ゼロリオン ~何かを奪う使い魔~   作:ランタンポップス

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TABITHA BIZARRE ADVENTURE
Dragons dream in slumber.Prologue


『吸血鬼』。

 人となり、人に紛れ、人血を啜る夜の狩り人。

 性格は冷酷かつ残忍、更には狡猾で知恵の働く最悪の妖魔である。

 人間として人と共に生活し、信頼を勝ち得た上でその血を吸い尽くす、情無き悪魔。村人たちを助けて歩く強い青年だろうが、子供たちをあやす優しき少女だろうが、『吸血鬼』という存在であるのなら決して、人間に対しての情など毛頭も無い事をまず申しておこう。

 全ては上っ面の、仮初めの表情だ。決してこちらも、一切の慈愛の情を移してはならない。

 

 

 奴らにあるのはただ一つ、たった一つの思想。『馴染み込み、破滅させる』、ただそれだけだ。

 現に吸血鬼は血を吸うその瞬間まで、牙を隠している。つまりは、外見で人とそれとを見分ける術なぞは存在し得る訳がないのが通説である。まさに馴染み込み、内側に混じりて人々を蹂躙する極悪非道の生物だ。

 陽に弱い、蝙蝠に化ける、処女の血を好む…………真相か迷信か分からない吸血鬼像が多数存在するが、明確でないと言う事は、良く知られていない証拠でもある。だが、誰も吸血鬼の生態など詳細に分かる訳がない。

 何故、分かる訳がないと断言的なのか。

 

 

 

 

 理由は簡単だ、『気付いた頃には皆殺し』であるからだ。

 

 

「W.D.エイレンド著『吸血鬼に関した切言』より抜粋。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い暗い、森の中。そこにある村はひっそりと、まるで死んでしまっているような不気味な静けさに覆われていた。

 空からの月明かりがあるとは言え、街路は視認も難いほどに真っ暗闇である。家々は窓を固く閉じ、中には木の板を貼り付けて完全に塞いでしまっているような所もある。

 だが、ゴーストタウンではない。何処からか咽び泣く、女性の声が聞こえて来る。

 

「ぁ……あぁ……そんなぁ……!!」

 

 閉め切られた家の中、母親はベッドに横たわる我が娘を必死に揺すっていた。涙は止まらず、嗚咽混じりの泣き声は半狂乱じみた金切声に近い。

 

「起きとくれ……起きとくれよ、シャロン……!!」

 

 上半身を持ち上げ、我が子を胸の中に抱く。

 

 

 その体は既に冷たく、肌は栄養失調の者のようなドス黒い色に染まっており、皮膚は老人のように皺だらけで萎んでいた。見開かれた目は恐怖を写しており、痩けた頰には滴っていたであろう涙が跡となっていた。

 

「あ、ぁぁあ……あああああ……ッ!!」

 

 

 幼気な少女シャロンは、見るも無惨な姿で息絶えていた。

 

 

 

「ああああああああああーーッ!!!!」

 

 母親の狂ったような声が村中へ木霊し、暫くすれば聞き付けた村人が彼女の元にやって来る。そして、幼き子供の命を奪ったこの凄惨で悲しき事件に対して唇を噛み、泣き狂う母親の前で立ち竦む事しか出来なくなるのだ。

 夜はまだまだ続く。村は生き返るように起き出し、悲しみの涙に包まれるであろう。

 

 

 

 

『全く、ヒドいヤツだゼ! オレは中立ダケドよぉ、コレには黙っテいられネェ!……ッテなもんヨッ!』

 

 何処からか、場にそぐわぬ陽気な声が聞こえて来たが、誰の耳にも入らなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

『TABITHA BIZARRE ADVENTURE : EPISODE 1. Dragons dream in slumber』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは【トリステイン魔法学院】。貴族の子息及び、息女たちが一人前の魔法使いを目指し、日々勉学と訓練に励む巨大な学校である。

 中心の大きな塔から、それを取り囲む五つの塔を繋げさせ、丁度五角の形で形成されている。そして背景には美しき山々が連なり、春の花が一様に咲き乱れた平原の中心と言う素晴らしい立地にある所はやはり、貴族に相応しいと言える造りであると言えようか。

 

 

「まさかルイズったら、平民を召喚するなんて! あの子はやっぱり一味違うわねぇ」

 

 学生寮のとある一部屋、上機嫌に窓から空を見上げ、楽しげに話をする紅い髪をした少女が一人。

 褐色の肌にグラマラスなスタイルは、男の目を集中させてしまうほどにある種のフェロモンを撒き散らしているようだ。そうだと納得してしまうほどに、妖艶な雰囲気ははち切れないばかりに醸し出されている。

 言うのはその、露出の高い服装。それがまたフェロモン放出に拍車をかけ、大きな胸が惜しみなく晒されている服装を見てグラリと来ない男性はいやしないのではないか。

 

 

 彼女の名前は、『キュルケ』。本名は『キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー』。アウグスタとは『威厳者』を意味する言葉なのだが、威厳と言うよりかはフランクな感じのする、溌剌とした女性だ。

 

「比べてあたし達は良い使い魔に恵まれたわね。サラマンダーと、ウィンドドラゴン……なかなかお目にかかれるものじゃないわ」

「…………」

「ね、『タバサ』!」

 

 

 そんな少女が面白がった話を進めている彼女の後ろで、椅子の上で本を読んでいる蒼い髪の少女が一人。

 色白な肌とこじんまりとした体型に、仮面を貼り付けたような無表情の顔。何処となく『人形』を思わせるような、少し冷たい印象を与えてしまうのは可愛らしい顔とのギャップによるものだろうか。

 かけている眼鏡のレンズの向こうでは、活字をなぞる目が右から左へと流れて行く。彼女から伺える挙動と言うのはそれが精一杯で、それ以外はまるで時間を停止しているかのようにピタリと、止まっていた。

 

 

 キュルケが名を呼んだ通り、彼女の名前は『タバサ』。

 全てにおいてキュルケと対照的な少女であるのだが、どう言う訳なのか二人は親友なのだ。今いる部屋はタバサの部屋なのだが、この部屋に入れるだけでキュルケは特別である程に、気心知れた間柄との事。

 

 

 だが、端から見てみれば無口な彼女に対し、キュルケがペラペラと話題の上乗せをして行くような、普通なら舌打ち一つかまして良い程の一方的会話。

 言えど、話題の関心が使い魔であるキュルケと、本であるタバサとでは会話が釣り合う訳がなかろう。しかしそんなタバサをキュルケは好きであるし、偶に反応してくれる所も愛嬌があるとも思っている。

 対するタバサが何を考えているかは分からないものの、他とは一目置いたような態度を見れば、彼女もキュルケに好感を持っている証となるのだろうか……奇妙な親友関係である。

 

 

「それにぴったりじゃない? あたし達に」

「…………」

「情熱を讃える紅の炎、蒼き冷静な風……やっぱり使い魔はこうでないと!」

「……冷静……」

 

 キュルケの言う、タバサの使い魔に対するイメージに何か物申しかけたのだが、ポツリと、誰の耳にも聞こえない声量で呟くとそのまま読書へと戻った。

 

「でも、ルイズの使い魔……あの変わった服の平民。ちょっと良い男じゃない?」

「…………」

「鼻も高いし、色白で細いけど虚弱的じゃないし、唇もセクシーだったわぁ。あーあ、もう少しだけ近付いて見たら良かったか、も」

「…………」

「ねぇ、タバサはどう思った?」

「…………?」

 

 話を振られ、本から目を一旦離した。

 キュルケは相変わらず、窓から外を眺めている。召喚したての使い魔の動向を気にしているようでもあり、物思いに耽っているようでもあり。その様子を見てタバサは「またか」と察している、彼女の節操なき恋の病を知っているからであろうか。

 

 

 それは兎も角として、タバサは頭の中で『ルイズの使い魔』の顔を思い出した。

 

「どう思った……?」

「そうそう。彼に何か、シンパシーを感じたとか!」

「…………」

 

 シンパシーは感じなかったが、彼女は彼女なりでその『ルイズの使い魔』に思った事があるようだ。

 

 

「……空っぽ」

「え? 何て?」

 

 小声な上に、少し風が強まったのもあってかキュルケは、彼女の言葉をつい聞き逃してしまった。

 

 

 再度、タバサは口を開いたのだが、太陽の位置を確認した彼女は発するべき言葉を別に置換した。

 

 

 

 

「……そろそろお暇する」

「タバサ?」

「用事を思い出した」

「よ、用事? 何かあったの?」

「鍵は閉めて退室願う」

 

 

 それだけ言うと、振り返ったキュルケを通り過ぎて彼女は窓から飛び降りた。

 

「ちょ、ちょっと、タバサぁ!? 急過ぎるわよ!」

 

 止めようとするキュルケの声も虚しく、彼女は庭に止まらせていた自身の使い魔『ウィンドドラゴン』を空へ飛ばし、その背に跨って遥か大空へと消えて行ってしまった。

 

「……早速使いこなしているわね……流石のタバサちゃんって訳か……」

 

 太陽はやや西下がり、お出かけするにはちょっと遅いと思う時間帯だろうか。そんな時間に何処へ行くのかと気になるキュルケだが、彼女でさえもタバサの考えは完全に読めやしない。

 

「でもあのタバサが……デートかしら?」

 

 その予測を自ら「ないか」と苦笑いで否定する。キュルケは例外として、彼女が他者に興味を示す事はそれこそ、道端で二百エキュー金貨を拾うくらいの奇跡に近い。

 しかし三度の飯より読書が好きな彼女が出かける程だ、何か妙な気を感じるのだが触れないでおくのも、友情の一つとも言う。

 

 

「じゃ、あたしもフレイムと散歩でもしましょ」

 

 ない事を考えるのは、自分の性分に合わない。そう考え、彼女は部屋の出入り口へと歩き出したのだった。

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 ふと、タバサの座っていた椅子を見てみれば、先程彼女が読んでいた本が置かれていた。読破したので置いていったのだろうか。

 さてさて、どんな本を読んでいたのかと、気になる彼女はその椅子へ近付き、表紙に並ぶタイトルへ視線を落とした。

 

 

「……『吸血鬼に関した切言』? 妖魔学者の本ね」

 

 すると彼女はその本を手に取り、適当なページを開いて内容を読んでみる。

 

 

 

 

 吸血鬼について、ある事例を挙げてその特徴を教授しよう。

 前述の通り吸血鬼は、ハルケギニアに存在する数多の妖魔達を比較に挙げても、最も人間に姿形が酷似している妖魔と言えよう。

 匂い、目の色、顔立ち、立ち振る舞い、髪質、表情……通常時で吸血鬼のそれを見分ける事は、私であっても不可能だ。奴の本性は、『食事』の時のみ顕現せしめない。

 

 しかしそんな見た目であれど、恐るべき『先住魔法』を使用する。熟練のメイジでさえも、手を煩わせるだろう。

 

 

 その内の一つとして、特に悍ましく、注意せねばならないのが『屍鬼(グール)化吸血』である。

 吸血鬼は血を吸う際に、交換として上記の魔法を加えた、自身の『血』を混じらせる。

 この血を得た人間は、そこで『人間としての人生』は終焉し、『屍鬼』として吸血鬼に使役される存在として生き返るのだ。

 屍鬼と化した人間に人間としての思考はない、吸血鬼の手駒として動かされる『マリオネット』となる。つまりは『生きる屍』と言う事だ。これほど恐ろしき先住の魔法は他にあるのだろうか。

 だが、恐ろしいのは人間から屍鬼になる事ではなく、吸血鬼操る屍鬼の存在自体が恐ろしい。

 

 

 吸血鬼は一体だけ、屍鬼を自由に使役出来る。一体で手一杯なのか、二体以上の屍鬼を操った例は見ない。

 しかし、「たかが一体」と侮る事は戒するべきである。屍鬼は元が人間であるだけに、見分けは吸血鬼以上に困難である事を明示しておこう。

 最も、元の人間が知らぬ間に屍鬼となるのだから、見分ける見分けないの問題ではないのだが。誰が、隣人が屍鬼になったのかと思う物か。

 現に、その屍鬼によって住民は疑心暗鬼に陥り、互いを恨み、協調を忘れ、夜な夜な吸血鬼に根刮ぎ食われる事となる。吸血鬼が屍鬼を巧みに操り、街一つを壊滅させた事例も存在している程だ。

 

 

『屍鬼』と『吸血鬼』、二つの存在が我々の中へ紛れ込み、我々の寝首を狙っている。

 この恐るべき『狩り人(マン・イーター)』による不意打ちを対処出来るメイジは稀であろう。吸血鬼による事件が発生した場合、著者は早急な退去を勧める。

 正面衝突ならメイジにも分があるかも知れないが、それであれども強力な先住魔法の前に倒れた者は数知れず。並以下のメイジは挑む事を考えない方が身の為だ。

 この吸血鬼を倒す能力は、熟練された魔法と、細やかな動向一つを見抜く洞察力、僅かな証拠で吸血鬼を捉える推理力が必要となるだろう。知恵には知恵、力には力で対抗する臨機応変の思考を巡らす事が重要となろう。

 

 

 

 

 本書が読者ないし吸血鬼狩りを控えたメイジに対し、吸血鬼への深い注意喚起となる事を期待する。

 

 

 

 

「タバサ、こんなの読むのね」

 

 キュルケはぱたりと、本を閉じた。

 

 

 TO BE CONTINUED……




こちらゼロの使い魔外伝、『タバサの冒険』を元にした物語であります。
立ち位置としましては、『ゼロリオン』の番外編として読んで貰えると幸いです。

『タバサと吸血鬼』から入りますが、この話の原作での時系列はギーシュ戦後となっております。しかし今回は都合としまして、『タバサと翼竜人』を吹き飛ばした分時系列を前倒しにし、使い魔儀式後にしました。こちらはコミック版の方を遵守し、参考とさせて貰います。
また、タバサの冒険全編を書くつもりはなく、面白そうな話にジョジョを足して行く形となりますので、部数で言えば五部程度を予定しています。
原作ファンの方には納得行かない仕様とは思いますが、善処願います。

投稿頻度として、本編の方がある程度進んだなと判断したら書いて行く形を取ります。どうぞ、ご愛読下さりますよう宜しくどうも。

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