いんだ! ど、何処にいるんだ!?」

 

 途端、男の苦しそうな声が飛び込んで来た。

 それを聞いたメイドは茂みに手をかけるのをやめ、クルリと振り返る。

 

「あ、や、やばいぜッ! ま、瞼が下りて来た! あ、上がらない、何も見えねぇ!!」

 

 ルイズがなかなか見付からない事への焦燥感からヒステリックを起こしているようで、召使いの一人だと声の覚えがあるその男は膝をつき、喚き始めた。それに気付いたメイドは、ルイズのいる茂みから離れて、急いで彼の元へ走って行く。

 

「落ち着いてください! お嬢様は多分、この近くにいますよ!」

「手、手が汗でビショビショだぁ! まるで油を触ったみてぇだ、拭きたい!」

「ほら、私のハンカチを使ってください!」

 

 

 彼はメイドからハンカチを受け取ると、遠慮も断りも無しにそれで、一心不乱に手を吹き始めた。

 

「あぁぁあ……苛つきが募るといつもこうなんだ! 馬車の御者をやれば事故るしよぉぉ! こんなオレに何が出来るってんだ!?」

「執事様の仕事は大変素晴らしいですよ! ベッドメイキングに食器の配膳だって、執事様ほどに手際の良い人はいないですよ!」

「はぁ、はぁ……そ、そうなのか……?」

「えぇ。だからほら、呼吸を整えてください。大丈夫、ルイズお嬢様はすぐに見付かりますよ。もう瞼は重くないでしょ?」

 

 メイドの優しい問い掛けを受け、男の硬く閉じられた瞼は徐々に開いて行く。手の汗も止み、呼吸も落ち着いていた。

 開け放たれた目がメイドを見ると、彼は幾分か落ち着いた口調で話し掛ける。

 

 

 

 

「すまねぇ、まただった。だが大丈夫、だんだん集中出来るようになってきたぜ」

「平気ですか?」

「大丈夫大丈夫」

 

 すくりと立ち上がり、まずは溜め息を一つ。

 

「…………しかし、ルイズお嬢様は困った人だぜ」

「まぁ……奥様のお説教は長いから、気持ちは分かりますけど」

「だが変なお嬢様だ、魔法が出来ないんだからなぁ」

 

 魔法が出来ない、と言う言葉にルイズはびくりと身体を震わした。

 触れられたく無い部分に触れられたようだ。

 

「上のお嬢様がたは出来るってのに、何故か末っ子だけとは……不思議なこった」

「貴族なのに魔法が使えないなんて、聞いた事はないですね」

「出来たお姉様と、出来ない末っ子さんか。そりゃ奥様もお厳しい訳よ」

 

 

 ルイズは魔法の出来ないと言う劣等感の中、批判や否定に強く敏感になっていた。それを覆い隠すかのように強情で高飛車な性格でバランスを取ろうとしても、持って抱えて引き摺って来た劣等感にはどうしても勝てないだろう。

 

 

 無意識の内にルイズは口を塞いでいた己の手で、耳を塞ぐ。あまりに辛いこの世界から、小さな身体を消してしまいたかったのだ。

 

 

 

 

「所で、集中力が高まって気付いたのだが」

 

 男は茂みの方へ指を差した。

 

「見てみろ。そこの茂みの所をよぉ〜」

「え? 何かありました?」

「何ってほら、枝が何本かポキポキ折れて落ちているだろ?」

 

 確かにその場には枝が数本落ちていた。しかも良く見れば、枝が落ちているのはその辺りのみで、他には目立ったような枝木は見付からない。

 その茂みは、ルイズの隠れている場所だ。

 

「庭の掃除は、お嬢様が抜け出す前にやったハズだぜ。で、その茂みの所の枝と、少し窪んだ部分……誰かが掻き分けて入って行った証拠だぜ」

「……もしかして」

「そうだ! そしてあの、窪みの大きさからして小柄な人間……つまり、その裏に!」

 

 男はメイドからランタンを貰い、さっきまでの弱気な彼とは打って変わった、まるで神父を守ろうと言う使命感に燃える青年のような勇み足で茂みの前にやって来た。その裏に彼の読み通り、ルイズが隠れているのだ。

 

 

 茂みの前でにやりと笑うと、枝に手を入れ大きく掻き分ける。

 

 

 

 

「オレは」

 

 

 彼は茂みをガバッと開く。そして、月から世界を見下ろしたような煌めく精神で叫んだのだった。

 

 

「オレはヴァリエール家の執事なんだぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 茂みの向こう、誰もいない。

 もぬけの殻。

 

 

「………………」

「そこ、さっき、私が探そうとした……あ」

 

 メイドは失言だったと口を塞いだが、一手遅かった。

 

 

「……た、あ、ぁぁぁ! お、お、オレのせいなのかぁぁぁ!?」

「お、落ち着いてくださぁい!!??」

 

 執事はまた跪き、ストーンと落ちた瞼に慌てふためきヒステリックにまた陥る。その様子にまたメイドは対応するが、ランタンを落としてしまって明かりはルイズのいる場所を映さなくなった。

 

 

 

 

 ルイズは茂みの少し先にある、木の後ろに隠れてコントのようなやり取りを見ていた。

 ヒステリックを起こした執事にメイドが気を取られている内に、彼女はその場を退散する。本当にこれが執事で大丈夫なのかとも、少し思ったり。

 

 

 

 

 

 

 彼女が目指しているのは、庭の溜め池。池の端にはぷかりと木船が浮いており、ルイズはその上に乗る。ここが何よりもお気に入りだったのだ。

 乗った時に岸を蹴って船を軽く押すと、船は池の中央へ中央へと自然に進んで行った。

 

 

 水面に月が写り、波が立って崩れている。

 船はゆっくりゆっくりと、月の写る水面へと進んで行く。青い光が反射する、綺麗な夜の湖畔のようだ。

 

 

 

 

 膝を抱えて、船に乗せられていた雨除けのシーツを防寒着として羽織る。

 それほど寒くはない夜ではあるが、小さく敏感な身体には夜風さえ毒で、言えど今の彼女には感覚以上に冷たく思えたのだ。

 

「…………」

 

 船から水面を眺めてみた。自分の顔が、歪んで写る。

 良く良く目を凝らしてみると、目が潤んでいるように感じた。咄嗟に目元を擦ってみると、ぺたりと濡れた感覚が親指の根元より現れた。知らず知らずの内に泣いていたのかと、彼女は何処までも泣き虫な自分を呪った。

 

 

 

 

「……誰も理解してくれない」

 

 

 指を、池の波に沿って輪郭をなぞる。彼女の想像の中では、水が空中に浮いて、踊るように回っていたのだが、勿論起こせぬ事象であろう。

 

「誰も信じてくれない」

 

 力無く上げた腕は、力無くぽとりと落ちた。強く膝を抱き寄せ、深い溜め息が口から溢れる。

 

 

「誰も誰も……お父様もお母様も、お姉様たちも……魔法が使えない私を理解してくれるのかしら」

 

 海流の無い池の上、動力を失った船はぴたりと止まった。池に写る月と月との間、船はその二つを結ぶ橋のようにそこで止まっていた。

 

 

 

 

「……私は、永遠に独りぼっち……なのかしら」

 

 

 一瞬、夜風が強まり船の向きが左にやや、傾いた。シーツを飛ばされないように強く握り、孤独感と言う微睡みの中で、消えそうな自分を力強く誇示しようと努めている。

 

 

 魔法が出来ない劣等感は他者との区別を生み、疎外感を作り出す。それが周りの目への恐怖となって、心には孤独感が大きな化け物のように待ち構えていた。

 今日だってその孤独感に耐え切れず、魔法が出来ずに叱る母親から逃げ出している。ルイズは厳しい母からでは無く、この孤独感から逃げ出したいのだ。苦しくて辛い、深海の底より空気を得たかったのだ。

 

 

 

 

 風は止み、静寂が戻る。そうなるとまた、孤独感が水面から顔を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりここにいたね、ルイズ」

 

 

 そんな孤独感を裂いて、静寂を破った一筋の若い男性の声。

 ハッとしてルイズは、俯けた顔を上げた。

 

 

「君はここが好きだから……とても静かな所だよ」

 

 緑色のコートと、ツバの広いハットを被った青年が、いつの間にかそこにいた。

 ルイズはその青年に対し、確かに驚いたものの、恐怖なんかよりも安心感が心に現れている。

 

 

「子爵様!」

 

 ルイズはシーツを取り払い、頰をポッと染めて青年を見やる。

 その様子を見て青年は、にこりと微笑んだ。月明かりが朧げなだけに表情の全ては見えないものの、優しい笑みは口元から想像出来た。

 

 

 するとルイズは、急いで顔をまた俯ける。

 

「泣いているのかい?」

「あ、えぇと……何て事ありません、少し目に埃が入ってしまいまして……」

「ははは。もしかしてさっきの夜風で……かい?」

 

 青年は俯くルイズの顔を上げさせ、自身の指で涙を拭ってやる。また彼女の表情は赤みが差し始めた。

 ルイズは話を変える。

 

「そ、それよりも子爵様……いらしていたのですか?」

「君のお父上……ヴァリエール公爵様にお呼ばれしてね。少し恥ずかしいけど、『あの話』についてだよ」

 

『あの話』と言うワードに反応し、ルイズの顔は暗がりでも分かるほどに紅潮する。そんな様子が面白いのか、青年はクスクスと上品に笑った。

 

「あ、『あの話』って……」

「嬉しいのかい?」

「……私、まだ小さいので、良く分かりません」

 

 少し弄らされていると感じ、照れ隠しを交えて彼女はモジモジと曖昧な返答をする。

 青年は愉快そうに笑い、「そうだね」と一言つけてルイズへ手を伸ばした。

 

 

「でも、いずれ分かるさ」

「いずれって、いつでしょうか……」

「案外、すぐ先かもしれないよ。掴めば届く……そんな距離だ」

 

 青年はまた、優しい笑みを見せた。

 

 

「さっ、お屋敷に戻ろう。晩餐をご一緒にするからね。君がいなくちゃ僕の立つ瀬が無いよ」

「でも……」

「君の母上は僕から取り次いであげるよ、安心して……僕の可愛いルイズ」

 

 

 伸ばされた彼の腕に掴まろうと、ルイズは両手を広げる。心を満たしていた孤独感はいつの間にか消え、代わりに果てのない愛と安心感が満ち満ちていたのだった。

 

 

 

 

 双月が眺める池の上。

 虚ろに写る月が二人のようで、それを繋ぐ木船で束の間の逢瀬。そんな甘美で何処までも愛らしい、幻想的で優雅な夜の水面。そんな中でルイズは幸せに酔い、愛しき子爵様の温もりに包まれようと身体を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしその身体は突如、後ろへ引っ張られた。

 

「えっ!?」

 

 ルイズは驚きの声をあげた。身体が後ろへ引っ張られた事に対してもそうだが、自分の身体が成長し、ドレスから魔法学院の制服に早変わりしていたからだ。時間を加速させられたような、妙な感覚。

 

 

 青年へ助けを求めるより先に、自分を彼から離した者の正体を知ろうと彼女は精一杯振り返った。

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 月明かりよりも輝き、そして堂々と構える亜人の姿。ぼんやりと浮かび上がるその存在は、目を疑うほどに美しく見え、無駄を削ぎ落としたような精悍で無機物なそのフォルムに目を奪われる。

 

 

 丸い目はルイズでは無く前を見据え、細く長い腕が彼女を守るかのように抱き竦めていた。

 突如、ルイズから見ての向かい風が吹き、船は後ろへ後ろへと後退を始めたが、ルイズの目線はその存在の横顔を捉えて離さなかった。

 

 

 

 

 人間では無い存在、突如現れた異形……しかしルイズの心にはまた、青年に感じたような深い安心感が風のように、爽やかに吹き注がれている。

 彼女は存在の名を言った。

 

 

 

 

「……『ソフト&ウェット』……?」

 

 

 

 

 すると目の前にシャボン玉が飛んで来て、パチリと割れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

 次に視界に広がった光景は、見慣れた場所。

 自分はネグリジェ姿でベッドに座り、薄い太陽光の差し込む自分の部屋を見ていた。ここは学院の寮で、彼女は夢から覚めたのだ。

 

 

 ぼんやりした頭と、寝癖の目立つ髪を撫でて、彼女はキョロキョロと部屋中を見渡す。

 

 

 

 

「……ジョースケ?」

 

 定助の眠っていた場所は、畳まれた毛布だけが置いてあり、洗濯カゴが無い。彼はいつもの朝の習慣、洗濯へと馳せ参じたのであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽光が広がり、鳥が鳴く頃の井戸の前。

 学院生徒の服を洗濯するメイドたちに混じり、白い服と帽子を被った場違いな青年が洗濯板と向き合っていた。その青年とは言わずもがな、定助である。

 

 

「その服、半分洗ってあげるよ」

「えぇ? それは悪いですよ」

「大丈夫大丈夫、もう少し練習も兼ねたいしさぁ」

 

 定助は他のメイドの、山のような洗濯物を何枚か請け負っていた。

 彼はやっとの事、洗濯板での洗濯に慣れ、それなりのスピードで洗えるようになって来ていたのだ。ルイズのだけとは悪いので、彼自身もメイドたちと共に奉仕活動のお手伝いまでする余裕も出ていた。

 

 

「すっかり上手くなられましたね!」

「みんなやシエスタちゃんの指導の賜物だよ」

「今じゃ私たちに追い付くほどじゃないですかぁ!」

 

 洗濯に参加する度に、シエスタ以外のメイドたちとも親睦を深めるようにまでなって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 実はこの洗濯は、定助の力は込められていない。

 いや、込められてはいるのだが、使用しているのは『ソフト&ウェット』。汚れを泡で奪って洗っているのだ。

 

 

 表面上は洗濯板でゴシゴシ擦っているが、スタンドがメイジ以外の人間に見えない事を良い事に、彼の隣で『ソフト&ウェット』が桶に手を突っ込み泡を立てていた。

 スタンドの能力が混じった『ソフト&ウェット』の泡は洗濯物から汚れを奪い、バレないように股下から通過させて地面に落としている。桶の中の泡は石鹸でカモフラージュ出来る。

 

 

 

 

 フーケとの戦いの最中、シャボン玉が泡の一部だと知り、大量の泡で多量の物質やらを奪えるようになった。一重に自分の成長だと、ここまで教えてくれたシエスタには少し悪いが、活用させて貰っている。その罪の意識から、他の人の洗濯を引き受けるようにしているが。

 

 

「よっし。殆ど洗えたよー」

「凄いですね! もう一端のメイド並じゃないですか!」

「それほどでもないかなぁ」

 

 定助は頭を掻きながら謙虚に振る舞う。

 

 

 チラリと横目で『ソフト&ウェット』を見やり、本当に感謝を心でする。

 

 

 

 

「それよりジョースケさん、御朝食はまだですか?」

 

 洗濯の最中、隣にいたメイドが定助に話し掛けて来た。定助の朝食は、洗濯後に厨房で貰える賄いであるので、まだ済ましていない。

 

「オレェ? まだだけど」

「なら、朝食は私が作りましょうか?」

「え、いいの!?」

 

 

 なんと顔見知りのメイドから朝食のお誘いだ。

 すると、他のメイドたちが一斉に異議申し立てを行う。

 

 

「じょ、ジョースケさん! わわ、私、シチュー作れます!!」

「朝食でしたら、私とご一緒しません!?」

「実は魚介のスープの練習してまして! どうですか!?」

「ジョースケさんになら、腕を振るいますよ!!」

 

 

 単刀直入に言えば、定助はメイドたちにモテていた。

 それもそうだ。魔法学院は比較的若いメイドたちは、出会う男性と言えば中年が殆どの職場……歳の近い人はなかなかいない。

 そんな中で比較的歳も近く、尚且つハンサムな方の定助に目が行くのは当たり前であろう。更に貴族を破り、フーケを捕らえた定助は学院で働く平民たちの誇りであり、憧れの的。好意を抱かれない訳が無かったのだ。

 

 

「お、オレェ? オレだけ?……流石のオレでも、朝からはそんなに食べられないよ……」

「そんな事言わずに、私とどうですか!」

「いやいや私とッ!!」

 

 この世界の女性は非常に逞しい。逞しいだけに、押しが強い。

 

「いや、みんなで一緒に食べようよ……厨房でマルトーさんの賄いを……」

「手料理を振る舞えるのは、台所の数からして二人三人なんですよ! だから私と……」

「……キミ、今来たばっかりだよね?」

 

 定助を取り合うメイドたちの騒ぎにオドオドとする本人であるが、その騒ぎは一人の『猛者』の出現によって終結する。

 

 

 

 

「おはようございます! 今日も早いですね!」

 

 シエスタだ。

 

 

「あ、シエスタちゃん。おはよ……言っても、少し眠いんだよなぁ」

「あら。駄目ですよ、ちゃんと眠らないと。身体が冷えて、今日一日保ちませんよ?」

「そうかなぁ……まぁ、そうだよね」

「それでしたら私、温かい物でもお作りしますよ?」

 

 来た途端に、自然な流れでのお誘い。この場にいる人々全員に、全てを静止させるような冷気が降り掛かった。

 

 

 シエスタは定助と非常に親しい。聞けば、この学院で初めて彼に色々と教えた平民は、彼女だそうだ。

 それ故に、シエスタのお誘いならば定助は…………

 

 

 

 

「おっ、シエスタちゃんの手料理か。そりゃいいなぁ!」

 

 ……間髪入れずに承諾するのだ。彼は彼女をかなり慕っている。

 

「ちょっとシエスタ!? よ、横取り!?」

「横取り? ジョースケさんは私を選んでくださいましたよ?」

「うぐっ……!」

「戦術じゃあない、戦略なんです」

 

 いつもの満点な輝く笑顔。しかしそこに、ドス黒い裏の顔がある事を定助は気付けなかった。

 圧倒的な強者、他のメイドは肩を落として諦念状態。

 

 

「シエスタちゃん、戦術やら戦略って何の……」

「あ、何でもないですよ! それにしてもジョースケさん凄いですね! もうお洗濯もお手の物じゃあないですか!」

「あ、そぉう? そぉぉう? ほら、下着も出来るようになった」

「ジョースケさんは物覚えが良い方ですからね!」

 

 この二人から溢れる『幸せな家庭的空気』は何だろうか。凄まじいムードに、他のメイドはただ食われ飲まれるのみ。

 最終的には「シエスタならしょうがない」と、妙な屈服と敗北感まで起きてくる始末。定助を前にした彼女は、今までと考えられないほどに強気となれるのだ。

 

 

 

 

「あぁ、癒される……」

 

 定助はシエスタの笑顔を前に、恍惚とした表情を一瞬見せた。

 完全に彼にとってこの学院生活での、癒しの一つとなっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 洗濯を天日の下に干し、定助はカゴだけ持って寮に戻る。今日もシエスタと会った、とても気分の良い朝だ、なんて思っているのだろうか。

 曲名の知らない鼻歌を歌い、ルイズの部屋の扉を開けた。

 

 

 

 

「あ、ジョースケ。洗濯してたの、ありがと」

「……おっ?」

 

 

 いつもは寝坊助たるルイズが、もう起きていた。しかも、いつもは定助にさせていた着替えも済まして、髪を梳いていたのだ。

 これは珍しい、しかも頭がなかなか起きないタイプの彼女にしては怪しいまでにおかしい、目覚めの良さ。

 

「何だ何だご主人……早いなぁ、今日は」

「私だって自分で起きれるわよ……あんたが来るまで、一人で起きていたのだから」

「え? キュルケちゃんに起こし……」

「それ以上言うとぶっ飛ばすわよ」

 

 殺気を感じ、定助は右手で自分の口を塞ぐ。「それで良し」と、ルイズは不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 朝の日に輝く、桃色の髪を靡かせ、大きく伸びをした彼女はベッドから立ち上がる。目元を親指で擦り付け、椅子の背もたれにかけていたマントを羽織り、杖を手に取りマントの内ポケットに仕舞う。

 

 

 

 

 そして真っ直ぐ、定助を見据えた。

 

 

 その目の奥に、不安が見えたのは気のせいであろうか。

 

 

 

「……おはよう、ジョースケ」

「おはよう、ご主人」

 

 二人のまた、新しい朝が始まる。




バイオハザード7とダンガンロンパV3にハマってました。
ランタン死亡説が流れていた頃だと思いますがハーメルンよ、私は帰って来た!(ガトー並)

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