→と思ってたのですが付け加えました(7月15日)
第67話 新たな戦いの始まりの話
2月4日 昼
和泉 堺沖
堺の港の少し沖合いの大きな舟の甲板で、相良良晴と周防灘の村上武吉の代役としてやって来た彼の息子である村上元吉が握手していた。
しっかりと堺まで護衛してくれた村上水軍に感謝する彼と、船上でも出来そうな遊びなどを教えてくれた良晴に感謝する彼女は固い握手をしてから、良晴が1歩引くという形で別れる。
代わりに彼女の前にやって来たのが、播磨灘や大阪湾に大きな力を持つ淡路水軍の頭領の家に養子として入った
「交易を許可してくださり真にありがとうございます」
「安宅さんの方が年上なんやからそんな堅苦しい言葉やなくて大丈夫じゃ」
吉川元春に憧れる元吉は『水王上等』と昨日に書き換えた鉢巻きを垂らしながら、低姿勢の冬康に言葉を返す。
しかし、自他共に認めている産まれながらの優しさがある冬康は、苦笑いを浮かべるだけだ。
その後も同じような感じで進み、良晴と共に自分の舟に乗り換えた後も、水平線の彼方に見えなくなるまで村上水軍の全ての舟を見ていた。
「ご迷惑をかけました」
「俺も見送りたかったし大丈夫だよ」
そして、2人が堺の地に久しぶりに降り立った頃には、山口から安芸までの逃避行をしてきた公頼らに大衆が群がっていた。
それを見ながら伸びをした良晴にも、主に堺の商人を中心にして殺到してくる。
「良晴は疲れておるのじゃ! 話は後でじゃ!」
良晴の代わりに声を上げたのは、大好きな兄に抱えられご満悦な足利義昭。ゴスロリの服を着た彼女は知らずとも、兄が羽織る袴の紋様は誰でも知っているので、慌てて商人達は平伏する。
苦笑する良晴と義輝、どや顔の義昭、ペコペコしている冬康、死地を乗り越えての堺の空気を目一杯吸い込んだ公家達ら一行は、三好家が用意して守ってくれる宿で1泊する。
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2月4日 夜
和泉・南郡 岸和田城
奇しくも良晴が堺に帰りついたその時、堺が属す和泉国の事実上の国主である男が病床に伏せ始めた。
三好元長の3男として産まれ、讃岐の支配のために十河家に養子入りし、畿内進出後は細川家の衰退によって空白地帯になった和泉を統べる十河
鬼十河として恐れられた彼もすぐに死病だと直感出来たほど急激に進んだ病によって、発症したその日の夜には起き上がれないほどになっていた。
「一存殿……」
深く呼吸して、体に走る痛みを抑えようとする彼の耳に、聞き覚えのある声が聞こえた。
薄目を開けて、横を見ると褐色の肌の美女が、自分の布団の側に座ろうとしている所だった。
「……まさか……一族の……者ではなく……お主が……いの一番に……来るとはな」
ほんの少しだけ唇を上げた一存を心配そうに見下ろすのは、調略で乱世を生き抜いてきた事から彼に嫌われていた松永久秀だった。
彼女の戦への姿勢は嫌いな一存だが、兄の長慶の危機を救い、三好家の畿内での動きを導いてきた彼女には、感謝の念を抱いているので、無下にするというのは有り得ない事だ。
「重存……たちは?」
「冬康殿が讃岐に特急便を出して、今頃は港まであともう少しかと」
「ならば……時間は……無いな。……久秀なら……わかっておろう?」
「ええ。必ずや滅ぼしましょう」
「……最後まで……すまぬな…………母殿」
一存と久秀の密談は、一存の一族と冬康がやって来るまで続いた。
足下を海水で濡らした重存など子供達に遺言その他諸々を伝えた彼は、そこから昏睡状態に入る。
2月5日夜明け。
朝陽に顔をわずかにしかめた一存は、最後に「まぶしいのう」と言ってから大きく息を吐いた。
十河一存、急こしらえのかたびらに身を包みつつ岸和田城内で没す。
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2月5日 朝
和泉 堺
宮ヶ瀬 梅千代
妙に三好家がざわついている。
ご主人様と同じように起きて、宿から出たときにまず感じた事はそれでした。
ご主人様も同じ事を感じられたようで、寝ぼけ眼から険しい目付きになります。
「梅千代」
「調べてきます」
「よろしくな」
流石にご主人様に撫でられた時の暖かさがあるまでに戻ってこれませんでしたが、情報は
三好家の吉川元春と言える十河一存の急死、という一大事は表立って私達に伝えられる事は結局ありませんでしたが、ご主人様は三好家に便宜をはかりました。
「堺から京まで凱旋ぱ……行進をしたいから、三好家の兵とかを少なくしてくれないか?」
「は、はい!」
別口で事情をわかっているらしい義輝殿を筆頭にして、ゆっくりとした足取りで上洛した私達は、京でまた泊まります。
そして、6日になると混乱から大分落ち着いてきたようで、私達の迎えに三好家の次期総帥である三好義興殿が来てくれました。
公家3人の連名で一時的な措置を施されたご主人様は、その3人などと一緒に昇殿していきます。
「さがらよしはる、こたびのことたいぎであった。よくぞ、きゅうちをのりこえ、ここまでかえってきてくれた」
後で
『小田原号かっこ仮』で二条さんが書いた体験談を一気に読破したという姫巫女さんの質問に、ご主人様も答えていき、結局私達の下に帰ってきたのは
それが終われば、今度は義輝殿が仮の住まいと位置付けている二条城での宴です。
「良晴はずっとわらわを支えてくれたのじゃ!」
「ほう」
「…………」
そんな一幕もありましたが、和気
そして、その宴が私達がこの畿内でのんびり出来た最後の日でした。
六角義賢、1万5000の大軍で近江を西に進む。
畿内最大規模の戦乱の始まりを告げる戦いと、そしてそれとは別に日ノ本全土を巻き込む戦いの始まりでした。