巻きますか、巻きませんか?
「ご主人、オレの為に買ってくれるのって……」
「そう、『剣』よ」
定助は少し眉を下げて、何とも言えないと言いたげな表情になった。
この表情が、ルイズは気に入らないようで突っ掛かってくる。
「何よ、不満なの?」
「え? いや、そうじゃあないけど……オレにいるのかなぁって……」
彼には『ソフト&ウェット』がいる、自分を守る術もルイズを護衛する術も手持ちにあるのだ。だから武器を持つ必要が分からなかったし、これ以上を求めるのは少し贅沢かなと思っている。
「無いよりかマシでしょ? 使えるならあんたが使うなり、『ソフト&ウェット』に持たせるなり、ただ腰に下げておくなりしていたらいいわ。丸腰と持っているじゃ、持っている方が牽制になるでしょ?」
「はぁ、紋所の役割ね」
「モンドコロってなによ……」
つまりは、直接的な戦闘用とせずとも、丸腰よりはナメられる事はないと言う事。威光翳すようにも見えるのだが、さっきのスリのような平民の悪党程度には効果あるだろう。
それに、『ソフト&ウェット』に持たせると言う発想は面白いかもしれない。彼女は彼女なりの考えで買ってくれるのだし、使い魔の定助は受け入れるだけだ。
「入るわよ、扉を開けて」
「うん」
この流れにも慣れて来た、定助はもう二つ返事で従うようになった。
少し削れた、木の扉を開けてやる。
中は思った通りと言うべきか。
槍やら剣やらが乱雑に置かれた店内は、まるで物置きのように窓の少なく薄暗い。吊り下げられたカンテラの灯火が剣の白刃に反射し、鈍い光を放っていた。
床を踏めばギシギシと軋み、埃っぽい匂いが多少なり漂っている。良くも悪くも、軒先の雰囲気にあった店内だと分かるだろう。
「らっしゃーい」
店主と思われる男の、気の抜けた挨拶が聞こえた。緑の頭巾を被り、鼠のように細い髭を生やした男が、椅子に凭れて眠そうな目で二人を見やる。
ルイズに視線を合わせた店主は、彼女の身なりが貴族のものだと気付き、大慌てで椅子より立ち上がった。
「あ、ありゃりゃ!? これはこれは、き、貴族様とですか……?」
「えぇ、そうよ」
店主の確認に、誇らしげな顔で肯定するルイズ。その後ろ、扉を閉めて店に入った定助だが、時を止めても関係ない処刑方法を思いつかれたような、青冷めた顔をしている店主と目が合った。
「うちは真っ当な商売をしてまさぁ! 貴族様に目を付けられるような事はしてませんぜ、断言します! 言葉ではなく、心から!」
滅多に貴族の来ない店とは分かっていたが、来たは来たでこうも大幅な誤解をされるとは、気苦労が多いのは貴族なのやら平民なのやら。
当の本人である貴族様、ルイズはその誤解に「面倒臭いな」と言いたげな溜め息を吐いた。
「何も店を潰しに来た訳じゃないわよ……客として来たのよ」
「へ? お、お客さんとしてですか?」
「そう、武器を買いに来たの」
趣旨を聞いた店主は慌てた顔はしなくなったが、次は怪訝な表情でルイズの顔を凝視していた。
「こりゃまた面妖な事が起こるもんでさ! 貴族様が武器を!」
「私じゃないわ。使うのは……アレ」
そう言いながらルイズは後ろにいる定助に指を差し、「こいつが使う」と示した。
店主の目は定助へと移り、また余程格好が変だと思われているのか、靴から帽子までスゥッとまじまじ眺めるのだった。
「これは変わったお召し物で……最近は従者に着せる服さえも全て決めるので?」
「決める訳ないでしょ、そんな物……どんな流行りよ」
「いえいえ……言いますのは昨今、貴族が下僕に武器を持たせるのが流行りなものでして」
「ふぅん……時機だったのね」
「まぁ、貴族の流行は矢の如しですがね。それよりも武器でしたな!」
二人で話が進んでいる間、定助はウロウロと店内を歩き回っていた。薄汚いとは言え見た事もない武器だらけの店内はまた、定助の好奇心を煽る燃料である。
「凄いなぁ……これ、本当に斬れるのかな……」
刃の長い剣があれば、銀色に輝く鋭利な槍だったり、派手な装飾のなされた棍棒だったり……どれ一つを取って見ても、彼には全てが新鮮に見えたのだった。
特に目を引いたのはとある剣。所謂、長剣と言うもので、少し錆びてはいるが面白い形状をしていた。両刃が多い中で、白刃と峰との境がハッキリしている刀に似た剣であり、定助が住んでいたと言う【日本】にあった物と少しだけ似ていたので、親近感を覚えたのだ。
そんなこんだで色々見物していると、店主がルイズの要望を受けて、店奥の保管庫より剣を運んで来た。
「さぁて、お待たせしやした。先程の通り、貴族の間で下僕への武器所持が流行でありやす。そして買って行くのは、こぉんなもんでさ!」
店主が自信満々に台の上に置いたのは、長くて細い剣である。柄の部分と刃との境目は丸く、傘のような柄頭が柄の上部まで被さっていた。
また刃は針のように細く長く、見るからに『斬る』と言うよりはフェンシングのように『突く』のが主攻撃であると分かる。
「うわぁ、凄い豪華そうだ」
定助が驚くほど、その剣は細やかで綺麗な装飾がされていた。まさに、『貴族好み』を表しているようだ。
「これは『レイピア』ね、騎士が良く使うわ」
「流石であります、若奥様! 軽く、彩飾豊かなもんがウケとりまして、こちらが貴族様に大人気の品でありやす!」
「貴族に?」
「そう! 貴族様にで御座いやす!」
先程から武器は持たないであろう「貴族に貴族に」と語る店主に対し、ルイズは疑問を投げ掛けた。
「そう言えば、何で下僕に武器を持たせるのが流行なのよ? 降って湧いただけでそんな流行が出来る訳がないわ」
それを聞いた店主は少し、難しい顔をした。
「いや、実はですねぇ若奥様……最近、城下を荒らす『盗賊』がいやしてね?」
「盗賊?」
「えぇ、賊でさ」
定助もその話に興味を示し、手に持ってみたレイピアから店主へと視線を移した。
彼は話を続ける。
「その盗賊は貴族の持つ、高価で貴重なお宝だけを盗む『貴族専門の盗賊』であられましてね。城下に住まう貴族たちを恐怖に陥れている奴でして……その盗賊からの防衛の為として、従者に武器を持たせている次第でありやす」
「貴族から盗るなんて、相当やり手なのね」
「へぇ! 何でもこの盗賊、『メイジ』だそうでしてね? 盗む時に宝物庫の壁や扉を錬金で【土】に変えちまうらしいのですよ。なので巷では、『土くれのフーケ』と呼ばれとりやす」
「へぇ」
説明を聞いた二人だが、納得した様子のルイズとは違って定助は驚きにも、疑心にも合わさった表情で彼女に尋ねた。
「ご主人、『メイジ』の盗賊……魔法使いの盗賊って事だろ? 確か魔法使いは、『ほぼ全ての貴族だけなれる』ハズだったじゃないか……貴族が盗賊するの?」
この定助の疑問に対し、ルイズは応えた。
「たまにいるのよ、貴族じゃないメイジが。勿論元は貴族だけど、親に勘当されたり、破産して落ちぶれたりして家を捨てて、傭兵や犯罪をする不届きなメイジがいるの」
「そうなのか?」
「多分、この『土くれのフーケ』もそう言うタイプのメイジだと思うわ」
やはり、貴族の世界も色々と複雑なのだろう。
いや、聞く限りでは貴族としての地位は全て『家』に帰属しているようだ。謂わば家柄こそが『支柱』である。それが取っ払われてしまったら、それこそ『平民』と同一になってしまう。ルイズの語り口から察するに、そう言った貴族は下に見られている。
名を失い、地位を消失した者はどうなるのだろうか。
鳩の帰巣本能のように、再び帰ろうとするのか。それとも、そうなった要因へ復讐を始めるのか。それとも、また別の目標を見つけるのか……どれにしろ、何をしでかすのか知れたものではない。
「それと、『フーケ』なんですがね?」
世知辛い世の中を想像している定助だが、店主は盗賊の話に注釈を加えた。
「フーケは盗みをした後に、『領収しました』とふざけたサインを残すらしいのと、あと……」
「あっそ」
「え」
しかしその説明を、ルイズは途中でぶっ切った。貴族を賑わす噂の盗賊とは言え、それほど彼女は興味を持っていなかったのである。
話を止められた店主は、鳩が豆鉄砲食らった顔のままポカンとしていた。
「レイピアじゃ細いわ。大きくて、太いのが欲しい」
そんな店主を置き去りにして、ルイズは違うものを要望するのだが、申し訳無さそうな顔をした定助が話かける。
「ご主人、オレは別にこれでいいけど……」
「こんなので戦ったって、すぐにポキンと折れちゃうに決まっているわ」
「いや、でも案外……針の部分を射出出来れば」
「あんた、馬鹿?」
罵倒に、長い言葉は必要ないのかもしれない。ほんの二文字、ほんの二文字だけの言葉だがそれは、さらりと心に入り込み、岩のように崩すのである。
消沈した定助は何か言うのを諦め、目を細めて眉を顰め、困り顔でレイピアを台に置いたのだった。
「それで、もっと大きなのが良いんだけど?」
「…………」
貴族と平民の間柄とは言え、武器屋の店主である。剣に関してならルイズより遥かにプロフェッショナルだろう。武器に関しては何も知らない彼女に対し、少し物言いしてやろうと言う気になった。
嫌そうな顔を一瞬だけ出した後、また愛想の良い笑顔でルイズに意見を投げかける。
「あー……お言葉ですが、全ての物には相性と言うのがございやす。馬と人、属性と人、そして剣と人でさ。そしてその相性に釣り合いが無ければ、努力しても失敗ばかりですぜ? その細身の従者に持たせるのでしたら、重い剣よりレイピア系統が相性的に妥当かと……」
「煩いわね! 太くて大きいのが良いって言っているのよッ!!」
「へ、へい!」
相性について説いたのに、一向に引かずに怒鳴るルイズにとうとう折れた。やはり、貴族には些細な事でも逆らえないのが平民の辛い所。
店主はルイズから顔を背けると、「素人が」と毒吐くように憎々しげな表情を作り、レイピアを下げる。持っていかれたレイピアを少し定助は物欲しげにしていたが、ルイズに何か言うのはあまり気乗りしない。
「それでは、こちらはいかがでしょ?」
次に持って来たのは、先程のレイピアとは比べ物にならない程、先から柄まで光輝く黄金の剣であった。水脈のように細かい線に、星のように散りばめられた宝石、シンメトリーで調和の取れた美しい全体性は一級品を直感で語らせるほどだ。
あまりの豪勢な剣に驚いた定助は、「おぉ……」と声を漏らす事しか出来なかったが、ルイズは品定めでもするように慎重な様子で矯めつ眇めつ。
「かなり豪華ね……」
「当店一の上物でさ! ほれ、ここを見て下せぇ、このサインを!」
鞘の脇に、人名らしき名前が彫られているが、定助には読めないし誰かも分からない。が、著名な人物らしく、ルイズも関心したような声を漏らしていた。
「シュペー卿かしら?」
「良くご存知で!! かの高名な【ゲルマニア】の錬金術師、シュペー卿が鍛え上げた業物でありやす!『固定化』もされておりますので、鉄さえも一刀両断出来ちゃいまさ!」
「ふぅん……」
【ゲルマニア】と聞いて少し、苦い顔をした。キュルケを思い出したのだろうか。
「まぁ、貴族に相応しい剣ね、気に入ったわ」
「しかしまぁ、長剣でありますのでこの大きさ。従者さん、なかなか背が高いですが、腰に下げるのは些か無理がありましょうが……」
確かにその剣は、定助の身の丈に差し迫らんとする程巨大な剣であった。そしてこの豪華な装飾である、重量もなかなかの物だと予想した。
剣術なんて身にない定助は、この剣を振る所か振られるのではと不安になっていたのだ。しかし、そんな彼の意図とは無関係にルイズはその剣を、柱の生物が好敵手を見つけたように、いたく気に入ってしまった訳である。
(確かに貴族好みな剣だけどなぁ……利便性ってのがないよ絶対、コレ……)
芸術的美観はかなり上行く業物だ、だけどそれが使い易さに繋がると言われれば、そんな事はない。一つが長ければ、一つが短いのがこの世の摂理である。
定助的にはスピード感のある、それこそ残像を出せるほどのスピードで繰り出せるような、軽い剣が理想なのだが。
「えっと、ご主人、オレはやっぱさっきのレイピアで……」
「何言ってんのよ! 貴族の従者として、貴族らしい剣を使って貰わなきゃ困るわ!」
「いや、さっきのレイピアも貴族らしいんじゃ……それにその剣、絶対高いよ」
「私は貴族よ、何て事ないわ」
これはもう無理だと、定助は両手を振り上げて降伏のポーズを取る。もうルイズの立ち振る舞いが貴族ぶったと言うか、気取ったものであり、スイッチが入ったと言うのか……兎に角、彼女が決めてしまったのだから定助が何か言う領域の外である事は明白。渋々と引き下がるのが利口と半分したのであった。
「おいくら?」
ルイズが値段を聞くと、店主は手元にある値段表の紙を広げて、書かれた値段を読み上げた。
「えぇ、エキュー金貨で二千枚」
「…………」
「新金貨だと、三千枚になりまさ」
「………………」
何故か黙った彼女の表情に、後悔の念が表れたのを定助は見逃さなかった。
それにお金の単位は分からないが、財布の中を見た限りでは千枚も無かったような気がする。
「……エキューで二千、金貨で三千……」
「どのくらい高いの、それって?」
「庭と森付きの立派な家が買えるわね……」
相場は分からないが、どれくらい高いかは分かった。一先ず、家一軒(その他オプション付き)が難なく買える値段であると理解した。
「……買えないのか?」
定助がそう聞くと、値の読み違えで恥をかき真っ赤な顔したルイズにキッと睨み付けられるのだった。
「何が『買えないのか?』よ! 誰かさんの大怪我のせいで、秘薬に恐ろしいくらい手持ち持って行かれたのよ、仕方ないでしょ!」
「……ごめんなさい」
それを聞いた定助に、申し訳無さが込み上げて来た。頭を下げて、丁寧に謝罪をする。流石にこれは自分が悪かったと、素直に思うのだった。
反省する定助は置いといて、ルイズは店主に向き直る。顔色はまだ赤いが、薄暗い店内では悟られないだろうか。
「悪いけど別のにするわ」
「……左様ですかぁ」
散々ルイズに振り回された挙句、結局は『止めた』と断られて苛立っているのは店主であろう。この時彼の頭の中では、「どうこの貴族からぼったくってやろうか」と思案されていた。
「じゃあ、別の剣を持って来やしょうかね」
「いや主人、待ってくれ」
また別の剣を持って来ようかとする店主を制止させ、定助は自ら剣を選び始めた。
「あんさん、選びなさるのでっか?」
「質素でも良いよ。こう、シュババババーッと扱えるのが欲しいんだよね」
「しゅ、シュバババと?」
「弾丸さえ弾けるような素早さで切れる、軽いのとか」
突拍子の無いファンタジーを定助が呟いた時、剣置きの方から低い男の声が聞こえて来た。
『やいやい! そんな「私、剣持った事ありません」と言っているような貧弱な体で、夢見てんじゃねぇや!!』
「えっ?」
パッと振り向けば、剣の山の中。何処から聞こえたのか分からない声に、不思議そうな顔で見渡す定助とルイズに、四発の弾丸しか残っていない、四嫌いのガンマンのように狼狽える店主。
声は再び聞こえて来た。
『それにオメェ、さっきから聞いてれば針を射出やら弾丸弾けるやら……アホか!? 子供か!? おでれぇーたぁ! お子様にゃそこらの棒切れで十分だ、剣士ごっこでもやってろっての!! 変な服も着やがって!』
「えぇ……あー……えっ、何処?」
捲し立てるような罵倒にやや押され気味の定助、ただ声の主を探すだけが目的となってしまっていた。
だがキョロキョロと見渡そうが、何処にも人影はあらず。声の聞こえ方からしてかなり近くにいるのは分かっているが、剣の山しか見つからない。その剣の山とかでさえも、人が隠れられるスペースなんてある訳ない。
まるで透明な赤ん坊を相手にするような、奇妙な感覚。依然として、声は何処からともなく発せられた。
『あと貴族の娘っ子! 剣の事なんざド素人丸出しの癖に、玄人ぶんな! そーゆーのを「虚勢を張る」って言うんだよ、娘っ子!!』
「な、なんですって!?」
恐れ知らずの声は、貴族であるルイズにも突っ掛かった。流石にこれはマズいのでは、と焦った定助は声のする方への徐々に近付いていた。このまま見えもしない所で暴言散らし、最終的にブチ切れさせたルイズに魔法を行使されたら、店にとっても相手にとっても究極生物誕生レベルの大惨事確定である。
「何処にいるんだ?」
「そうよ出てきなさい、この無礼者ッ!!」
「……ほら、ご主人も怒っているし、顔でも出したら……」
一番声が聞こえた地点まで定助は近寄ったが、やはり人の気配がしない。狐に包まれるような気分の中で声の主探しをするが、居場所は向こうから開示して来た。
『オメェの目は何の為に付いてんだ! 目の前にいんじゃねぇか!』
「……え?」
今のはとても鮮明に聞こえた、自分の腹の位置辺りから見上げるような声。
定助が視線を下げてみれば、剣立ての前。さっき、自分が少し「いいな」と思っていたオンボロ刀の前である。
「……何処?」
『察しのワりぃ奴だなぁ!? ここだっての!!』
「おぉ!?」
声はその、『剣』から発された。喋る度にカタカタ震えるその剣を、定助はバッチリ確認した。
「ご、ご主人! 剣が喋ってる!」
『おう、剣が喋っちゃ駄目なのかぁ!? それに言葉に気ぃ付けやがれ、俺はオメェなんかより倍も年長者だぞ!!』
「どうなってんだコレ……『スタンド』か!?」
『「スタンド」だぁ? そんなちゃっちい名前じゃねぇやい!! 俺はかの有名な「デルフリンガー様」だ!!』
有名かどうかは分からないが、剣が喋っている事実。衝撃度で言えば頭の良い鼠に出し抜かれたようなショックだろうか。
錆びた長剣と見たが、もっと良く見てみれば、さっきの剣と大きさは変わらない。しかし、かなり細身なので幾分かスマートに見える所がやや凛とした印象を与えている。
ルイズはその事を確認し、驚いた顔で話した。
「これ、『インテリジェンスソード』じゃない!?」
「インテリジェンス?」
「『意思ある剣』よ、こんな店で見るなんて……ボロいけど」
最後の余計な一言で、更に『デルフリンガー』と名乗る剣は突っ掛かるのだ。
『んだと娘っ子!? 剣の何たるかを知らねぇ癖に!! そんなドの素人にゃ剣なんて必要ねぇやい、帰んな帰んな!!』
「やい、デル公ッ!! 静かにしやがれ! お客様になんて口の利き方だ!」
ここで店主がデルフリンガーに対して怒鳴るものの、饒舌な(口も舌もないのに饒舌とは、変な表現だが)剣はまだまだ喋り散らすのだ。
『お客様だぁ!? こんな素人に剣なんか使わせたって、すぐに駄目にしちまうのがオチさ! それにオメェの売り方にゃ反吐が出るっての! 明らか言い値以下の剣に、百も二百も釣り上げんだからよぉ!!』
「何だとこのボロ刀!!」
『お? やんのか? 何ならオメェのヤベェ秘密でもここで暴露してやろうか?』
「ぐっ……!」
『へっ!』
剣にしてやられる人間とは、かなり滑稽な光景だろう。顔を真っ赤にさせて憤怒する店主だが、不機嫌顔のルイズに気付き、すぐさま頭を下げて謝罪をする。
「も、申し訳ありません若奥様! へぇ、仰る通り、そいつは喋る魔剣『インテリジェンスソード』でさ! ったく、一体何処の魔術師が考案したんだ、喋る剣なんざ……この通り口悪く、客に喧嘩売って帰らすもんで、こちとら商売上がったりだ!」
「黙らせれないの、こいつ?」
「鞘に収めりゃ黙らせられやすがね? いやいっそ、溶解してやろうかデル公!!」
店主の脅しにもデルフリンガーの減らず口は変わる事はない。
『おぉ!? 溶かすのか? 溶かすのかぁぁぁ!? いいぜやれってんだ!! この世界に飽き飽きしていた所なんだ、溶かしてくれんなら願ったり叶ったりだっての!』
砲台の撃ち合いのような、デルフリンガーと店主の口喧嘩。剣と人間と言う、種族は愚か生物を超えたこの喧嘩に物凄い新鮮味を感じる。汎神論とは本当にあるのではと思うほど、面白い光景だった。
だがその最中、定助は好奇心に満ちた表情でデルフリンガーを剣立てから引き抜いた。
「いいな、気に入った。ご主人、これにする」
彼の決意を聞き、ビグリとルイズの左瞼が痙攣。
「そ、そんなのが良いの!? ボロいし喧しいし、良いトコ無しじゃない!」
『一言余計だっての娘っ子ッ!! ボロって言うな、年季が違うんだよ、オメェとそこらの剣とよぉ!……あと離しやがれ!!』
カタカタ震える小さな抵抗と、止まらない弁舌にやや苦笑い気味な表情の定助。しかし彼自身も、来た時にこの剣に対してのシンパシーを感じていたし、何より喋る剣とは面白い。
「これだと軽いし、オレでも使えそうだ。それに喋るから退屈凌ぎになりそうだし」
「もっと良いのを買ってあげるわよ?」
「これで良いよ。多分、安値かも」
完全に楽しんでいる様子の定助を見て、「これはもう揺らがないな」と観念した彼女は、呆れ顔を携えたまま店主と商談を始める。
「これ、おいくら?」
「買ってくれるってんなら、こっちが有り難いでさ! 厄介払いだ! 金貨百枚で構いませんぜ」
「分かったわ……百枚はあるけど私、最初百枚も持っていたかしら?」
ルイズが財布を出し、支払いをしている間、定助はデルフリンガーとコミュニケーションに勤しんでいる。
「これから宜しく……えっと、デル公」
『デルフリンガーだ!! 二度と間違えるな! 俺の名前はデルフ……リンガー…………!』
「……ん?」
『…………』
しかし、デルフリンガーは何かに気付いたようにピタリと黙り込んだ。頻りに軋ませるようなカタカタ音も止み、文字通りに大人しくなってしまった。
唐突の変化に戸惑っているのは定助の方で、もしや喋り過ぎで魔法の効力でも切れてしまったかと心配してしまったが、そんな事はなく、今度は驚いたような関心したような、先程と比べて随分と頓狂な声で静かに語りかけたのだ。
『…………おでれぇたぁ……』
「うわっと……どうした?」
『いやいや、まさか……オメェ、「使い手」か』
「……? 『使い手』?」
何の事か分かっていない彼の様子に察し、デルフリンガーは呆れた声で話す。
『何だ何だぁ、てめ? 自分の実力も分かってねぇのか?』
「実力?」
『ま、とりあえず買ってくれんならいいや。仲良くしようぜ、相棒』
「……? まぁ、うん。宜しく」
態度がいきなり軟化したデルフリンガーに、困惑を覚えずにいられない定助。
だがとりあえず言えるのは、アーサー王伝説のエクスカリバーのように、または途方も無い力を与える矢のように、定助は剣に選ばれたと言う事なのだろうか。
ほんの少しの疑問を残し、デルフリンガーの会計は無事、済まされたのである。
ローゼンメイデンか、水銀燈派だから断る。