ゼロリオン ~何かを奪う使い魔~   作:ランタンポップス

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お久しブリーフ(つるぎちゃん並のギャグ)
約一ヶ月振りですね、長い間離れており、申し訳ありませんでした。
ちょっとゴタゴタと不調も落ち着いたので、再開します。ではどうぞ。


昼から夜へと、焦がれは微熱へ。その2

 一時間半の後、鐘が鳴り授業の終了を告げた。今日一日の過程はこれで終わりである。

 教師の退室を確認すると、二人は軽く伸びをして疲れを分散させた。

 

「ふぁ、疲れたぁ」

「ちょっと難解だったわねぇ、ルイズ?」

 

 するとルイズは眉を顰めて、難しい事を考えるような表情になった。真面目な彼女だからこその、教授のような知的な表情である。

 

「問題自体はそんなによ。だけど本当に問題なのは先生ね」

「…………」

「遠回りした教え方ね……少しくどかった気がするわ。遠回りこそが近道だなんて思っているのかしら?」

「……はぁ」

 

 授業の感想を述べるルイズであったが、キュルケの聞きたい事はそれではない。

 ムッとした表情をしたかと思えば、ルイズの眼前に顔を近付けて来ていた、鼻息が生暖かい。

 

「そんな事より、ほらっ!」

「な、何よ……?」

「忘れたなんて言わせないわよ? 使い魔くんの所に案内して頂戴!」

 

 ルイズのブラウスの襟元を掴んで、次へ次へと急かすキュルケ。やや乱暴な扱いをされて気が立ったルイズは、キッと睨んで手を跳ね除けた。

 

「襟を掴むなッ! 私はネコじゃあないわよ!?」

「どっちでも良いわよ、あなたがネコでもタチでも!」

「た、たち?」

 

 変な返しと聞き慣れない言葉に、怒りが軽く空回りした。その間でも御構い無しに、また懲りず襟元を掴み、そのまま無理矢理立たされた。これほどまでして会いたいのかと、鬱陶しげな表情を貼り付けた内心は、驚きと呆れとが同居した感情となる。

 

 

「兎に角、『勝手にどうぞ』と言われた以上、勝手にするわね! ほら、案内よ!」

 

 しつこい彼女に、とうとうルイズが折れた。

 いや、しつこく迫られると手の平見せるのが、彼女の性格であるのだが。つまりは、押しに弱いと言う事。

 

「わ、分かった分かった! 分かったわよッ!……何処にいるかは分からないけど、中庭をブラブラしていると思うわ」

「あら? 把握していないの?」

「どうにも、ジョースケとは『感覚の共有』が出来なくて……」

 

 目頭を押さえて、何かを見ようとするルイズだが、「やっぱり出来ない」と諦めた。その様子に、何やら不思議がるキュルケ。

 

「見えない?」

「見えない……まぁ、すぐ近くにいるわよ」

 

 教科書を小脇に抱え、ルイズは席を立つ……少し悔やむ所があるようで、沈んだ表情だったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で定助。

 

「……食べ過ぎた……」

 

 重くなったお腹を摩りながら、学院の廊下を歩いている。ルイズを探す事と軽い運動を兼ねたものだ。

 しかし行き交う生徒たちに、頻りに注目されているような気がする。こっちをジィッと凝視する者もいれば、コソコソと話し出す者もいる。不思議な事に、会話を入れる者はいないのだが。

 

(あれほど暴れたら、当たり前かぁ)

 

 決闘の一件から、彼は有名人だ。貴族にも平民にも名が知れ渡り、特に平民たちへの浸透は時速六十キロとかそんなレベルではないような気がするほど、有名になっている。

 

 

 だが、有名人になったからとは言え、困った事も少々。

 

「流石にフルコースは……うん、やり過ぎ」

 

 あれからずっと、出された貴族レベルの食事にありつけていた訳だ。それにしても、思った以上に英雄的待遇をされて、少しだけ申し訳ない。申し訳ないと思うのは、不気味がられそうなほど謙虚で礼儀正しい日本人の性分か。

 

「この調子じゃ、夕飯はいらない……かなぁ?」

 

 胃袋と相談するように、食の進め方と言うのを熟考する。言うのは、あまりガツガツと食べる方ではないので正直困った所が、本音である。色々と悩まされるのはそれほどフルコースが完成されている事にあろう。

 

「……失礼だけど、量を減らして貰おう」

 

 もてなしは嬉しいが、オーバーなので緩めて貰おう。そう結論を付け、ポケットに手を突っ込みながら、流れゆく庭の景色を楽しみつつ外廊下を歩んだ。

 

 

 手を突っ込んだポケット、何だか寂しい気がする。

 

「……クワガタ、何処行ったかな」

 

 誰かに貰った、自分の物。そして自分を救った物として、無くしてしまえば寂しく思う。だが、もうこれに関しては絶望視されるだろう。

 

「……まぁ、いっか」

 

 ここは一つ、諦める事にした。今の仕事は、ルイズの使い魔として尽くすばかりか。

 授業を終わらせたと思われる彼女と合流しなければならないのだ。

 

「多分向こうからしたら、オレが待ち人だと思うし」

 

 大きく息を吐き、沈みかけた気分をリセットさせて、主人探しを開始した。

 

 

「あ、いたいた!」

 

 ……そう意気込んで早々、聞き覚えのある、探し人の声が流れ込んで来た。

 庭へと向けていた視線を前方へと向けると、我が主人の桃色の髪の少女に、久方ぶりに見る紅い髪の少女がいた。

 

「あ」

 

 一瞬だけ名前が飛んでしまっていたが思い出した、確かキュルケだ。こっちに微笑みながら、ヒラヒラと手を振っている。

 

「全く! 主人に探させるなんて、手間かけさせないでよ!」

 

 そして一番に、まずは叱責。探していたのはお互い様だが、理不尽ながらもこのパターンには慣れつつある。

 

「うん、悪かったよご主人……でも一つだけ良い?」

「なに?」

「教室が分からなかったんだ」

「………………そうだった」

 

 

 そう言えば中庭でのクワガタ捜索っきりの別れだった。際に言ったのは「じゃあ、また後で」であり、教室の場所を伝えていない。前の教室はまだ立ち入り禁止だ。

 自分に落ち度があったと悟ったルイズの隣で、クスクスと笑うキュルケ。からかうのかと思えば、注目はすぐに定助へと向いた。

 

「お久しぶりぃ、使い魔くん!」

 

 定助に話しかけたキュルケ。嫌いと言う訳ではない、寧ろ話しかけやすい子だ。だが、少し苦手だなと思う面もあるのも事実。

 そうは思いつつも内面に隠し、至って平然として返事をする。

 

「久しぶり……心配かけたかな」

「えぇ、もう心配で心配で、夜も眠れなかったわぁ」

「まさかぁ」

 

 冗談交じりに言う辺り、やはり考えている事が分からない女性だ。

 

「ジョースケ、キュルケにも感謝しときなさいよ。彼女が倒れたあんたを運んでくれたのだから」

 その他色々と、彼女には世話になっている事をルイズは話した。横で本人は満足気に笑い、感謝を待つように定助を見つめていた。

 

「そうなのか? 有り難う、キュルケちゃん」

 

 頭をぺこりと落とし、キュルケに対してキチンと感謝をする。

 したのだが、何故かルイズは困ったように眉間を顰めている。

 

 

「はぁ……だから言葉遣いを……」

「まぁまぁ、別にいいわよ」

 

 咎めようとするルイズを宥めながら、定助へタンタンと近付いた彼女。彼の向かって左側に並び、好奇の目で横顔を眺めながら彼女はまた、微笑んだ。

 

「だって、『ジョースケくん』は強いからねぇ」

 

 

 

 

 ピキリと、ルイズの心の、怒りを抑える防波堤に小さなヒビ割れが起きた音がした。言うのは、ナチュラルに『使い魔くん』からファーストネーム呼びにシフトしていたからだ。

 しかし怒鳴る材料としては弱いだろう。たかだか名前で呼んだからって、怒るのは少しおかしい。

 

(……私ったら、なんで怒ろうとしてるのかしら)

 

 こんな感情の湧き出た自分に呆れながらも、「やっぱり怪しい」と考え注意深くキュルケを監視するのだった。

 

 

「でもあたしも、色々してあげたし……ちょっと等価じゃないわよね?」

 

 次に彼女は大胆に、定助の肩に寄りかかった。

 

「え? ちょっとキュルケちゃ……?」

「お礼は、してくれないかしらぁ?」

 

 猫なで声の甘い笑み、スラリと長いキュルケの指先は定助の存在を確認するように、つぅっと胸板をなぞって行くのだ。

 

「お、お礼って……?」

「あぁ、記憶喪失だから忘れちゃった? ふふふ、滾るわね」

「………………」

 

 

 小さなヒビ割れは、一気に崩壊した。

 

「は?」

 

 ズンズンと近付き、キュルケの服を引っ張って定助から引き剥がした。

 

「おっとと……あら? どうしたのかしらルイズ?」

「どうしたもこうしたもないわよ……!」

 

 彼女は自分の使い魔に口説きかかっている、流石にプッツンするしかない。と言うより、ここまでの善意を出汁に使っている所が気に食わなかった。

 

「なに口説こうとしてんのよキュルケ!?」

「ジョースケくんにお礼して貰おうかと」

 

 さも当たり前のように、さらりと言う彼女の態度が火に油である。

 

「そぉー言うのは無償でしょ!? なにぶん取ろうとしてんのよ!!」

「別にいいじゃなぁい? あなただって、お礼を求めたでしょ? どうせ」

「私はジョースケの主人だから当然よ!」

「等価じゃないわぁ」

 

 のらりくらりと受け流す彼女の話し方に、真っ直ぐ食ってかかるルイズが通用する訳がないだろう。神経をジクジクと虐め倒し、熱を持って反撃に嵩じる二人の関係上、ルイズは間違いなく負ける。

 そんな事を予想しながら、怒れるルイズを「まぁまぁ」と宥めようとする定助である。勿論今の彼女は、定助を眼中に入れていないのだが。

 

 

「等価不等価以前に、恩を売り付けたあんたが許せないのよッ!」

 

 鋭い眼光で睨み付けるルイズを前に、クスクスと余裕あり気に笑う彼女。これは何か、悪巧みを思い付いた顔をしていると定助は思った。

 

「冗談よ、冗談」

 

 思わせ振りの蠱惑な微笑みで、ルイズと定助とを交互に眺めた。

 そして微笑みは、薄紅の唇の端がニィッと持ち上がり、悪戯な笑みへと変わる。

 

 

「それにしても、ジョースケくんにお熱なのねぇ、ルイズ?」

 

 瞬間、ボッとルイズの顔が、軟派の出来ない純情派ヤンキーが如く真っ赤に染まる。

 

「そそそ、そんなんじゃないわよ!? あくまで主人だからよ、そう主人!!」

 

 吃音混じり気味に食ってかかるルイズの隣、定助は何だか分からず怪訝な表情だ。

 兎に角いきなりワタワタと慌てて反論し出した様子を見ている限りは、やっぱりキュルケの掌で踊らされている事だけは分かっていた。証拠に彼女、ニタニタと笑っている。

 

「あはぁ! やっぱり面白いわねぇ、ルイズをからかうのは!」

「あ、あんたってのは……!」

 

 無邪気ながらも上品に笑うキュルケの前で、火事で燃え盛る家のように真っ赤になったルイズが睨み付けている。

 この構図の外側で、冷や汗流す間接的被害者の定助。

 

 

「えー……兎に角ご主人、授業が終わったなら寮に行かない?」

 

 このままだと理不尽なとばっちりが来ると直感的に判断した定助は、ルイズの注目を他所に分散させようとした。

 ルイズは、ネズミに挑む海洋学者のような眼光でキュルケを睨むながら「そうね」と同意した。

 

「もう行っちゃうの?」

「もうって……もう十分話したでしょ?」

「三日分を入れたら全然、採算合わないと思うけどぉ?」

「……あぁもう、あんたといると調子狂うわねぇ……!」

 

 欲しがりの目で定助を眺めるキュルケだが、これ以上の対談はルイズが許さず定助の服を引き、二人は無理矢理その場から離れるのだった。

 

「ととと……ちょっとご主人、オレは猫じゃあないんだから」

「うるさいわね!! あんたなんか、ペット以下よ!!」

「酷い言われようだ……」

 

 振り向くと、キュルケが笑顔で手を振っている。せめて挨拶でもと、定助も大きく手を振って応じた。

 

「色々とありがと! また今度、改めてお礼するから!」

「あら、嬉しいわね。ではまたお会いしましょう、ミスタ?」

「うん、また!」

 

 返事した彼だが、自分を引っ張り前方を歩むルイズの目がギロリとこっちを向いた。

 

「余計な事を言うなッ!! キュルケに絡むなって言ったでしょ!?」

「それは一体、いつの話だっけ……」

「ご主人様の言い付けに期限なんかないわよアホジョースケッ!!」

 

 ルイズの御叱りに悄気つつも、チラリと背後を見た。

 既にキュルケは二人に背中を見せて、廊下の奥へと、他の生徒と共に流されるように消えて行った。

 

 

 

 

「なによキュルケ……『ソフト&ウェット』の事、本人から根掘り葉掘りも聞かなかったじゃない……」

 

 大まかな『ソフト&ウェット』の能力は、定助を探しに一緒に歩いていた時に教えた。しかし、キュルケは本人を前にして「出して」すら言わなかった。

 ルイズはその真意が分かっており、尚更気分が悪いのだ。偏屈屋の漫画家にジャンケンで負かされ、威張られた気分である。

 

(絶対……絶対のぜっ〜〜……たいにッ! 定助は渡さないから!)

 

 そんな事を考えた側から自分が恥ずかしくなり、真っ赤になって定助の爪先を踏んだ。

 

「イタッ!? ご、ご主人!?」

「うっさいアホジョースケ!!」

「なんなんだ……」

 

 様子の変なルイズに戸惑い、振り回されながら、小首を傾げる定助であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後は色々とあった。

 まず廊下で偶然、授業終わりのギーシュと出会った。彼は定助を見るなり彼へ近付き、復活を喜んでくれた。と、同時に改めて謝罪もされた。

 頭を下げる彼を定助は、をすぐさま立たせた。

 

「堂々とした方が君らしい」

 

 この言葉を聞いてまた感激に浸るギーシュだが、話の主旨を折り曲げる為に、ルイズからは聞いていたがその後について本人に聞いてみた。

 

「モンモランシーとは、無事に寄りを戻したし、メイド……いや、シエスタにも謝った。いや、本当に悪い事をしたよ」

 

 決闘の一件から、彼は心底反省してくれているようで安心した。ただ、女癖はなかなか抜け切れず、ある女子に話しかけた際をモンモランシーに目撃され、鬼の形相で問い詰められたと言う。

 勿論、はぐらかしも言い訳もせず床に頭擦り付けて謝罪し、何とか許して貰ったらしいが、これを聞いた定助とルイズは何とも言えない表情になった事は言わずもがなであろう。

 言えど、ギーシュは丸くなったと言う事は本当である。女癖については注意をしたが、全体的には良い傾向だと定助は安心するのだった。

 

 お世話になった医務室へもお礼をしたし、ルイズは夕食を済ました。やるべき事は果たした所で、既に日は西日へと差し掛かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……時間かかったわね」

「寮まで長かったなぁ」

 

 あっさり過ぎ去る時間の流れをしみじみと実感しつつ、二人はルイズの自室へと戻って来れたのだった。

 疲れていた訳ではないのだが、扉を潜れば重力が倍増しになったように体が重くなり、疲労感を認識し出した。

 

 

「あー疲れたぁ……さてと、復習しないと」

 

 そう言い、定助に持たせていた教材を机に置かせ、勉強に入ろうとしていた。

 しかし定助は、彼女を引き止めるのだった。

 

「いや、もう今日は寝たらいい」

 

 この言葉に真面目な彼女はカチンと来た。

 

「何よ? 生憎、学生の本業は勉学なのよ。この常識は覚えているでしょ?」

「あぁいや……ごめん、言い方変える」

 

 こめかみを指で叩き、脳から絞り出すようにして言葉を抽出し、構築させる。そんな彼の様子を見たルイズは、怪訝な目で定助を見やるのだった。

 

 

 考える時間の終了は、すぐに終わった。

 

「その……オレのせいで満足に寝ていないよね?」

 

 ついルイズは目元を押さえてしまった。化粧をして誤魔化しているとは言え、隈の存在を定助には看破されていたらしい。

 いや、実際に定助は隈の存在に気付いてはいない。ただ、一日過ごして彼女の様子を見て、直感的に分かった事である。少し平衡感覚がズレた歩き方をしているとか、頻りにあくびをしていたりだとか……そう言った細やかな所を統計的に見て判断した所存であった。

 

「今日からはもう、グッスリ寝て大丈夫だから……ほら、眠い状態で勉強したって頭に入らないだろうし」

「……徹夜なんて、慣れているわよ」

「眠らない事に慣れる人間ってのは、いないと思うけどなぁ」

「いらないお世話よ」

 

 説得は失敗と、肩を窄めた定助。三日も彼女を縛り付けてしまった責任があり、せめて覚醒したからには楽をさせてやりたい気持ちでいっぱいなのである。

 そんな思いとは裏腹、彼女はツカツカと机に歩み寄って行く。使い魔としてルイズに怒られそうなほど当たり前の事なのだが、彼女が寝るまでは自分も眠らない事にした。

 

 

 

 

 と、決め込んでいた時、彼女はマントを椅子にかけたのだ。

 

「まぁ、あんたの言う事も一理あるかもね。授業中眠たかったし」

 

 彼女の言葉を聞き、ホッと一息吐けた。

 

「ふーん……なんか嬉しそうよね」

「え? あ、顔に出てた?」

「そうじゃないんだけど……まぁ良いわ」

 

 彼女も彼女で、定助の心遣いを感じ取っていたし、過度な無茶はしないでおこうと決めていた訳だ。なのでここは定助の気持ちを飲んでやる事にした。

 最も、自分の状態に気付いてくれた事が嬉しかったと言うのもあるが。

 

「あんたが二日も占領していたベッドに、やっと帰れたわねぇー」

「…………オレェ?」

「うん」

「悪うございました、ご主人様」

「宜しい」

 

 憎まれ口も、ちょっとした仕返しなのだろうか。微笑ましくも傷が痛いような気持ちにたゆたいつつも、戻って来た日常に胸が高鳴る思いでもあった。

 

 

「病み上がりとは言え、復帰したからにはちゃんと仕事はしなさいよね」

 

 そう言って彼女は、ブラウスのボタンをプチプチ外して行く。ここで定助は「あっ!」と思い出したのである。

 

「ご、ごめん! ちょ、ちょっと用を足しに行って来る!!」

「え?」

「じ、実はここにいる前から催していてさぁ! いいかな?」

 

 記憶喪失とは言え、女性の肌が恥ずかしく思うのは本能的な性であろう。ルイズもルイズで、いきなり勢い良く捲したてる彼に驚き、言葉を探していた様子だった。

 

「別にいいけど……」

 

 そしてついつい、許可してしまう。

 許可を受け取った彼は早速、部屋から出ようとした。

 

「有難うご主人! あ、すぐ済ますから、洗濯はするから」

「で、でもあんた……ちょっと!?」

 

 ルイズが何か言う前に、定助はさっさと扉を閉めて廊下へ飛び出して行ったのだった。

 ポツンと、雨が止んだ、ような静寂と化した部屋の中に残されたルイズは、暫し定助の閉めた扉を見つめていた。

 

 

「……御手洗の場所、教えたかしら?」

 

 彼女は彼の、こんな真意には気付けなかったのが奇妙である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……良かった良かった……」

 

 廊下ではトイレに行かず、依然としてルイズの部屋の前にて佇む定助の姿があった。

 ここで彼女が着替えを終えるまで待っている事にしている。

 

「けどなぁ……次からどうやって着替え中に出ようか……」

 

 何故かそんな事を真剣に考え始めていた彼であるが、最終的には慣れる以外に方法はないのかと気持ちが沈む思いでもある。同時に「何でこんな事考えているんだろう」と馬鹿らしくなったようでもある。

 

「……まぁ、為せば成るさ……うん」

 

 そう納得させ、心を鎮める為に深呼吸をした。フッと、体が軽くなった感覚がした。

 

 とっくに外は暗くなっており、廊下も暗闇が支配しており、壁に据え付けられた燭台のお陰で視界がやっと確保されているという程だ。心細くなる暗闇の中ではあるのだが、同時に懐かしいような気分もしていた。

(まるで、地面の下にでもいるようだ)

 我ながら妙な比喩だと自嘲しつつ、そろそろ良いだろうかとドアノブに手を伸ばした。

 

 

 

 

「……暑い?」

 

 ヒンヤリとした夜の空気が、唐突に逆転した。あまりの変動に動揺し、扉から離れて廊下をぐるりと見渡したのである。しかし彼自身、この現象は身に覚えがあるような気がしていた。

 

「……ん?」

 

 やけに左側が明るい。答え合わせは、左足元にあった。

 

 

 そこにはキュルケの使い魔のサラマンダー『フレイム』が鎮座していたのである。尻尾の炎が熱と共に光を発し、闇を払っていたのだ。

 

「あー、なるほど……思い出した思い出した」

 

 身に覚えがあるのは、キュルケとの初対面時に同様な事があったからだ。あの時も急な温度の上昇に驚いていた事を思い出した。

 

「こんな夜にどうした? 君の所の主人も着替え中かい?」

 

 そう語りかけて膝を曲げて腰を落とし、撫でようと伸ばした腕は空を切った。フレイムがプイッとそっぽを向いて彼から離れてしまったからだ。

 

「見た目トカゲなのに、猫みたいだなぁ」

 

 面白い所ではあるのだが、無視されて少し傷付く所。トコトコと廊下を行くフレイムの姿を眺めた後、立ち上がってまたドアノブへと手を伸ばす。

 

 

「キュルル……」

 

 すると横で、フレイムが鳴いた。

 

「何だ?」

 

 気になった定助は再度ドアノブから手を引っ込め、フレイムへと視線を向けた。フレイムはルイズの部屋の隣、誰か別の生徒の部屋の前にいた。あの燃える尻尾をユラユラと揺らし、様子はカンテラのようでもあり、誘っているようでもあり。

 

「どうした? 開けて欲しいのか?」

 

 そう解釈した定助はその、隣の部屋まで近付き、扉の前に立った。見た目自体はルイズの部屋やその他とは変わらない、木で作られた扉である。恐らくここが、キュルケの部屋なのだろうか。

 

「キュル! キュル!」

「開けていいの?」

「キュルル! キュルッ!」

 

 ねだるように鳴くフレイムの様子から察して、開けて欲しいのかと承知した定助。後ろに下がり、「どうぞ」と言うように彼を眺めるフレイムを前にして拳を握った。

 軽いノックの音が暗い廊下に木霊する。

 

「ごめんキュルケちゃん、開けて大丈夫かな?」

 

 まずは部屋主に許可を取るのが礼儀だろう。それにキュルケは女性だ、部屋の鍵は固く閉じているハズ。

 

 

 

 

 しかし不思議な事に、キュルケからの応答はない。

 

「あれ?」

 

 再度ノックをし、呼びかける。だが応答はない。

 

「……留守か?」

 

 最後の確認として、少し強めにノックをするのだがやっぱり応答がないので、留守だと判断した。

 なるほど、フレイムは彼女が留守だと知らず、開けて貰えなくて困惑していたのかと、定助は独り合点する。

 

 

「あぁごめん。君のご主人はお出かけ中みたいだ」

 

 扉に背中を向け、背後に立つフレイムに話しかけた。だがフレイムは依然として、キュルキュルと可愛らしい鳴き声をあげているだけであった。

 

「……言葉が通じないのかな」

 

 一先ず落ち着けさせる為に撫でてやろうと、定助はフレイムの側まで歩み寄ったのだった。

 

 

 すると背後でガチャッと、扉の開く音が響いた。

 

「え? キュルケちゃん、いるのか……」

 

 だが定助は、振り向こうとする間も無く腕を掴まれ、開いた扉の隙間に引き摺り込まれる。

 

「おお!?」

 

 唐突な事に体の何処に力を入れるか忘れてしまい、ものの数秒で彼は扉の奥の闇に吸い込まれるようにして消えてしまったのだ。

 

 

 次に響いたのはバタンと、扉の閉まる音であった。




ジョジョ四部アニメ放送が日明後日なのを記念しまして、四部的表現多めです。
また、ゼロの使い魔も五年振りの新刊ですぞ。
やったッ!今年はランタンの年だッ!ランタンイヤーだッ!

4/5→全話を改行したり、書き直したり、併合したりしました。

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