ゼロリオン ~何かを奪う使い魔~   作:ランタンポップス

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ダンス・ウィズ・ミー。その2

「…………!」

 

 オスマンが『精霊』と言った瞬間、定助の目は見開かれ、次は逆に眉間に皺が寄る。スタンドの正体に踏み込まれた事による動揺と、警戒が表沙汰になったのだ。

 警戒する彼を宥めるように、オスマンは苦笑いを見せて手を振る。

 

「安心しなさい。ここでの会話は他言せんよ……あぁ、ミス・ヴァリエールが君の手柄を主張しておってな、平民たる君がどう勝てたのかと検討付かなくての、そこでミスタ・グラモンとの戦いの時に渡った噂を思い出した訳じゃ」

「はあ」

「何でも君、『精霊』を使役出来るそうじゃあないか。君なら、『破壊の円盤』に宿る謎の男の……正体が分かるかな、と」

 

 抜け目ない老爺である。ギーシュとの戦いを覗き見し、スタンドを見た事を隠し、それと無しな理由もキチンと用意していたのだ。それだけではなく、嘘のサインである一切の微表情が起きていない。嘘を悟らせない、自然体な雰囲気で話を進めていた。

 定助だが、彼を信用してはいない。しかし、彼の嘘を隠した言動の中でも『確信』を感じ取っていた。言葉の中にある自信とも言うべきか、兎に角全知なる雰囲気を纏って言葉を綴っている。

 

「その、『破壊の円盤』について教えて下さい。それは、魔法とかそう言う概念を超えています」

 

 定助から円盤についての話を切り出したが、オスマンは難しい顔をしていた。

 

「ワシが知っているのは、この円盤の与える能力ぐらいじゃ。ふむ、どうやらその様子だと、円盤の男を見たのじゃな?」

「……フーケがそれを使用しました」

「何とまぁ……よく生きていられたのう」

 

 全てを見透かすような彼の目の前で、定助は警戒を残したまま質問する。

 

「あの円盤は、何処でどのようにして入手したんですか?」

「そうじゃな……では、平等にギブアンドテイクとしよう。ワシは君への質問を幾つでも答えよう、但し君は『精霊』について答えてくれんかね?」

 

 ここで再び定助はギョッとした表情を見せた。ここで交渉を取り付ける彼の聡明さにまた驚かされたのだ。

 目の前の老人は悪戯好きの少年のような笑顔で笑う。笑顔には、期待としてやったりとした感情が垣間見えた。

 

「……流石の学院長様ですか」

「ホッホッホ! なぁに、魚は大物ほど逃したくないからのぉ」

「…………」

 

 定助は少し、慎重に考えた。大まかな能力については、学院の殆どの生徒の前で披露したので周知とは思うが、あまり知られたくないのは細やかな部分。言えど、能力についても生徒間にはルイズやギーシュを除けば理解に至った者は少ないだろう。一部は未だ、滑らせる能力としか見ていない可能性だってある(あの決闘に関しての考察が生徒間でされている所、そうであると思うが)。

 彼が慎重になるのは、能力についてを権威であるオスマンに言う所である。権威だからこそ自分の事が他に、更に重大な人物に渡る可能性がある。ルイズにも晒す事を避けるように言いつけられていた、異端と判断されたら何をされるか分からない。

 また一度言えば、オスマンは根掘り葉掘り聞くだろうし、彼の前では隠し事も難しいだろう。

 

 

 だが、こちらにも利がある。恐らく彼なら『あれ』について知っているハズだ。それについても質問出来るよき機会ではないか。

 定助は早速言葉を組み立て、口から発する。

 

「分かりました」

「話がしやすくて助かるぞ。えぇと、ジョースケ君」

「精霊について答えますが学院長様……絶対に他言無用でお願いします」

「あぁ、約束するよ」

 

 他言無用の約束を取り付ける。オスマンとは殆ど初対面に近いが、今朝の宝物庫の雄弁に感銘を受けた事実もある。信頼しきっている訳ではないが、貴族は『契約』を重んじるようなイメージがあり、オスマンは交渉を取り付ける程にやりくり上手な人物と見受けられ、並みの貴族より契約を重んじる雰囲気がある。一回約束すれば墓場まで持って行ってくれるような、そんな誠実さを定助は感じたのだ。

 

 

「では、こちらから質問しても……良いですか?」

 

 定助が先に質疑を申し出た。後は彼の同意だが、オスマンは笑って「どうぞ」と構えている。

 

「まず、『破壊の円盤』についてです。あれは、何ですか?」

「何ですかとは、漠然としとるのぉ……概念とすれば、『体内に取り込めば精霊が主人を守護する』ものじゃ。しかし、この事実を知るはワシと君と……今日の偵察隊にフーケだけじゃろうて」

「え? あの円盤は、あなたの物だったのですか?」

 

 するとオスマンは椅子を動かして窓へと目を向け、物思いに耽るような表情になり語り出した。

 

「あれは何年前じゃっかのぉ……そうじゃ、三十年前の事。ワシは森を散策していた。すると、滅多に無い事だが、ワイバーンに遭遇してしまったのじゃ」

「ワイバーン……」

 

 定助はワイバーンを知っている。イギリスの紋章に良く出て来る、ドラゴン型の怪物だ。言えど、フェンリルやコカトリスなどの神話に出て来た訳では無いようで、イギリス紋章上で発展したドラゴンの変形体と聞いた事のある。

 四足歩行で緑色。西洋のドラゴンは後脚で歩行し、前脚が翼と言うスタイルなので、そこがドラゴンとワイバーンの区別となっているとか。

 

 

 それは兎も角として、オスマンは話を続ける。

 

「獰猛な奴で、機敏な奴じゃ。知能は低いが、それだけに強大。ワシは奴に追い詰められてしまった」

「…………」

「その時じゃった。追い詰められるワシは大木に背をぶつけた……円盤は木の上に引っかかっておったようで、落下した時に見上げたワシの眉間に入り込んだんじゃ。同時にワイバーンも突撃して来たが…………」

「あの円盤の男が現れ、撃退した」

 

 定助が続け、「左様」とオスマンはゆっくりと頷いた。

 

「ワイバーンを倒してすぐに円盤は、ワシから分離した。男も消失……場に残ったのは円盤と、呆然と立つワシと、一リーグも吹っ飛んだ後にピクリとも動かなくなったワイバーンだけじゃ」

「どうしてそのまま、円盤を?」

「これに関してはワシの収集癖かの?……まぁ、その森は人が全く来ないとは言えない所でな、誰か悪しき心の持ち主が円盤を悪用する可能性があった。あの時のワシは円盤の強大さにある種、畏怖を抱いておった訳じゃ。『もしこれが敵だったのなら』と……」

 

 そう言った危機感と経緯で、彼は円盤を封印したのだ。調査団に嗅ぎ付かれて問い詰められた時は仕方なく「これがワイバーンを倒した。何があったかは知らんが」と話してしまったそうだが、運良く頭に差し込む事はバレなかった。寧ろ、「ワイバーンを倒した」と言う漠然とした言い方をしたお陰で、学院の教師たちを円盤に対して慎重な姿勢をとらせる事に成功出来たのだ。

 

 

「……これが、ワシの知る『破壊の円盤』の情報全てじゃ。寧ろ、ワシが君から聞きたい程じゃがな」

「……まずは、こちらからです」

「つれないのぅ……では、聞こう」

 

 円盤とオスマンとの関係を知った所で、定助は次の質問……『あれ』について質問した。

 まず、左手の甲を見せ付ける。オスマンの表情にピクリと、反応が浮かんだ。

 

「……使い魔のルーンじゃな、それがどうかしたのかね?」

「このルーンは何なのですか? 剣を持ったり、スタン……精霊を出した時に輝いているのが見えました。もっと言えば、精霊が強化し、自分自身も身体能力が上がったような気がするんです……他の使い魔を見ましたけど、どうやら固有の能力そうです」

「……ふぅんむ」

「あと召喚された時、眼鏡の教師に『調べてみる』と言われて、まだ話が来ないのですが」

「…………コルベールめ」

 

 オスマンは頭を抱え、言おうか言わまいか迷う。

 しかし考え直してみれば、それは彼自身の問題でもあり、知る権利があるのではと想起する。いや寧ろ、彼にだけ知らせた上に警戒を取り付ければ、他者への自粛を本人が勝手にしてくれるのではと考えた。

 オスマンは定助の率直さと誠実さを甚く気に入っている。彼なら大丈夫だと自信を持ち、一度呼吸を吐いてから、やや険しい表情で説明する。

 

 

「……それは『ガンダールヴ』のルーンじゃな」

「ガンダールヴ?」

「左様、ガンダールヴじゃ。神話に登場する、伝説の使い魔のルーンじゃよ」

 

 定助は怪訝な表情だ。ガンダールヴも神話もパッとしない様子である。

 そんな彼の心中を察し、オスマンは注釈を入れた。

 

「ガンダールヴ……始祖ブリミルに仕えたとされる使い魔で、どんな武器でさえも立ち所に、まるで熟練の戦士が如く扱えたそうな」

「始祖……ブリミル……」

 

 ここに来るまでにも何度も聞いた『始祖』。食事の前の祈りに、様々な所でルイズの口から聞いている。この場所で特別神格化されており、また他国の留学生であったキュルケ等も祈りを込めていた所、どうやらトリステイン固有では無く万国共通の宗教だと気付いた。

 だが定助の知るキリスト教、仏教、イスラームが全く話に出て来ない所から、自身の知識と現実との差異にまた深く悩まされる事となる。難しい顔に少しなったものの、また表情を整えてオスマンの説明に意識を戻した。

 

「恐らく……そうじゃな。君の場合、精霊が『武器』と認知されてルーンが反応しとると見た方が良いな。力量が高まり、俊敏な身体能力の付与……ふむ、とても強力なルーンじゃよ」

「そうだったの……ですか」

「じゃが何故、君に宿ったのかは分からぬ。分からぬが、決してマイナスにはならんと断言しよう」

 

 オスマンは矢継ぎ早に、忠告を入れる。

 

「言った通り、とても強力なルーンじゃ。これはワシにとっても君にとっても重要な事だが、君の主人含めて言い広めてはならんぞ」

「ご主人にも?」

「君はピンとこないようだが、ここでは非常に重要なのじゃ、ガンダールヴとは。主人に対して心労ともなるし、下手をすれば自国他国に波紋を広げる可能性もある。決して広めてはならん」

「……分かりました。善処、致します」

 

 自粛を取り付け、少しばかり安心した所で、定助が「以上です」と質問を終えた。

 案外、少なかったなと考えながらオスマンは交代で質問に入る。

 

 

 

 

「ではワシの番じゃの。君のその、精霊について教えてくれんか?」

 

 オスマンの問い掛けに応じる形で、定助はスタンド『ソフト&ウェット』を発現させた。何もいない定助の隣が微かにぶれて、霧を掻き分けて現れたかのようだ。

 実物を目の前にしたオスマンは目を見開き、「おぉ」と声をあげる。この老人でさえも驚く程だ、スタンド使いはこの学園内にはいないのだろうか。

 

「精霊、と仰りますが、固有名詞があります。誰が定めたかは分からないのですが、スタンドと言っています」

「スタ、ンド……精霊と呼ばないと言う事は、何かこう……内的要素に起因した存在と言う訳じゃな?」

「御察しの通り。スタンドは使い手の半身。つまり、精神……いや、自身の『魂』の具現化です」

「何と! つまりそのスタンドは、君自身でもあるのじゃな?」

「平たく言えば」

 

 椅子に凭れ、彼は感嘆するように息を吐いた。それからまた、口を開く。

 

「ワシらの慣れ親しんだ魔法とは、元来として『精神力』に起因する。謂わば、精神力を魔法へ変換しておる訳じゃ。なので感情の起伏が魔法の効果に影響する……もしやだが、君のスタンドと魔法は親戚のような立場ではなかろうか」

「同意します。魔法が使えない人たちには、スタンドが見えていなかったので」

「魔法と親戚と言う事は、固有の能力が存在するのでは?」

 

 これについて今度は定助が渋い顔を見せたのだが、観念したように説明する。

 

「……はい。『何かを奪う能力』です」

「何かを?」

 

 オスマンは漠然とした能力に、眉間に皺を寄せる。

 

「何かとは、何を奪うのかね?」

「様々な物です。水等の物質に、酸素や音等の形ない物まで様々」

 

 賢明なオスマンはそこで気が付いた。あの時、ギーシュのワルキューレを滑らせていたのは、地面から何かを奪ったからではと。定助が『摩擦』と言う概念まで奪えると言った趣旨を話さなかった為、何かまでは分からなかったが大体把握してしまった。

 

「幅が広いのぉ……成る程、確かに君の『武器』なのじゃな」

「えぇ」

「そのスタンドは、どうやって手に入れた能力かね?」

 

 これに対しては定助自身も分からない部分だ、黙って正直に首を振った。オスマンは少し残念そうな表情になったものの(あわよくば自分も出来るのではとか考えたのだろうか)、考えを切り替えて質問を変えた。

 

 

「……あの円盤の男……スタンドじゃな?」

「……はい。間違いありません」

 

 話題は定助の『ソフト&ウェット』から『破壊の円盤』へと移行する。オスマンが最も知りたかった重大な疑問であり、円盤の正体に近付く道であると熱を入れて聞いた内容であった。

 

「……ワシはスタンドの使いではない。仮説じゃが、あのような円盤を何者かが作り出し、それを人間に取り込ませる。そして、適合した者が、円盤の主つまり、スタンドの主になれるとはどうじゃ?」

「賢明な意見、恐れ入ります。あるかもとは思いますが、自分自身あの円盤の事は初めてでしたし……感覚で分かるんです、自分のスタンドは生まれた時から一緒だったと分かるんです」

「その感覚は分かるぞ、魔法も感覚とは密接じゃからの。しかし、むぅ……円盤がスタンドの正体、とは一概に言えんのじゃな。これに関してはワシの愚論だと捉えて欲しい」

「いえ、参考になります」

 

 定助は、スタンド知識が殆ど無いとは言え、意見を出す程に考えを巡らすオスマンへ感謝の意を込めてお辞儀をする。オスマンは椅子を前に戻し、ニコリと微笑んだ。

 

 

 

 

 次にオスマンの「さて」と流れを組み替える合図が言われ、質問の終了が宣言された。定助もオスマンの質問が突っかかった物では無い事に拍子抜けしつつも、『ソフト&ウェット』を消失させる。

 

「これでワシの疑問は終わったぞ。長々と悪かったのぅ」

「とんでもない、お互い様です」

「ほっほっほ! ではそろそろ君、行かねばならぬのでは?」

 

「行かねばならぬ」と言うオスマンの言葉の意図を掴みかね、定助は小首を傾げた。

 彼は人差し指を下に向けてチョイチョイと動かし、笑いながら言う。

 

 

「今宵は『フリッグの舞踏会』じゃ。言うなれば、パーティーじゃよ。ミス・ヴァリエールの使い魔として、行かねばならぬのではと思ったがの」

「……そんなのが、あるんですか?」

「舞踏会も貴族の嗜みじゃよ。なんじゃ、聞かされてないのかね?」

「初耳です」

 

 オスマンはまた上品に笑い、モートソグニルを撫でつつ親切に教えてやる。

 

「アルヴィーズの食堂の上の階にある大ホールで行われとるぞ。ええと……まだドレスの着付けが終わってない者もおる頃じゃ、始まったばかり。それとも、このような祭り事は苦手かの?」

「……いえ。行ってみようと思います。有り難う御座います」

「何とも無い事じゃ」

 

 話は締められたと感じた定助は、もう一度オスマンにお辞儀をしてから、背中を向けて出入口へと歩き出す。

 オスマンはモートソグニルを撫で、定助を止める事なく窓より照る双月を眺めて、また物思いに耽っていた。

 

 

 

 

「……ジョースケ君」

 

 だが、定助がドアノブに触れた瞬間に、オスマンが彼を突然呼び止めた。

 定助は振り向こうとする前に、彼は言葉を続けた。

 

 

「主人を……彼女を大切にな」

「…………良く良く、存じております」

「言うのは野暮じゃったかの?……すまんの、引き止めた」

「…………本当に有り難う御座います、オスマンさん」

 

 振り返り、お辞儀をし、定助は扉を開けて出て行った。廊下から控えめな足音が何回か聞こえ、ふと消える。

 一人残ったオスマンは、ある事を思い出している。

 

 

 

 

 円盤が入り込んだ時、微かに雪崩れ込んで来た、誰かの記憶。あれは動揺が生んだ錯覚だったのか、それとも何かの意思めいた思念だったのだろうか。

 

 

「ジョースケ……語感が似ておるの、『ジョータロー』」

 

 死に行く男が娘の方へ手を伸ばす、悲しい記憶だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 豪華絢爛とした学位施設の中でも、大ホールの雰囲気はまるで違っていた。

 厳かながら繊細な装飾が、シンメトリーとなって一つの世界を創造しているかのようだ。天井は高く見え、室内なのに秋空の高さが感じられる程の壮観だ。所々に置かれた丸机に豪勢な料理が置かれており、食欲を唆る匂いが漂っている。

 中心部は大きく場所を取られたダンスホール。始祖ブリミルの像が見下ろし、楽器隊のリハーサルがてらの緩やかな音楽でムードを盛り上げる中で、生徒たちが本演奏をまだかまだかと待ち望んでいる。

 

 

 煌びやかな服装、輝くシャンデリア、談笑の最中、定助は入口から会場に入る。

 

「うぉぉ〜……これは凄いなぁ」

『何だ何だ相棒、今は何処にいんだ?』

 

 背中に担いだままのデルフリンガーがガチャガチャと鞘の中で反応していた。

 流石にこの中で剣を鞘から出すのはマズイ為、一度バルコニーに出てから定助は背中から下ろし、少しだけ鞘から彼を出す。案の定すぐに、感嘆の声があがった。

 

『ほぉぉ〜、これまた豪華なパーティー!』

「舞踏会なんて、恐らく人生初かも知れないなぁ、オレ」

『あぁ? じゃあ相棒、踊れないか? そらまたお疲れサンだな!』

「いや、料理もあるし。オレはこっちで楽しんでおこう」

 

 定助の身の振り方にデルフリンガーは『喝ッ!!』と、不出来な弟分を叱る兄貴分のような口調で突然語り始めた。

 

『相棒相棒相棒よぉぉ〜〜! それはママっ子ってもんだぜぇ? おめぇは肉屋で「魚下さい」って言うような器なのか?』

「だからと言ってもデルフぅ……君、演劇初心者に主演を任せる気になれるのかい?」

『それが「冒険」なんだぜ相棒!……なぁに、踊れなくても相棒はそこそこイケてるし、補正してくれるさ』

「こんな言葉がある。『無理なものは無理』」

『それは甘えだぜ相棒! 無理だとか無駄だとかは関係ねぇし聞き飽き…………おいおい相棒! 待て待て待て待て!!』

 

 喧しくなったので、デルフリンガーを鞘に戻す。

 暫くは例の通りガタガタと抵抗していたのだが、向こうも『無理なものは無理』と踏んだのか、諦めて大人しくなった。定助は再度、デルフリンガーを持ち上げ、背中には担がずにバルコニーの手摺りへ立て掛けた。

 

 

「やあ! ジョースケじゃあないか!」

「……ん?」

 

 誰かに呼ばれて、頭を回した。

 会場内から手を振りつつ、バルコニーに入って定助へ近付くギーシュの姿が目に入る。スーツに身を包んだ姿は、とても様になっていた。

 

「やぁギーシュ。今日こんな舞踏会があったなんて知らなかった」

「こう言う所は初めてだろ? フリッグの舞踏会には伝承があってね、『一緒に踊った相手とは結ばれる』んだよ」

「何だか良く聞く伝承だなぁ」

 

 それもそうだなと、ギーシュは笑う。釣られて定助も微笑んだ。

 

「そう言えば聞いたよ。土くれのフーケを捕縛したようだね、大した奴だよ」

「大変だった……タバサちゃんの治癒と、ご主人の秘薬が無かったら立てなかった」

「……まぁ、その状態で勝てた所も凄いが……君が言うと説得力あるのが面白いよ」

「でもオレ一人じゃ無理だった」

「ははは! 英雄はすぐに謙遜するもんだ」

「そんな意味じゃないさ……」

 

 本当に今回は、定助一人じゃ無理だった。キュルケとタバサの立ち回りに……無謀とは言えルイズの決意がフーケの捕縛に繋がったのだから。

 

「そう言えば、キュルケちゃんにタバサちゃんは?」

「まだ着付けの最中じゃあないかな。ルイズもそうだし…………モンモランシーも」

「君のフィアンセもまだなのかぁ」

「よせよ、ジョースケ。ははは……」

 

 空回りした笑い声をあげたギーシュだったが、それが収まると真面目な表情になる。

 

 

「……モンモランシーには、断られたよ」

「え?」

「言っても保留だよ。フリッグの舞踏会はまた次回もある……この間の一件もあって、僕を試したいそうだ。モンモランシーも参加はするけど、踊らないって……あぁ、ちょっと」

 

 ギーシュは通りかかった給仕を呼び止め、運んでいた赤ワインの入ったグラスを二つ手に取り、定助へ向き直る。

 

「だから今夜は、僕もモンモランシーも、舞踏会じゃあなくて談話会になっちゃったなぁ」

「それは奇遇、オレも」

「ほぉ、君はルイズと一緒に踊るものだと思ったが」

 

 定助はルイズの使い魔であり平民だ。そんな彼に対し、「踊らないのかい」と聞くギーシュはかなり寛容になった。給仕を呼び止める時も、物腰が柔らかかった……これは元からは分からないが。

 しかし一途を貫くつもりである彼は、とても紳士的で魅力的だと思う。

 

「良してくれギーシュ。踊れないよ」

「簡単なダンスならエスコートして貰えるさ……まぁ、女性にエスコートされるのは少し恥ずかしいけどね」

「いいよいいよ。こうやって普通に、貴族のパーティーに入れる事で満足だよ」

「言っても、ルイズに誘われたら断らないだろ?……どうぞ」

 

 ギーシュは二つ持ったワイングラスの一方を定助に差し出す。

 定助はそれを貰い、会場の光をテラテラと揺蕩わす赤いワインを眺めていた。

 

「どうかなぁ……ご主人は別の人を選ぶと思うよ。有り難う、ギーシュ」

「全く、硬派だなぁ。少しくらい、軟派になったらいいと思うがね」

「軟派で本命と踊れなかった人を知っているからなぁ」

「はははは! これはこれは、ぐうの音も出ないや!……まぁ、乾杯しようか」

 

 二人の盃は軽く触れ、鈴のような透き通る音を響かせる。ワインは波紋を起こし、光を酒面の上でブレさせている。

 

「寂しい男同士に乾杯」

「よせやいギーシュ! 君は脈ありだろ!」

「言ってくれるな友よ!」

 

 

 そう言って二人はワインを一気に、流し込んだ。

 

「……プハァ! 貴族としてはあるまじきだが、一度してみたかったんだよ!」

「面白いな君ぃ!」

「君だって一気飲みじゃあないか、ははははは!」

 

 

 

 

 その時、会場の方で一際大きな声が響いた。

 

「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおなぁ〜〜りぃ〜〜」

 

 ご主人の名前だと、定助は促すギーシュの側を抜けて、会場の中に再度入る。

 入口とは別の煌びやかな門が開き、ルイズが姿を現した。

 

 

 白いドレスを身に纏わせ、桃の髪は宝石の嵌められたバレッタで一つに束ねられている。

 そこに立つは、日頃の子供っぽさが抜けない少女とは思えない程に大人びて、そして艶やかで麗しき姿のルイズが、一つ二つと門前のステップをゆっくり降りていた。

 定助は少しばかり、ルイズだと気付かない程に。




別作品とも並行させます故に、今後とも頻度は落ちるかもしれませんが構いませんね!

10/31→舞踏会は食堂の上の階でした。食堂でしてたっけとは思ったんですがね……オーマイガッ!
11/2→加筆と修正を致しました。

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