ゼロリオン ~何かを奪う使い魔~   作:ランタンポップス

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吹き飛ばされた先のゼロ。その1

 この場にいる人物は二人。

 

 一人は定助。彼は、(ほうき)を片手に、教室中に飛び散った木屑やら石片やらガラスやらを掃いていた。一ヶ所に集められたゴミ類はすっかり山のようになっている。

 

「…………ふぅ」

 

 疲れを追い出すように息を吐き出す。

 

「……いったぁ」

 

 何かぶつけでもしたか、腰やら脇腹を押さえながら顔を歪める。白い服が、少しボロボロだ。

 

「……………………」

 

 教室中を見渡してみる。

 

 

 それは入って来た時とは似ても似付かないほど、荒廃した教室だった。椅子は吹き飛び、黒板はひび割れて壁から外れ、窓ガラスは全て破壊、教卓は四散(しさん)している等々……何か暴動でも起きたかのような、凄まじい状況になっている。綺麗だった床も机も、傷か埃か何かで濁り、これはもう箒で掃いたってどうしようもならない。

 立派で荘厳なあの教室は、目も当てられないほだに凄惨な風景へと様変わりしている。

 

「……………………」

 

 もう一人の人物はルイズ。彼女に至っては、机の上に座っており、箒は持っているのだがぼんやりとしていた。清掃をやる気は全くないらしい。

 

「……………………」

「……………………」

「…………ご主人?」

「……………………なによ」

 

 拗ねたような口調。足をブラブラとさせながら、不機嫌そうに膨れている。

 

「その…………ここの清掃を命じられたのは、オレとご主人だから……手伝ってくれると有り難いんだけど…………」

「私の勝手よ…………ほら、そこ。そこちゃんと掃いてよ」

「もうそこは、幾ら掃いたって拭いたって無理だ……完全に傷()っているよ」

「…………そう、なら取り換えね」

 

 決闘者ならぶちギレているであろう、受け身の会話。どうやらこの教室の状態を作り出したのは、どちらか一方のようで、責任を取る形で清掃をしていると言った形だろうか。

 

 

 しかしやる気以前に、ルイズに元気がない。清掃を定助に殆ど任せっきりで、机に座ったまんま。

 

「……あぁ、ゴミを一旦集めたいから、袋取ってくれよ…………そう、足下のそれ…………」

 

 ルイズの真下に落ちてある、布製の袋を指差した。これの中にゴミを詰めて、指定の場所に持って行く訳だ。

 されど、ルイズはやっぱり怒る。

 

「はぁ? このくらい、自分で取りなさいよ!」

「いやぁ、近いから…………」

「自分で取りなさいってッ!!」

 

 ここまで久方(ひさかた)ぶりに聞いたような、ルイズの怒鳴り声。気が立っている状態なので、定助は頼み事するのを止めた。

 

 

「………はぁ、何で私がこんな事しなくちゃならないのよー…………水浴びたーい」

「……………………」

 

 定助(みずか)らが袋を取りに近寄る。ボコボコになった床を、歩き辛そうに進みながら、袋を手に取った。

 

「…………なぁ、ご主人……」

「…………なに?」

「……その、なんと言うか…………凄かったよ……うん」

「……止めないとぶっ飛ばすわよ…………触れないでよさっきの事に……」

 

 苛立ち気味に呟けば、またブツブツ言いながら終いに静かになった。

 

 

 

 

 こうなってしまったのには理由があるのだが、それを知るには時間を少し前に巻き戻さなくてはならない。場面は、ルイズが錬金を使う所まで遡る。

 

「……………………」

「さぁ、ミス・ヴァリエール。失敗を怖れず、やってみて下さい!」

 

 微笑ましい授業風景と、戦場のように緊迫した空気の、噛み合わない光景。この状態に挟み撃ちの形となった定助はただただ困惑の極みに達していただけ。

 

 

「…………えー……つぇ、てるぷすとーさん?」

「ツェルプストー。あぁ、言いにくいのならキュルケで良いわ」

 

 正直、ツェルプストーより言いやすいので、この許しは助かる。

 それにしても、傲慢でプライドの強い性格が多そうな、貴族の中でも彼女はやっぱり異質な存在だ。誰にでも分け隔てする事なく対話してくれる、取っ付きやすいタイプだ。

 ただ、定助の考えでは『サイベリアン』…………猫と似ていると思っている。なついているけど、依存しない。そんな感じがする故に、あまり馴れ馴れしくしない方が良いかもしれない。引っ掻かれそうだ。

 

「これから分かる、とは言っているけど、こんな厳戒態勢で怯える理由だけでも言ってくれないか?」

「…………やっぱ、気になるわよね?」

「今のオレたちの状況を見ても、ならない方がおかしい」

「それもそうね……ふふっ」

 

 机の下に隠れて隣同士に語らう二人、このみょうちきりんな状態であるから、自然と失笑してしまうだろう。

 

「何でこんなに怯える必要があるのか……答えは呆気ないほど簡単よ」

 

 彼女はそう言いながら、両手の人差し指を耳の中に突っ込むような仕草をした。どうやら、大きな音が出るらしい。

 

「簡単?」

「えぇ、とても単純。ただの失敗ならこんな事にならないわ」

「…………?」

 

 

 机から顔を少しだけ出して、ルイズの様子を見ている。定助も習って、隣から顔を出した。実践を行うルイズは杖を石にくっ付けたまま、緊張を解す為か、目を閉じて深呼吸をしていた。

 

「緊張している……オレはこのまま見守りたいけどなぁ」

「別にいいけど、何かあったら自己責任ね?」

「…………重い含ませ方だな」

「えぇ、重いですもの」

 

 

 キュルケの説明が入ると同時に、吸っては吐いてをゆっくり一回目。

 

「隠れているのは、『身を守る為』」

 

 

 二回目の深呼吸。

 

「怯えているのは、『とても危険な為』」

 

 

 三回目の深呼吸。ルイズは目を開いた。

 

 

 

 

「そして、忠告しているのは、何も知らないあなたに『痛い目に遭わせたくない為』」

「……………………」

 

 ここまでの説明で分かった事……いや、この状況を見て薄々気付いていた事だが、とてつもない事をルイズはしようとしているようなのだ。

 

「…………ヤバいのか?」

「かなり…………ね」

 

 震えるような、差し迫った重苦しい空気。それらがまとわり付くようにして、静寂(しじま)から服を掴んでくるような謎の危機感。全てを作り出している、この場の異様さを、理解に至らない定助であれど『感覚』として本能に察知出来たのは、キュルケの説明のお陰か感覚の目なのか。

 

 

 ルイズが、呪文の詠唱を始めた。

 

「…………『情報を与え(アンサス カー)……………………」

 

 何人か、顔を出していた生徒が、土竜叩きのように一斉に顔を引っ込めた。ルイズの詠唱は、シュヴルーズの時と違い、一言一言確かめるように、大きくハッキリと言っている。

 この状況、隠れていないのは、ルイズの後ろでにこやかに微笑むシュヴルーズと、

 

 

「…………ご主人様への忠誠心が強いのね」

「……………………」

「……………………あたしは言ったわよ?『自己責任』って」

「……大丈夫、誰も怨まない。オレが勝手にしている」

 

…………定助だった。定助は床から立ち、ルイズの魔法を真っ正面からお手並み拝見と言った感じだ。しかし、定助が立ち上がっている事は、集中しているルイズには気付かれていないのだが。

 

「『無知』って、恐ろしいわ。何だって出来る」

「キミは含ませてばかりだ」

「あら? でも気付いているんでしょ? 危険だって」

「……………………」

 

 キュルケは、直接的に『何が危険か』を教えてくれない。でも、普通は『何も知らないから』こそ『危険』を察知すれば、人は本能的に警戒するものだ。彼女の含ませ方は、十分な材料のハズ。実際、定助の本能は警笛を鳴らしている。

 しかし定助は、敢えて立つ事にしたのだった。その『危険』を、自分の目で刮目したい。

 

「まさか、それすらも記憶にないとか?」

 

 キュルケの問いに、定助は自分へ語るように、答えるのだった。

 

「この、何も知らない世界で、今の自分に信じられるものは『経験』だと思っているよ」

「……………………そう。ふふふ、応援するわ」

 

 

 ルイズの呪文が、最終段階へ移る。

 

停止して守れ(イーサ エワーズ)…………」

 

 呼吸を目一杯吸い込む彼女を見て、限界を悟ったキュルケは、頭を机の下に引っ込めた。

 そして定助には強い使命感がある。『主人の魔法を見る』と言う使命がある。

 

「…………じゃあ、ルイズの『危険』を教えてあげるわ」

「え? それは?」

 

 呪文は、最後の行へと来た時、キュルケは秘密を開封した。

 

 

変化、変性せよ(ベルカナー べオーク)

「それはね……」

 

 ルイズの目が、キッと引き締まった。呪文のラストワードが言われる。

 

 

 キュルケが合わせて、ゆっくり呟いた。

 

「…………『爆発』よ」

土よ(ジエーラ)』ッ!!」

 

 定助の反応を待たず、ルイズが『錬金』した石が、シュヴルーズの倍の閃光を放った。

 

 

 

 

 次に聞こえたのは、爆音だった。

 

「なぁッ!?」

 

 定助の驚く声は掻き消された。音だけじゃない、風も威力も、全てが定助に真っ向から直撃する。

 強烈な爆風が、定助の体を後方へと持ち上げて…………全てが吹っ飛んだ。

 

 

 

 黒煙が腕を広げるように伸びて、包まれたルイズがどうなったのかが見えなくなった。安否確認をしたいが、今の自分は前から襲い来る圧力とエネルギーによって、体を重力から離した空間の中を漂うだけである。

 

 

 

 

「……………………」

 

 音が聞こえなくなり、時がゆっくり動いているように感じる、感覚が暴走でもしているのか。そのゆっくりと進む時の中で、破壊された物の破片や椅子が並列して飛んでいるのが確認出来た。

 

 

 しかし、定助よりも倍のスピードで物は飛んで行く。掠める物もあれば、直撃して行く軌道に乗った物もある。このまま行けば、肉に食い込み、大怪我をするのだろう。

 

 特に眼前に、ゆっくりゆっくりと迫ってくる「石の破片」。それは鋭利な先端をこちらに向けて、定助の顔へ顔へ、真っ直ぐに真っ直ぐに、どんどんと、どんどんと…………

 

 定助の本能は、防御態勢を無意識的に構築させたのだが、こんな物は気休めだと理性は気が付いている。重力、本能、理性……全てが全て、定助に突き刺さるように感じられたのだった。

 どうにも出来ないが為に危険だと察知し、目を、薄く閉じた。

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 しかし、彼は確かに見た。石の破片が、自分の手前で、有り得ない挙動でピタリと『停止』した。石の破片はスピードを止めて、離れて行く。

 

 これは一体なんなんだ。定助の目にはうっすらと見えた。

 

 

「……………………」

 

 腕、誰かの右腕。何処から伸びているのだろうか。その腕が、ガッシリと、手のひら全てを使って石の破片を掴んでいる、半透明な腕。

 

 

 腕が消えた、石の破片は、スピードを失って下へ落ちて行く。

 

 それを確認した瞬間、時間は我を取り戻したように速まった。

 

「ぐぇっ!?」

 

 机にぶつかったが、勢い止まらずもう一発後ろの机へ突っ込んだ。

 

「うぉあ!? 平民!?」

「うぐっ……!」

 

 太った生徒の隣へと落っこちた。この生徒はグランドプレと言う名前だった。傍にいる(ふくろう)が使い魔なのだろうか、怯えて机の下で畏縮している。

 

「おい! お前の主人の『ゼロ』はどうなってんだ!? 何であぁなんだよ!」

 

 ルイズへの怒りが、彼女の使い魔である定助へとぶつけられる。その怒りっぷりは、算数をなかなか覚えないチンピラにぶちギレるインテリギャングのようだ。

 

「いっつ…………今日は痛い目にあってばかりだ……………………」

「こっちを向けぇぇ!『クヴァーシル』が怯えてしまったじゃあないかぁぁぁ!!」

「オレに言うな」

 

 キッパリと言った後、恐る恐る机から顔を出す。腰やら体中がズキズキと痛むのだが、ルイズの安否を確認しなければ。グランドプレは、『クヴァーシル』と言う名の梟を慰めていた。

 

 

「大丈夫かぁ、ご主人!」

 

 黒煙はボソボソと晴れて行く。すぐにでも向かいたいのだが、痛む体が定助を(いばら)で縛るよう動かさない。

 

「うっぐぅ……! いてぇー…………」

 自分の居場所を確認すれば、最前列の席から五列分飛んだようだ。あの吹っ飛んだ感覚と言うのはまるで、瞬間移動のようだった。しかし、そんな勢いで体をぶつければ痛んで痛んで仕方がない。

 

 

 煙が晴れればボロボロの服で、煤だらけになった桃色髪の少女の姿が見えた。この事態の原因である、ルイズであった。見る限り無事なようだ。

 

「…………けほっ」

 

 軽い咳き込みが、静止の世界と変わった教室に一つ響いた。

 

 

「…………嘘だろ……」

 

 あれだけの衝撃で、座り込むだけとは、どんな防御態勢をしたのだろうか。定助は呆然とするばかり、信じられない。

 その彼女の近くで、ぐったり倒れるシュヴルーズがいたのだが、目を回して気絶しているだけだった所を見て一先ず安心だ。 

 

「………………えーっと……」

 

 荒れ果てた教室を見渡し、ルイズは何を言おうか迷っている様子だが、顔を出している生徒たちの怒りの目が集中している。何か言ったって何の意味もないとは思うのだが、ルイズはニッコリ笑いながら言うのだった。

 

 

「…………ちょーっと……失敗しちゃったみたい…………ね?」

 

 その言葉に、教室中の生徒たちがプッツンした。

 

「どぉぉぉぉッこが『ちょっと』だボゲッ!?」

「いい加減にしやがれ!? お前はお前はお前はぁぁぁ!!」

「オイオイオイオイオイオイ…………どうしてくれんだ?」

「あああ!! 俺の使い魔が食われたぁぁぁ!?」

「この便所に吐き捨てられたタンカスがぁぁぁ!!」

 

 一斉に批難がルイズに浴びせられる。わぁわぁ叫ぶ教室内では、誰が何を言っているのか分からないほどだ。もう貴族は紳士にとか何とかを無視して、口汚く罵っている者もいる。

 

 

「まぁ……ミス・シュヴルーズも失敗を怖れずにって、言っていたし…………」

 

 そのルイズの言葉でさえも、火に油注ぐ結果となった。更に批難は激しくなるのは、当たり前か。

 

「何が『失敗を怖れず』だお前ぇぇ!! てめぇ、今日まで『成功率ゼロ』だろうがぁ!?」

「どぉぉっやったらこーなんの!?『ゼロのルイズ』がぁ!」

「このっ、『魔法の才能ゼロのルイズ』!!」

「この『ゼロカス』がぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 批難が殺到する中、呆然としている定助の隣へ、キュルケがやって来た。そちらに視線を向けた時、彼女は乱れた髪を整えていた。

 

「大丈夫?」

「大丈夫……とは言えないかな? 体が痛いな…………」

「ほほほ…………頑丈ねぇ?」

 

 キュルケは軽く笑った。体の痛みは少しマシになったが、打撲にはなっているだろうか。

 

「ふふ、貴族の授業で発言と言い、ルイズの爆発を真っ向から受けると言い…………あなた、一味違うわね」

「…………まさか、『ゼロ』ってのは…………」

 

 定助には、キュルケの言いたい事も『ゼロのルイズ』の意味も分かっていた。

 

 

「だから言ったでしょ? 全部分かるって」

 

 察したようにキュルケは微笑みながら、何かを差し出した。定助の帽子である。

 

「……………………」

「『ゼロ』の意味は、あなたが身を以て知ったでしょ? あの子の使い魔であるなら、覚えていた方が良いわ」

 

 帽子を受け取り、頭に被り直す。そしてルイズの方へと、向き直った。

 自嘲気味に笑っていたのだが、スカートを握る手がフルフルと揺れている。本気で、悔しがっているのだろうか。

 

 

(………………あの腕は……)

 

 定助は右手を見た。あの状態の時に現れた、『半透明の右腕』。それは、今思い出してみれば間違いなく、自分の背後より伸びていた。自分の後ろに、誰かいた。

 

「……………………」

 

 振り返れば、ぶちギレる生徒と、ボロボロの机。もちろん、誰もいない。

 

 

 

 

 その後、騒ぎを聞き付けた他の教師たちがやって来て、シュヴルーズを医務室へ運んだ後、問題の発端であるルイズが掃除を命じられた。そして、『主人の失態は使い魔の失態』として、定助もとばっちりを食らう形で清掃に従事している。そして時間は、最初へと戻るのだ。




所で、スタンドの色……超像可動シリーズの綺麗な白金色にすべきか、良く見る金色にすべきか……迷うなぁぁ。

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