ゼロリオン ~何かを奪う使い魔~   作:ランタンポップス

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家から電車で一時間ほどの所で定期券なくして、途方にくれていた所、警察署行ったらあったので帰ってこれました。
良かった良かった…………


お昼時には薔薇を掲げるな。その2

 廊下を歩く事、三分少し。丁度、食堂の裏手の方に厨房への扉があった。扉の上に、部屋を表すプレートがあるのだが、もちろん、そこに書いてある文字なんて読めない。

 

「ここですよー」

「…………おわぁー」

 

 既にぷぅ~んと、良い香りが漂っていた。忘れてしまいたかった食欲だが、こんな良い匂いで嗅覚より攻められたら、そそられるだろう。また腹の虫が騒ぎ出した。

 

「…………良い香りだねぇ。凄く、美味しそうだ……凄く…………」

「それはそうですよ! 貴族にお出しするものなんですから。食材も、料理人も一流の方たちですよ!」

 

 予想以上の食欲の暴走に、自分が自分じゃなくなりそうで怖くなる。それほどまでに、食欲が体の中に満ちているのだ。

 

 

 

 

 思い出して欲しい。今日の彼が食べたものは、固い黒パンと、少量のスープだ。とても耐えられない。

 

(オレも食べさせて貰おうか……いや、でも朝の清算はしないといけな…………うーむ……)

 

 二律背反が巻き起こる。右か左か、降伏か死か……大袈裟かも知れないが、それに等しいジレンマがこうして定助を苦しめている。

 こんな状態で入れば、空腹で最悪死んでしまう。決めた、断る覚悟は出来た、それに懸ける。

 

「さ、どうぞ!」

「あ、あのさぁ……実は」

「マルトーさんにジョースケさんの事、面白くて優しくて良い人って紹介したら、『シエスタがそこまで言うなんて、どんな人か見てみたい』と言っていましたよ!」

「……………………」

 

 断れなくなった。

 例えるならアレだ、婚約者の父親に面談を求められた時の気分だ、あの断れない威圧だ。シエスタへの好感度がほどほど高いだけに、定助の良い印象をみんなに撒き散らしたのだろうか。故に、ドタキャンなんてしたら印象が悪くなりそうな、そんな雰囲気を感じた。

 

「……………………へぇ、それは楽しみだ。マルトーさんって、どんな人かなぁ」

「大丈夫ですよ、優しい人です! 私も未熟な時は何度も助けられましたし、みんなもマルトーさんに助けて貰っています!」

「偉大な人なんだね」

「まさに『みんなのお父さん』って、感じです!」

 

 厨房にいるのは『ゴッドファーザー』だ。断ったら終わる。

 

 

 …………と言うものの、そこまで慕われる人物なら、一度お目にかかりたいのも事実だろう。ここは空腹を抑えて、マルトーと言う人物と謁見しようと決意する。と言うか断れない状況になった。

 

「じゃあ……入ろうか」

「はい! あ、お先にどうぞ」

 

 流石はメイドだ、同じ平民であるハズの定助に対しても礼節を弁えている。扉を開けて、定助に入室を促している。

 

「有り難うシエスタちゃん、悪いね」

「いえ、当然の事をしたまでです!」

「じゃあ……お邪魔しまーす」

 

 定助はさっさと、厨房へと入るのだった。

 

 

(入るんじゃなかった……)

 

 油が弾ける音、一面に広がる美味しそうな匂い…………爪が勝手に伸びるように、これは人間の本能的な機能なのかもしれない。食に関連した事に直面すれば、胃袋がとうとう暴れだした。

 厨房は案の定、鼻孔を(くすぐ)る香ばしい匂いで充満していた。ジュウジュウと肉を焼く音が聞こえれば、匂いもオマケで付き、それらを纏った熱気が肌に直撃。更には完成したものを食堂へ配膳される所を見てしまった故に、味覚以外の四感が全て『食欲』に作用する形で支配された。 

 こんな状態で空腹を紛らわすなんて、正気じゃないし出来る訳がない。

 

「美味そうだな……ごくっ」

 

 無意識的に、唾を飲み込んだ。全細胞が栄養を求めている証拠だろう。

 

 

「マルトーさーん!」

 

 シエスタが大きな声で呼ぶと、休憩していたのか水を飲む、一人の男がシエスタに振り向いた。

 

「おーう、シエスタ!」

 

 相手は、少し太った、顎髭を蓄えている正に『男』と言う感じの恰幅(かっぷく)の良い男性だった。この男が『マルトー』だろう。

 シエスタを見ると、優しげに笑う彼はなるほど、『お父さん』と言う表現は間違いではないと分かった。

 

「そこの鍋に入っているのが今日の賄いだ。隣にあるパンと一緒に奥で食ってけ」

「有り難う御座います、マルトーさん!」

 

 カラカラと笑うマルトーの視線が、隣の定助へと移る。厨房の熱気と食の(いざな)いにフヨフヨとしていた彼はちょっと、存在感が消えていた。

 

 

「ん? シエスタ、そっちのは?」

 

 定助を指差し、尋ねた。それに気付いた定助はパッと頭を切り替える。料理に目移りはついついしてしまうが。

 

「こちらジョースケさん、ヒガシカタ・ジョースケさんです!」

 

 マルトーは何だか、パッとしない顔をしている。

 

「…………?」

「ほら、今朝言っていた、ミス・ヴァリエールが召喚した平民の……」

「うん?…………あ……あぁ! 思い出した思い出した! オメェさんの事か!」

「もう……マルトーさんったら!」

 

 呆れるシエスタを余所に、コップを台の上に置くと、ズンズンと近付いて定助の肩を、丸太のように太くて毛深い手で叩いた。ちょっと痛くて、定助は食欲がブッ飛んだ。

 

「いやぁ良く来た! シエスタから聞いてな、一度見てみたいと思っていたんだよ! ハッハッハ!」

「あぁ、いえ。こちらこそ、お会い出来て……」

「おいおいおい! 何か余所余所しいなぁ、楽にしていいぜ! 同じ平民同士だろうが!」

 

 外見通りの、ちょっと荒々しく豪快だが快活な印象だ。それにしてもここまで歓迎されるとは、よっぽど会いたかったのだろうか。

 

「シエスタから聞いているぜ。変わっているけど、面白いってな!……なるほど、変わっているなぁ! 特に格好がな」

「…………どうも」

 

 良く言われるような気がするのだが、みんなこの格好が変だ変だと言う。流通していないものなのだろうか、この服は。

 

 

「確か、貴族の使い魔にされたとか?」

「はい……」

「全く! まだ若いってのに、貴族の都合で使い魔にされるたぁ、災難なこった!!」

 

 彼もやはり、貴族に対して良い印象は持っていないのだろう。いや、確かに貴族の様子を見てきたのだが、あれらに好感が持てる人間と言う方が珍しいのだろう。

 

「聞けば、洗濯させられたらしいな。たくっ! とことん平民はこきつかう奴らだぜ! 杖さえ抜いてしまえば、何も出来ない金持ちの甘ちゃんの癖に!」

「あの…………」

「あれこれ平民にさせれば、威張り散らしやがって! 自分がやったかのように言うんだ! 俺たち平民がいなくちゃぁ、なぁんにも出来ないのに口だけは達者な連中だぜ全く!」

「……はははは…………」

 

 愚痴り出したマルトーに、愛想笑いをするしかなくなった定助。こう言うタイプの人間は、口が動き出したら止まらない事を知っている。

 

 

 見かねたシエスタが助け船を出してくれた事は大変感謝したい。

 

「マルトーさん! ジョースケさんが困っていますよ!」

「お? あぁすまねぇな! 一回愚痴っちまったら止まらなくなりやがる! 悪い口だぜ、わりぃわりぃ!」

 

 相当貴族が大嫌いなのか、土石流のように出てくる貴族への悪口。また、平民と貴族との格差の広さを感じられた時だった。

 

「かなり貴族を毛嫌いしているのですね」

「そりゃそうだ! 今、全ての料理を出して一段落ついているが、どうせアイツら半分以上も残しやがるぜ! 貴族にとっちゃ、食事もお飾りなのさ!」

「そうなんすか?」

「おれぁ、料理人としての信念がある! 作る料理には一つ一つ本気で向き合って完成させる! だが残されてはそれを足蹴(あしげ)にされているような気分だろ? 誰だって嫌いになるぜ!」

 

 言われている事は納得出来る。ここは貴族の嗜みと料理人のプライドの対決だろうが、優先されるのは貴族の方だ。仕方ない事だが、非常に悔しい。

 

「まっ! 立場は違えどお互い同じ境遇同士だ! 何か困った事があったり、飯抜かれたりしたらここに来いよ! 何か作ってやるし、困った時はお互い様……出来る事なら助けになってやるぜ!」

 

 この取っつき安い性格と料理人としての信念に、定助は非常に感銘(かんめい)を受けた。頭を下げて、「有り難う御座います」と丁寧に感謝の念を示した。

 ただ、定助は『飯抜かれたりしたら来い』と言う所にだけ反応してしまった。そして、『飯』と言うワードを聞き付けた腹の虫が、我慢を解いて大きく鳴いた。

 グゥゥゥ…………

 

 

「…………あ」

「おおっと! デカイ虫を腹に飼っているんだな! ハッハッハ!!」

 

 愉快そうに笑うマルトーと、クスクスと笑う、食器を棚から取り出していたシエスタ。

 

「ジョースケさん、お昼まだだったのですか?」

「まぁ……はい、まだです…………ん?」

 

 マルトーとの会話の敬語を、ついついシエスタにも移してしまった。それがおかしいのか、シエスタは肩を震わして笑ってしまった。

 

「ふふふ!……ジョースケさん、私に対しては敬語じゃなかったではないですかぁ」

「あ、そうだった。ついうっかり」

 

 二人の様子を見て、マルトーも堪えきれずに笑っていた。

 

「ハッハッハッハ!! 面白い奴だなぁ、本当に! へい、ジョースケ、宜しくな!」

「こちらこそ、世話になります」

「良いってこった! 困った時はお互い様だぜ!」

 

 存分に楽しい気分になった定助も、小さく笑った。本当にここにいる平民の人々は、貴族を恐れているけど明るく、気分の良い人々だなと、ここでの生活の楽しみとしてウキウキしていた。

 

 

 背中を誰かがポンっポンと叩いた。振り返れば、食器を持ったシエスタが。

 

「ジョースケさんも、お昼、食べて行きますか? お昼まだなんですよね!」

(しまった)

 

 内心、ここでやっと彼は焦った。話の成り行きで『昼食はまだ』と言ってしまったが、彼には『昼食抜き』の十字架が背負わされている。

 どうしようか、彼の頭はグルグル回る。

 

(お腹は空いた……でも、ご主人に抜きって言われて…………いやまて…………実質、朝から抜かれている状況じゃあないか…………いやいやいや、でもなぁ……)

 

 やっぱり、罪は下ろしておこうと考え直し、昼食のお誘いは辞退する事にした。

 

 

 

「今日はシチューなんですね!」

「あぁ! パンを(ひた)して食べると美味いぞ!」

 

 定助はもう一度考え直した。『シチュー』と『パン』である、しかもパンは黒くない、フワフワそうな丸くて薄茶色い焦げ目のやつ。

 

(おいおい!? オレよりも良い食事じゃあないか!?)

 

 朝食を思い出す。黒いパンと、少量のスープ。

 

「……………………」

 

 

 少し考えた後、彼は吹っ切れた。

 

(バレなきゃ昼食抜きじゃあない)

 

 シエスタから食器を受け取り、マルトーのいる鍋の前へ。

 

「いただきます!」

「おぉ! 威勢が良いな!! 大盛りか?」

「有り難う御座います」

 

 彼は食欲に狂わされたのか、ルイズから課せられた『昼食抜き』を普通に破る。正々堂々の勝負を否定して血の目潰しをした後で蹴りにかかるような、掟破りの昼食だった。

 

「それじゃあジョースケさん、食事はこっちですので」

「うん。有り難うシエスタちゃん」

「いえいえ。マルトーさんの言った通り、『お互い様』ですよ!」

 

 美味しそうなビーフシチューを持って、厨房の一角にある休憩スペースへと向かった。

 

 

 

 

「んん~……実に良い気分だよ…………」

 

 暫くして、休憩スペースの中。シチューを完食し、満たされた腹を擦りながら満足そうに微笑む、幸せそうな定助の姿があった。

 

「凄い食べっぷりでしたねぇ…………お腹空いていたのですか?」

 

 (むさぼ)るようにシチューとパンを食べていた定助の勢いに圧倒されて、関心したような声でシエスタが尋ねた。

 

「うん。オレって、朝食は食べない主義だからねぇ」

「まぁ! ダメですよ、朝食はちゃんと食べないと! 昼までもちませんよ?」

 

 ここで定助は、結してルイズにされた冷遇を愚痴らなかった。昼食抜きを宣告された事も、朝食の侘しさも言わなかった。例えマルトーやシエスタが貴族を悪く言おうが、ルイズの事だけは結して悪く思わない。

 教室で自分の事を話し、涙さえ流していた彼女を見た後で、彼女の事を悪く言うなんて普通思わないだろう。この空腹は、自分が朝食を食べない主義だから、と言う事にした。

 

 

「…………今度から気を付ける気を付ける…………あー、幸せだ」

 

 しかしここで大問題。食堂までの道中で『キミに隠し事はしない』と言ってしまっていた事を思い出した。こっそり昼食を食べてしまった事を秘密にするのは、隠し事をする事になってしまう。

 

(まぁ、朝食があんだけだったし…………お互い様お互い様)

 

 満腹でいつもより暢気な頭が、抜け道を探し出した。何とも都合の良い男であろう。

 

「それにしてもぅんまかったなぁー……フゥー」

「定助さんったら、子供みたいですよ! ふふっ」

「満足満足…………」

 

 苦しそうに空気を吐き出しながら、定助は椅子の背凭れに寄り掛かるのだった。背中の打撲が圧迫されて、少し顔が歪んだが、シエスタに気付かれずにすんだ。気付かれたらまた心配される。

 

 

「おう! 良い食いっぷりだったな食いしん坊!」

 

 再度仕事に取り掛かっていたマルトーが、食事を終えた二人の前にやって来た。定助の食べっぷりをいたく気に入った様子だ。

 

「今、貴族のテーブルをチラッと見たんだけどよぉ……やっぱ全然食ってねぇぜ、ったく! こんなもんなら、おめぇさんに振る舞ってやりたいよ!」

「有り難いですが……これ以上は破裂しそうっす……」

「別に今とは言ってないぞ! ハッハッハ!!」

 

 食事を終えてさっさと立ち上がったシエスタは、自分と定助のお皿を取り下げ始めたので、急いで止めた。

 

「あぁ、シエスタちゃん……オレのはオレがやるよ」

「どうせですのでやりますよ?」

「いいや、自分が使ったんだ、自分で片付ける」

 

 それを聞いたマルトーが「偉いッ!」と言って定助の背中を叩いた。打撲を涙目のギャングに、スコップで殴られるのに匹敵する刺激が走る。

 

「ぐぉお!?」

「気に入ったーッ! ここまで礼儀の出来た若い男ってのは珍しいぜ! 貴族に仕えるなんて、勿体無いねぇ!」

「あ、ありがと……ございます…………おぉぉ……!」

 

 常識を全うしただけなのに大袈裟だなと思いながらも、打撲を叩かれ悶絶する定助。それに全く気付かず、マルトーは感激したように笑っていた。

 

「もう! マルトーさんったら大袈裟な人なんですから! ジョースケさん、大丈夫ですか?」

「いいや偉い! 大抵の奴は平民でもやらせていた所だしな! それに『自分のものは自分で片付ける』……カァーッ! 良いねぇお若いの!」

 

 痛みでヒクヒクしている所をシエスタに労られながら、笑うマルトーに「どうも」と一言だけ添えた。いや、それ以上は言えない。

 

 

「マルトーさん。そろそろ、デザートの頃合いでしょうか?」

 

 流し台で食器を洗いながら、シエスタが尋ねた。それを聞いたマルトーが少し考え込んだ後、シエスタに指示を出す。

 

「そうだな……貴族どもはもう、お喋りターイムに入っていたからな…………あれ以上は食べないだろう。良し! 運んでくれ!」

「分かりました! じゃあ、ジョースケさん、また後で」

 

 返事代わりに手を上げて応答した。痛みが全身を巡って、舌が上手く回らなかった。

 

(仕事の時間か……何があるんだろ)

 

 定助も食器を持ち、流し台の所まで向かいながら、シエスタが何をするのか見ていた。その内、厨房に四人のメイドたちがやって来て、何だか忙しなくなって来る。

 

「……………………」

「こっち、運びますよー」

 

 二人のメイドがケーキが置かれた、一つの大きなワゴンと一緒に、食堂へ向かった。なるほど、デザートの配膳が始まるのか。一つのワゴンに付き二組だから、一人がワゴンを押して、もう一人が配膳の役割だろう。

 ガチャガチャと食器を洗い、暇潰しがてら眺めていた。

 

 

「……………………」

「こっちも行きまーす」

 

 こうしている間に、ワゴンを持ってもう二人のメイドたちが食堂へ行った。定助も、皿を洗い終えて、皿置きにかける。手をパッパと払って水気(みずけ)を切り、案内してくれたシエスタと賄いを作ってくれたマルトーや他の料理人に感謝を言っておこうとした。

 

 

 

 

「ん? おい、アルザーナは?」

 

 一人の料理人が、誰かを探しているようだ。その名を聞いたシエスタが「あっ!」と小さく声を漏らした。

 

「アルザーナさん、今朝休暇で帰郷しちゃいましたよ!!」

「あ? そうなのか!? あーすまん、いるとばっかり思っていた…………」

「い、いえ……仕方ないです、時間もないですし私一人でやります」

 

 一人のメイドが、非番のようだ。二人一組で運ぶこのケーキのワゴンを、シエスタは一人でする事になったようで、「やれやれ」と首を振った。しかし、運んで配膳とは、この量を一人では大変ではないか。

 

 

 もちろん、定助がスピーディーなワゴン配膳を実現させる為、お節介を焼いた。

 

「シエスタちゃん、良かったらオレがワゴンを押してあげるよ」

 

 定助の申し出に、「えっ?」と驚いてワタワタとし出した。彼女の謙虚な性格なら、まず断るだろう。

 

「いえいえ! 悪いですよジョースケさん……」

「どうせ暇だし、こうしてご馳走もしてくれたからね。甘えてばかりいられないよ」

「でも……」

 

 シエスタが何か言おうとした時、またマルトーが「偉いッ!」と言って現れた。この神出鬼没な様は透明なゾンビのようだ……いや、この表現は失礼過ぎた。

 

「芯の通った奴だぜ本当に! 更に気に入ったーッ!」

「おぉ……有り難う御座います」

 

 肩をパンパンと叩かれる。マルトーの方に向いているとはいえ背中じゃないので助かったと、小さく息を吐いた。

 

「なぁシエスタ、こうしてジェントルマンが申し出てくれてんだ! ここはお言葉に甘えてもらえ!」

「ジェントルマン…………」

 

 定助は少し、苦笑いをする。

 

「…………いいんですか? お言葉に甘えて…………」

「まぁ、ワゴンを押すだけなら任して欲しいかな。配膳はちょっと良く分からないから任せるけど」

 

 チラッとマルトーを見るシエスタ。彼は「やってもらえ」と言うように笑って頷いていた。

 

「…………じゃあ、お願いしてもよろしいですか?」

「よぉしッ! オレに任せろぉい!!」

 

 意気揚々とワゴンの取手を掴む定助を見て、シエスタはクスッと笑うのだった。定助はシエスタより二つ三つほど歳が上かとは思うが、こう言う子供っぽい所を見れば弟でも出来た気分になる。

 

「では、私が先導しますので、合わせるようにゆっくり付いてきて下さい」

「了解……任せてよシエスタちゃん」

「頼りにしていますよ! ジョースケさん!」

 

 食堂へと向かう二人を見て、その後ろ、息子と娘を送り出した気分になるマルトーであった。

 

「行ってこぉぉーい! ハッハッハ!!」

 

 豪快なマルトーの笑い声が厨房に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……ご馳走様…………」

 

 ナイフとフォークを置き、ナプキンで口を拭う。優雅な動作で、食事を終えたお嬢様は、ルイズであった。

 

「ん……そろそろデザートね。んふふ!」

 

 デザートがそろそろ来るからか、年相応に甘いものが好きなルイズの頬は綻ぶ。お腹はいっぱいだが、デザートは別腹とは良く言うものだ。食器を端に寄せて、デザートが入るスペースを作っておいた。

 

「えーと、確かケーキだったわよね。マーマレードのケーキぃ」

 

 魔法に関する知識と、デザートの情報は全て頭に叩き込んでいる。それほどまでに、食事の最後に出るデザートは楽しみで楽しみで仕方ないのだ。うひゃルンとそれを待ち焦がれている様子こそ、可愛らしい少女だ。

 

 

(ジョースケ、今頃何処で何しているんだろ…………)

 

 ふと、自分の使い魔である定助が何をしているのか気になった。まだブラついているのだろうか、それとも歩き疲れて、扉の前でぼんやりルイズを待っているのだろうか。

 

(……なに一つ分からないのよねぇ、あいつの事……)

 

 最初の第一印象は、不気味な奴。何を考えているのか、何処を視ているのか分からない奴。

 それからルイズに仕える所で、記憶喪失から変な発言をしている。そこは仕方ないとは思うのだが、暢気だったり調子に乗ったり、周りに気を使わない性格は元からに違いない。ただ、先生には敬語を使う所、年上に対して立場を弁えている事は分かる。

 

(身分で弁えようとはしないのだけどね)

 

 そこが困った所だと、溜め息を吐く。

 

 

 おかしい奴。変な奴。そんな印象だったのに、『ゼロとして凝り固まった』ルイズの自棄に、厳しく追求する意思と、あえて感情を気付かせる話し方はただ者ではないと認識した。

 今日出会ったばかりなのに、主人としてルイズに尽くそうとするその心はお人好しなのか、生真面目なのか……やっぱり変な奴である。

 

(悪い奴…………ではないけどね……ちょっと正体が気になるかな)

 

 ここまでの出来事で、少し定助に興味が出てきた。自分の事を何一つ知らず、魔法やらこの世界の(なら)わしも忘れている。その限定的な記憶喪失は、何か思惑があるような気がするのは今更ながらだが。

 

(…………召喚のせいは止めてよね……)

 

 人間の召喚はこの学院が始まって以来との事。故に、何があるか分からない状態。ならば、召喚の際に何らかの効果が発生し、人間に記憶障害を起こしたと考えは出来やしないか。

 

(まぁ、そうだとしても、あたしに責任はないわよね!)

 

 ルイズは召喚の結果として定助を出したのだから、責任はないハズ。そう考える事にした。何とも都合の良い少女だろうか。

 

 

(妙な服に、水兵帽……服を見ても、何処か特定出来ないわよねぇ)

 

 服を見れば、その地の事が分かると言うが、あの服なら精々『海沿い』としか分からない。また、漁師みたいに『海の男』かとも思ったけど、潮風に打たれ続けた者特有の、浅黒い肌をしていない。寧ろ逆で、綺麗な白い肌をしている、少し黄色な気もするが。

 

(顔付き…………も分からないわ)

 

 定助の顔付きは端整だが、少し彫りが薄い。それに鼻が低く、黒髪かつ穏やかな性格…………顔付きで住んでいる地域が分かると言うが、とても何処に合致しない特徴的な顔付きをしている。

 ハッキリ言って、謎だけの存在である。

 

(生まれたのなら……繋がりはあるハズよね…………あいつにも家族がいる訳だし…………)

 

 彼について深く深く考えて行き、

 

 

 

 

「…………って」

 

 ……ここで彼女の思考は現実へ浮上した。

 

(なんであいつの事考えてんのよ、私!)

 

 深く定助の事を考えた事が恥ずかしくなるが、「ご主人として、使い魔の事を知るのは当然の務めよね!」と正当化しておく事にした。そう考えた割にはもう、考えていないのだが。

 

 

「失礼します。ケーキをお持ち致しました」

 

 背後から声がしたので、首を少し曲げると、美味しそうなケーキが皿の上に乗せられて迫っていた。黒い髪をしたメイドが、配膳をしている。ソバカスが特徴的か。

 

「こちらに置かせてよろしいでしょうか?」

「あぁ、お願い…………あら、ケーキが違うのね…………」

 

 自分の前に置かれたケーキを良く見れば、今日のデザートであるオレンジマーマレードケーキではなかった。白いクリームの上に、紫色の粒が乗っかっており、その上に赤紫のソースがかけられている。

 

「今回初めてお出し致しました、『ブルーベリーケーキ』です。昨日考案されて、先生方に好評でしたので実施させていただいております」

「へぇ……美味しそうね…………」

 

 明るい色のマーマレードケーキも良いが、あえて暗い色のブルーベリーを使ったケーキは、落ち着いた大人の雰囲気を出している。赤紫のブルーベリーソースが暗い紫にアクセントを与えているようで、それがまた煽るものがある。兎に角、マーマレードケーキかと思っていたので、良い意味で新鮮である。

 

「有り難う。シェフにも伝えておいて、『良い出来ね』って!」

「有り難う御座います! 空いたお皿の方、お下げ致しますね?」

「お願い」

 

 皿と使ったナイフとフォークとを持ったメイドが「失礼しました」と、後ろのワゴンに戻ったのを確認したと同時に、食べようかとした。

 

 

「…………ん?」

 …………のだが、なんと言う事だろう、ケーキ用のフォークがない。

 

「あ、ちょっと! フォークがないけど!」

 

 メイドを呼び止めようと、ルイズは急いで振り向いた。

 

 

 

 

「……………………」

「……………………」

「…………なにやってんのよあんた」

「…………お手伝い」

 

 ケーキの乗ったワゴンを押していたのは、自分が正体を考えていた定助であった。驚いたのは驚いたのだが、理解が追いつかなかったので幾分クールに問い掛けた。

 気付かれた定助は何故だろうか、気まずい表情をしている。

 

「…………フォーク、ないんだけど」

「…………シエスタちゃん、フォークらしいよ」

 

 ルイズから定助へ、定助からシエスタへ渡ったフォークの要望。聞き付けたシエスタが、大慌てでフォークをワゴンから取り出した。

 

「も、申し訳ありません! 忘れておりました!」

「あ、うん……ありがと」

 

 急いで差し出されたフォークを、普通の反応で手に取った。貴族を恐れているシエスタに対して、ワゴンを押す定助の存在が気になって仕方ないルイズ。さっきから流れるような意識の向かう先が奇妙でおかしくて失笑する定助だった。

 

「…………ねぇ、なんでジョースケがお手伝いしているの?」

「え? ジョースケさんですか?」

 

 そのやり取りを聞いた定助はギクリと肩を震わせた。シエスタがルイズの問いに対して、『昼食のー』とか言われたら一環の終わりである。

 

「それはですね…………」

「お、オレから手伝いを申し出たんだ!」

 

 シエスタが何か言う前に、定助が間に割り込んだ。

 

「えーっと、今日の朝、ちょっとお世話になったからね、お礼に……」

「なにしてたのよ」

「洗濯洗濯…………」 

「ふぅん…………」

 

 必死にルイズの問いに、答えて行く。うっかり昼食の事を言ってしまわないように注意を付けながら。

 

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

 

 ジィッと定助の目を見るルイズ。ここで逸らしたりしたらバレると思い、死に物狂いでルイズと目を会わす。この間の時間は五秒程度だが、体感時間は一分越えていたような気がする。

 

 

 

 

「…………そう、あんたって義理深いのね」

 

 心の中でガッツポーズをした。彼は勝った気がして、もうこの物語を終わらしても良いような幸福感に感動していた。

 

「まぁ、甘えてばかりいられないからなぁー」

「その生真面目さを私へ少し回して貰えたら良いんだけど」

「ごめん、気を付けるよ」

「精々、面倒事を起こさないようにね…………あぁ、呼び止めたわね、もういいわ。フォークありがと」

 

 ルイズと定助の掛け合いに言葉を入れる所を見失っていたシエスタだったが、ルイズから許しを貰えて「し、失礼しました!」と言った後に、定助にアイサインしてワゴンと一緒に離れて行った。

 等の定助もヒヤヒヤものだった。ルイズが昼食の話をしたらおしまいだった、彼はシエスタに『昼食抜き』の事を言っていないので、双方共に矛盾の生まれやすい状況だったからだ。

 

(ひぃー…………ご主人と遭遇とは、体にツララを突っ込まれた気分になった…………危ない危ない……)

 

 自分の寿命が短くなったような気分になりつつも、幸せそうにケーキを頬張るルイズを見て、ホッと息を吐いた。

 

 

「じょ、ジョースケさん、凄いですね…………」

 

「え? なに? オレェ?……オレ何かした?」

 

 シエスタの小声での質問で、ルイズにバレなかった事に喜んでいた定助は現実に引き戻された。自分の隣に並列するシエスタは、尊敬の眼差しであった。

 

「貴族と対等な話し方なんて、普通じゃ殺されても仕方ないですよ…………!?」

 

 本当は対等と言う訳ではないのだが、何度も『貴族にその話し方は止めろ』みたいな事はルイズから言われていた。貴族にため口利くとは、これはそんなに危険な事だったのか。

 

「そ、そうなのぉ?」

「当たり前じゃないですか……! え? も、もしかして、知らなかった……?」

「え? ま、まぁ、貴族と縁のない生活だったし……」

 

 重ねて言うが、彼は極力、自分の記憶喪失の事は隠すつもりだ。が、この言い訳は色々と無理があろう。

 

「えぇ……!? ど、どんな場所なんですか、ジョースケさんの故郷って……!」

「え、えーっと……す、凄い田舎?」

「凄い田舎……!? 貴族と縁がないなんて、どんな田舎なんですか……!?」

「あ、あ、次! 次のケーキ!」

 

 定助は何とか、仕事に意識を向けさせてはぐらかす。真面目なシエスタはアワアワと作業に移るのだった。

 

「後で、後で言う……今は仕事しよう…………」

「そ、そうですね……すいません…………」

 

 こうして追求を先伸ばしにしたのだが、こうなると言い訳を考えなくてはいけなくなったではないか。ここから定助は、考えながら仕事をするのかと、暗い気分になるのであった。




次回からちょっと、展開に頭ひねらなあきませんなぁ。頑張りまする

4/5→「お昼時に薔薇を掲げるな。その3」を「その2」に併合し、「その4」を「その3」と変更しました。

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