ゼロリオン ~何かを奪う使い魔~   作:ランタンポップス

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ダンス・ウィズ・ミー。その3

 会場からざわつきの声があがった。それは、ルイズに対する嘲笑では無く、驚きと感嘆の声。普段はゼロだ何だと馬鹿にしていた彼らであっても、美しいドレスに身を包んだ彼女の美貌はさしずめ女神とも見えたであろう。

 

 

 同様の反応は定助とギーシュも起こしている。二人とも目をパチクリさせて、次に互いを見合わせてからまたルイズを見た。授業時とは似ても似つかぬ、華麗なる百合の花が如しルイズのオーラに当惑している様子だ。

 

「あ、あれが、る、ルイズかい!? 見違えたよ……」

「す、凄いよご主人……いや、ホント……え? ご主人?」

「服と化粧を変えるだけで、ここまで変わるのか……いやはや、少し前の僕だったら即誘っていたよ……」

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花……よく言ったものだなぁ」

「全くだよ……月も恥じらう、物言う花だ……」

 

 定助とギーシュの形容の通り、今のルイズの一挙動一挙動に愛おしさがこみ上げる程の美貌。彼女の周りが花で満ちているように、或いはそこだけ光に満ちているように、また或いは天使の祝福が鳴り響く中のように……彼女の美しさが別の錯覚になっているのだ。会場にいる全ての人間は異性同性、貴族に平民が関係無く見入っていた。

 

 

「ちょっとダーリン?」

「……え? オレェ?……あ、キュルケちゃん」

 

 後ろから肩を叩かれ、振り向くと色っぽくも綺麗なドレスを着たキュルケが立っている。

 目を細め、少しだけ不機嫌顔。

 

「あ、キュルケちゃん……じゃあないわよぉ。とうとうヴァリエールが来るまで気付かなかったわね」

「こう言う所は初めてで、萎縮していて……タバサちゃんは?」

「あそこの席」

 

 キュルケが指し示す辺りに目を向けると、丸テーブルに座り、置かれた料理に夢中になっているタバサを見かけた。黒いドレスでおめかしはしているものの、ダンスやルイズの登場に丸っ切り興味を示していない。何処に入る隙でもあるのかと言わんばかりに、大量の料理を食べてはお腹に納めている。口の中は暗黒空間とかだろうかと疑う程。

 

「凄い食べっぷりだぁ……」

「あぁ言う知的な子って、やっぱりエネルギー使うのかしら? あたしの倍食べるのに、あたしより細身なんだもの。それにあの、スッゴイ苦いハシバミ草のサラダをパクパクと……雰囲気も味覚も独特よね、タバサったら」

「ハシバミ草? ハシバミ草は美味いじゃあないか」

「……え? ダーリンもそっちなの?」

 

 呆れるキュルケの横顔を見ながらまた、ルイズの方へと視線を戻す。いつの間にやら、男が侍っていた。

 

「なぁなぁなぁなぁ! 僕と踊ろうじゃあないか!……断るだって? おいおいおいおいおい……」

「『異性と踊る』、『異性を口説く』……どっちもしなければならないってのが、舞踏会の辛い所だな……お誘いは既に、口説きに変わっているんだぜ……え? あ、アリーヴェデルチ?」

「舌か? 舌がどうかしたのか? もしかして喋れないのか?……分かるぜその気持ち……だが言葉なんか必要ない……俺にキスしたいふぐぉ!? い、いきなり顎を殴るのか……!?」

「おまえの肉を切り裂いて臓器を床に出して順番に並べてや……おい待て!? 衛兵を呼ぶなッ!?」

 

 いつもはルイズは小馬鹿にしているであろう男子たちが、これ見よがしにルイズの美貌に気付いて声をかけている程。それらを断っている様を見ていると、いつも馬鹿にされているだけにスカッと&爽やかな気分になっているだろう。それこそ、自分を散々いたぶった野郎に百発ぶちかます程度には。

 

「人気者だ」

「はぁ……あたしの信奉者も何人か行ったわ。『お嬢様』としたら、ルイズに敵わないわね」

「オレもちょっと、別人と見間違えた程だし」

「ま、いいわ。素敵な戦士さん、一緒に踊ってくださらないかしら?」

「あー……ごめん、辞退するよ。踊れないし」

 

 丁重に定助が断りを入れると「まぁ!」と声をあげて、拗ねた表情になる。人気では劣るが、定助はゲットしようと打算していたようだが、彼は元から踊らないつもりだった。

 つまらなそうな目線を定助の隣に向け、ギーシュに気付く。

 

「あら、貴方もいたのね。モンモランシーとは踊らないの?」

「ははは! 今夜はお互い、踊らない約束さ」

「じゃあ、あたしと踊ってくださらない……?」

「もちろ……おぉっと!? や、やめてくれ、洒落にならない!」

 

 ギーシュは怯えながら、辺りを見回した。モンモランシーに見張られていると、神経質にでもなっているのか。しかしキュルケの色気たっぷりな誘惑を跳ね除けるとは、成長の度合いが一目瞭然だ。

 

 

 

 

 暫くして、音楽隊が本演奏を始める。ダンスパーティーの開始だ。

 音楽の開始を合図に、男女ペアとなってホール中央に集合していた生徒たちが、社交ダンスを始める。繊細で優雅な調べに合わせ、波間に漂うように息を合わせ、綺麗にシャンとして踊り出す。挙動一つ一つに育ちの良さが伺えるような、誰一人として映えのあるダンスをこなしている。

 

「ミス・ツェルプストー、踊りませんか?」

 

 一人の男子生徒がキュルケを誘い、彼女も承諾する。

 

「じゃあ、また後で」

「楽しんで来てよ」

「ふふふ! ジョースケもギーシュもね」

 

 手を小さく「バイバイ」と振り、男子生徒と手を取り合ってホール中央の人だかりへと消えて行った。それを見ていたギーシュが、ほうっと息を吐く。

 

「はぁ……僕も、モンモランシーと……」

「交わした公約は守らなきゃ」

「分かっているよ、それが貴族さ。じゃあ僕は、モンモランシーに会いに行くとするよ」

 

 ギーシュも手を上げて、定助と別れた。飲み干したワイングラスをクルクル回して気障っぽく、踊る男女の間を寂しく抜けて行った。

 ふと思い出したかのように振り返ってみれば、先程まで後ろの丸テーブルに座って食事をしていたタバサがいない。パーティーが本格的に始まり、会場が騒がしくなったのでバルコニーにでも避難したのだろうか。

 

 

 そう言えばデルフリンガーをバルコニーに置きっ放しだと、定助も戻ろうとするが、後ろから声がかかる。

 

「ご機嫌いかが?」

 

 声をかけたのは、ルイズである。

 

「ご主人……」

 

 間近で見ると更にその美しさは際立って見えた。薄く香水でもかけているようで、心地良い芳香に気が付いた。

 いつもは長髪をそのまま下ろした姿であったので、寧ろ縛った姿が新鮮。まさにプリンセス、在り来たりだけどとてもシンプルで似合うそんな言葉が頭に巡る。

 

 

 目の前の彼女は花であり、王女様。日頃以上に、彼女が貴族であると認識出来た。

 

「良くここだと分かったね」

「こんな所で寂しくボケッと立っていたら、目立つわよ。そんな服まで着ているんだし」

「目立つと言ったらご主人、凄いよ。あまりに綺麗だから一瞬、別人だって思った」

「口説いているつもり?」

「そんなつもりはないよ……」

 

 しかし綺麗と言われて些か気分が良いのか、彼女の表情はとても和やかである。にこりと微笑むだけでも、輝いているように見えた。

 

 

「……今日は、色々と有り難う」

「え?」

「その……あんたのお陰で……私も助かったし」

 

 ルイズは頰をかき、照れた様子で定助にお礼を述べた。

 定助は定助で驚いている、まさか彼女からお礼が来るとは、と言った感じだ。その様子に気付いたルイズは、目を細めて睨む。

 

 

「……何よ。ご主人様からの感謝よ、光栄に思いなさいよ」

「あぁ、えーと…………うん。とても光栄だ」

 

 彼女からの感謝を、困惑を打ち消して定助は微笑みながら受け取った。とても嬉しい事には、変わらないだろうに。

 お礼が済むと、ルイズは辺りを見回した後に話を変える。

 

「キュルケとかは? てっきりあんた、キュルケに誘われたとばかり」

「誘われたよ。でも断った」

「骨抜きにされていると思っていたのだけどね〜」

 

 困り果てる定助の様子が面白いのか、ルイズは彼を弄る。化粧と衣装は人を変えると聞くけど、本当のようだ。今の彼女は何だか、思わせ振りで蠱惑的だろう。

 

「第一、踊れないよ。こう言う所は初めてなんだ」

「記憶喪失なのに?」

「ダンスの知識が無い所、経験はほぼ皆無かなぁ」

 

 自分の顎を撫で、思い出しつつも困った様子。ただ、こう言う華やかな場面で謙虚になる所はやはり、自分はこの世界とは疎遠な人間だったのだろうと自己分析。更にダンスと聞き、真っ先にソウルダンスがよぎった所もう駄目だろう、少しだけ苦笑いをする。

 

 

 すると、彼の目の前に、手袋をはめたルイズの小さな手が差し出された。

 

 

「なら一曲、踊ってくださらないこと?」

 

 彼女の突然の誘いに、定助は身体を一瞬膠着させて驚いた。彼女、自分が踊れないって事を聞いたばかりだよなと、数秒前の会話を思い出す。

 

「お、お、オレェ?」

「えぇ、ジェントルマン」

「待った待った待った待った……オレ、踊れないって……」

「踊る相手がいないのよ。このままじゃ、おめかしした意味ないわ」

「いや、さっき何人か男性が……」

 

 渋る彼に痺れを切らしたのか、ブラブラ動く彼の手をルイズは無理矢理取る。まるで言い渡された半信半疑の予言が当たった時のカウボーイが如く驚いた表情で、彼女と目を合わせる。余裕のある振る舞いかと思いきや、ルイズもルイズで顔が赤みが差し込んでいた。

 

「いいから。それに、女性からの誘いを断るなんてデリカシーがないわね」

「そ、そう? オレェ? 本当に、踊るの?」

「私に合わせたらいいわ。素人だって度外視すれば、それなりに出来るわよ」

「う……」

 

 彼女の表情と、絶対に断れない雰囲気に持ち込まれたようだ。定助もお手上げと言わんばかりに、お誘いを受ける事とする。

 

 

「……分かったよご主人……えぇと、お手柔らかに?」

「えぇ。ほら、手を持って」

「こ、こう? かな?」

 

 定助は帽子を一瞬直し、ルイズと手を取り合ってホール中央へ行く。

 踊る人々の間を抜ける時が一番、ドギマギとする。だが、御構い無しな風にルイズに手を引かれ、ホール中央にて社交ダンスの体勢を取った。互いに手を繋ぎ、踊るアレだとしか定助には説明出来ない。

 

「お、っとっと……ぶつからない?」

「私に合わせるのよ。それにこれだけ開いていれば、足を踏む事もないわよ」

「そうかぁ……えと、次は?」

「ぎこちなくていいわ、ステップを踏むの。後は繰り返すだけ」

「す、ステップステップ……」

「もう少し静かにしなさいよ……」

 

 初々しさが全開の定助のまずまずなダンスに対し、ルイズの動きは滑らかな絹の通りだ。一見すればちぐはぐした、アシンメトリーなペアと思うものの、息が合わないと言う訳ではない程に、二人は上手く踊れている。

 

 

 菅弦楽器の伸びて消え行く音が層となって、途切れる事なく響き渡る。

 ルイズと定助は夜の海を行く一艘の船、月夜の映る海面を、滑って行くように航海する一艘の木船。波は波紋になり船の後に続く、丁度二人はそんな風に揺蕩い踊るのである。

 上手くはないのにとても魅力的で、美しくはないのにとても綺麗な、二人のダンスは奇妙にもそう見えた。

 

 

 

 

「……記憶が戻ったら……」

「え?」

「……もし、自分の生まれた場所が思い出せたら、帰りたい?」

 

 何とかステップに慣れて来た頃、余裕の出来たルイズが問い掛ける。その表情には少しだけ、憂いが浴びていた。

 定助は質問の意図を理解し、少し迷った挙句に答えた。

 

「……帰りたい。オレに母親がいるならまた会いたいし、父親がいるなら勿論、会いたい。兄弟がいるなら、姉妹がいるなら……自分が誰かを知りたいし、自分のルーツを知りたい。オレはずっと、進まなきゃ」

 

 強い意志を込めて、彼は断言する。ルイズからは「そうよね」と、小さな返事が来るだけだ。

 もしかしたら彼女は、定助が「帰りたくない」と言うのを期待していたのかもしれない。または、いつか来る別れを想像して憂鬱な気分になっただけなのかもしれない。

 

「……それまではずっと、ご主人の側に仕えるよ」

「当たり前じゃない。それが、使い魔なんだから」

 

 彼女は気丈に、いつもの少し高飛車な言い方で返す。あぁいつものご主人だと、定助は安心して笑った。釣られて彼女もフフフ、と笑うのだ。

 

 

 

 

『相棒め、踊らない踊らない言った割に……なんでぇ、素質あんじゃねぇか。主人と踊る使い魔なんざ、初めてだ!』

「……ぎこちない」

『そのぎこちなさが、いいんじゃあねぇか……』

「……ロマンチストな剣」

『うっせぇ』

 

 月夜に照らされるバルコニー、タバサとデルフリンガーは二人を見てそう言うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ月を眺める、一人の女性。同じ月と言えど、見え方は違う。

 ここは独房の中。鉄格子のかかった窓からは、月明かりが入り込む。蝋燭の火が消えた今、それだけが光源だろう。

 

 

「………………」

 

 独房の中、ボロボロのベッドに寝そべり、窓から星を眺めている女性。

 緑色の髪の、そう、フーケである。彼女は先程ここへ連行されたばかりだ。

 

「……ふん」

 

 牢に入れられる時、看守に言われた言葉を思い出す。「貴族はお前の処刑を望んでいる、来週にも裁判だ」と。

 

「裁判なんて必要かねぇ……どうせ、処刑よ」

 

 貴族は結局そうだ、形式張って形式に拘って形式を重んじる。その先にあるのは『結局』の二文字だろうがと、心で揶揄する。

 ずっと星を眺めていたようだが、その内に飽きて来たのか壁のシミへと目線を変えた。ヒビ割れた石の壁、杖さえ没収されてなければ、ぶち壊すなんて造作の無い壁だ。

 

「………………」

 

 彼女は、昼間の出来事を思い出す。

 まずは『破壊の円盤』……あれを頭に差し込み、守護霊を使役した時はまるで、世界を制したような気分になれた。だが憎き定助が、その無敵感の中の脆弱部を冷静に見極め、自分を出し抜いたのだ。

 思えば思う程、自分の不甲斐無さ。呼吸が出来なくなって気絶しかけた時にやっと、敗北を実感した。

 

「しかし円盤もあの男……も。一体何者なのかしら」

 

 見た事もない存在を使役し、魔法とは違う能力を披露する定助。その存在に似た守護霊を、一定時間のみ使役する力が手に入る円盤。どちらも謎で、どちらも今思えば不気味だろう。

 

 

 辞めた辞めたと、彼女は考えを消した。定助を思い出せば憎たらしい思いが出て来るし、円盤を思い出せば不甲斐無さが噴出する。どうせ考えるだけ無駄な事だと、彼女は考える事を辞めた。

 

 

 再び、月を見上げる。彼女の心には、とある人物が浮かんだ。

 あの子もこの月を見ているのだろうか。そして、私がいなくなればどうなるのだろうか…………薄く、赤と青のそれぞれの光を照らす双月を見て溜め息を吐いたのだった。

 

 

 

 

「………………」

 

 暫くぼんやり、月を眺めていたフーケであったが、小さく聞こえた音に気が付き、目線を牢外の廊下の方へ向ける。

 

「……うん?」

 

 カツンカツンと、誰かが階段を下る音。上品な感じの靴で地面を叩くような、お高い感じの足音だ。とても看守のものとは思えない。

『看守のものではない』と興味を持った彼女は、上へ行く階段を見つめていた。

 

 

 ある程度降りた所で、彼女に悪寒が走る。すぅっと背中を抜けて行くような、冷たい感覚だ。それが、足音が近付く度に強まるようだった。

 本能的に彼女は察知する、上から来る人間は只者ではない。盗賊たる勘が、警鐘を鳴らしているのだ。

 

「……誰だい」

 

 居ても立っても居られず、フーケから呼び掛ける。看守ならそれで終わりだが、返答は来ない。看守ではないのだ。

 

 

 だが何だろうか、彼女はもっと耳を澄ませた。誰か、同行しているのだ。

 一方の人物の靴とは違い、もっと俗っぽい靴。安くは無いが高くも無い、中堅的な靴だ。靴底の素材が柔らかく厚いのか、足音が小さい。

 フーケは耳に自信があった、だので階段を下る得体の知れない存在は二人だと分かる。

 

 

 

 

 階段を下り、闇の中から誰かが現れた。一方はローブに身を包み、その後ろに控えるもう一方は警護のカンテラを持った、やたらツバの広いハットと風来坊じみたマントに身を包んだ男。ローブの方は、一見して性別が分からないが、足音からして男だと気付く。

 

 

「土くれ……土くれのフーケ、だな?」

 

 ローブの男は存外、若い声で話して顔を上げた。控えの男が持つカンテラの灯に照らされた男の顔には、無個性な仮面が貼り付けられている。

 得体が知れないし、仮面で顔を隠すとは碌な人間じゃあないだろ。フーケは挑発するように、敢えて丁寧な口調で言った。

 

「あら、こんな所に客人とは珍しいこと。生憎、もてなしは出来ないのよ」

「もてなすのは……こっちだ」

「貴族に雇われた暗殺者でしょ。裁判まで待てないからって、来た訳ね? よくもまぁ、こんな廃棄物処理みたいな仕事を引き受けたものね」

 

 ローブの男は間違い無く、メイジだと分かる……黒いローブの隙間から長い杖が見えた。後ろに控えるもう一方はどうかは分からないが、お付きを従い歩く貴族のような風なので、そうであったら形式張った暗殺者とて嘲笑ものだと考える。そして彼女自身、暗殺なんかで死ぬつもりは更々無いし、相手が牢を開けさえすれば、あわよくば脱獄のチャンスでもある。闇の中で舌舐めずりをした。

 

 

 しかし男は、歯を閉めた笑い方をしながら首を振る。

 

「クククク……何なら弁護を引き受けてやろうか?」

 

 男は不気味に、そして響くような声で顔を上げ、フーケを見つめた。

 

 

 

 

「……『マチルダ・オブ・サウスゴータ』」

「ッ!?!?」

 

 フーケは男の言った名を聞いた瞬間、余裕のあった表情がいきなり歪んだ。そして吸血鬼にでも遭遇したかのように汗を吹き出し、殺気の込められた目で仮面の男を睨んだ。

 

「……あんた、何者? どうしてその名前を知っているの!?」

 

 マチルダ・オブ・サウスゴータ……これは、捨てたハズの己が本名である。知っている人間はいるハズがない、一体何処で聞いたのだと、彼女は頭の中で疑問を巡らせる。

 仮面の男は牢に近付き、覗き込むようにフーケを見やった。眼球は見えないものの、獲物を射るような鋭い視線を感じる。

 

「名前の出所なんて、どうでも良いだろう……所でマチルダ……もう一度、【アルビオン】に仕える気はないか?」

 

 アルビオンと言う単語に、彼女は嫌悪を催した。

 

「まさかアルビオンからだとは……道理でね…………何で私の家系を破滅に追いやった奴らに、また仕えなきゃならないのよッ!」

「アルビオンはアルビオンでも、毛嫌いする王家ではないさ……我々は『貴族の同盟』だ」

 

 何を言っているんだと、フーケは眉を顰める。言えど、王家だろうが貴族だろうが、仕える気は更々無いのだが。

 

「貴族の同盟? 胡散臭いわね……革命かしら?」

「そうだ、『革命』だ。無能な王を消し、我々貴族が理想のアルビオンを作るのだ」

「余計胡散臭いわよ。それにあんた、トリステインの貴族でしょ? 杖のブランドがトリステイン製じゃない」

「……流石はマチルダ基、大盗賊フーケだけある。その洞察力、ますます気に入った、だからこそ気に入った……」

 

 仮面の男は妙に熱のある語り口で、自分たちの素性を話し始めた。

 その間、フーケはチラリと、後ろに控える謎の男を一瞥する。ただ佇み、カンテラを持つ執事のような奴。何も喋らないし、フーケに目線を合わせている訳でもない。牢屋から視線を通して、鉄格子から外をぼんやり眺めているかのようだ。

 

 

 仮面の男は言う。

 

「我々はアルビオンの転覆だけが主目的ではない……我々が憂うはハルケギニアであり、この世界だ……主目的は統一、ハルケギニアの統一。我々は国境無き共同体なのだ」

「……思想までも胡散臭いわ。何が統一よ、統一どころか一触即発状態じゃあない」

「だからこその統一だ。アルビオンからトリステイン、トリステインからゲルマニア、ゲルマニアからガリア……我々の最終目標は、『エルフ』共から【聖地】を取り戻すのだ」

 

 馬鹿馬鹿しい、とても馬鹿馬鹿しい。これが酒場での会話なら、危険思想に酔った馬鹿だと罵っていただろう。だが、この男の熱のこもった話し方があれば何故だか魅力的にもうつる。人を率いる力を持つ者と、彼女は見る。

 

「聖地を取り戻す……胡散臭い所じゃないわね、馬鹿らしい」

「それを可能にする力があるのだよ、マチルダ」

「その名前は止めろ」

「ククク……ともあれ、その為に強力なメイジを募っており……お前にも白羽の矢が立った訳だ」

「…………」

「別に断る理由は無いだろう? 衣食住は保証する、処刑から逃れられ……アルビオンに復讐も出来る。得しかないと思うのだが?」

 

 この男の言う同盟の思考は、かなり危うい物だ。聖地の奪取など、どの国もしている。しかし、そこに住まう『エルフ』が大軍勢を木っ端微塵に吹き飛ばすのだ。出来る訳がない、所詮は夢物語。

 しかし、男の言う通り、自分には得があろう。彼女は打算的で合理的な人間だ、天秤をいつも心に忍ばす人間だ。

 

 

「……どうせ、断れないでしょ? こんな大事な話、私に話したのなら……」

「察しの通りだ……お前に拒否権はない」

「なら最初から仲間になれって言えばいいじゃない。ホント、貴族ってのは形式が好きなのねぇ……まぁ、いいわ。その話、乗った」

 

 フーケは男の言う同盟への参加を表明する。

 するとすぐ、ガチャリと音が響いた。

 

「え?」

 

 フーケから当惑の声があがる。牢の鍵が開いた、控えの男が鍵を開けたのだ。牢には固定化がかけられており、アンロックは使用不可であるので鍵を使って開けた事は分かる。

 

 

 

 

 分からないのは、仮面の男と控えの男と……その控えの男と同じ服装の『もう一人』が鍵を開けていたからだ。

 

「ちょ、ちょっと待って!? ふ、二人!?」

「鍵を開けたが、杖は後で渡す」

「そうじゃあないわよ!! さっきまでその男、一人だったじゃ……!」

 

 

 仮面の男を見て、もう一度二人の男を見るのだが……次は牢の扉を開けた『三人目』が存在している。また一人、増えていた。

 フーケは自分の目を疑った、何が何だか分からなかった。呆然と眺める彼女に対し、仮面の男は不気味に笑う。

 

「どうだ? 面白いだろ? 言っておくが、彼らは『メイジでは無い』……雇った者たちだが、傭兵なんかより忠誠心が強い」

「な、何なの……!? メイジじゃあないって、じゃあ何者なのよ!?」

 

 三人の謎の男の一人が牢屋に入り、ツバの広いハットを持ち上げて顔を見せた。左右対称に整えられた髭ともみあげが特徴的だが、彼の白い短髪を見てフーケは目を細める。何やら、見た事もないような文字が、本の文書のようにズラリと並べられているかのような模様があるのだ。

 良く見れば、後ろに控えるもう二人も、顔立ちや髭の有無と言う差異はあれど、似たような風貌である。フーケはこの者たちが不気味で仕方がない、何故か後退りをしている。

 

「何も怖がる必要はない。彼らは人であって、『人ならざる力を持つ者』たちだ。そしてその力で以て、裏の世界の番人となった者たちだ……恐れる必要はない、我々の味方であるし、お前が参入するのだから彼らは君の配下となる」

 

 仮面の男が言う通り、三人は帽子を脱ぎ、彼女の前へ跪く。その様子、かなり洗練されており、一挙動からして忠誠心を読み解く事が出来た程だ。

 フーケは呆れた表情で、それらを見ている。

 

「一体……どう言う手品だい? 一人が二人、二人が三人に一瞬で……」

「いずれ話すさ……兎に角フーケ、ここから脱獄しようではないか」

「……まぁ、楽しくやれそうだよ」

 

 牢の扉の前にいた三人は横へ避けて、フーケに通り道を作る。

 三人を怪しんで見ながら彼女は恐る恐ると言った様子でその横を歩き、抜けて行く。

 

 

 

 

 前を向くと、仮面の男が立っていた。

 

「ようこそ、『レコン・キスタ』へ」




原作一巻分終わったぁぁぁしゃあああああ!!
なんだかんだでやっと序盤が終了です。今の僕なら殺人ウィルスの真ん中に放り込まれても生きていられますね!
と言う訳で次回から『風のアルビオン編』に移ります。ゼロの使い魔の物語が一気に加速する、メイド・イン・ヘブンで言うなら特異点です。
まだまだ先は長いんだすけど、引き続き宜しくお願い致します。
では失礼しました。

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