相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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1ー1.5下

 京の南端の西寺跡に設けられた遊技場。

 そこは、狂言などの舞台スペースと蹴鞠などの競技スペースにわけられ、夕暮れが近付く中でどちらも賑わっていた。

 7人に増えた一行は、義昭や藤孝にも扇万里と名乗った姫巫女が得意という蹴鞠をすることにして、遊技場を纏める事務所で鞠を借りる。

 

「わたしはけまりはとくいゆえひとりでもいい」

 

 前に同年代っぽい4人が円を作り、その後ろを良晴らが囲ってサポートするという事になったが、そうなると1人足りない。

 姫巫女はそう言っていたが、唯一その正体を知っている良晴にとっては気が気でならないので、与一に偶然を装った風に風魔を連れてこさせ、自分は義教の後ろから姫巫女の後ろに移る。

 

「では始め!」

 

 蹴鞠とは、基本的には蹴りあげる基準の高さに揃えられ四隅に配された木の中で蹴りあうもので、その他に細かいルールがあるが、町人達は『いかにずっと蹴り続けるか』だけを目的として、それは8人も一緒だった。

 義昭がよく落としかけるが藤孝がすぐさまそれをサポートし、義尊と義教は最初は戸惑っていたが武家の子供だからかすぐに慣れ、姫巫女は元々蹴鞠が得意なので難なくこなしていく。

 その4人が全員慣れてきたら、サポート役の後ろ4人は必然的にやることが無くなり見守る事に徹しようとするが、それを破ったのは姫巫女だった。

 

「さがら」

「ん、おっ! ほっ」

 

 急に姫巫女に真後ろに蹴られた鞠は綺麗な弾道を描き、4ヶ月で何かと運動神経が研ぎ澄まされている良晴が慌ててそれをリフティングをして、そのまま真ん前に蹴りあげる。

 大きな弧を描いた鞠は、義昭の小さな体を飛び越え、後ろに控えていた藤孝まで飛び、彼女も右隣の与一へ蹴る。

 

「はちにんでまわそう」

 

 姫巫女がそう宣言した事で流れも決まり、順番は時々変わりつつも8回に1回は回ってくる感じになる。

 

「あっ!」

「くっ!」

『ああっ!』

 

 結局、約240回に及び野次馬を群がる事になった蹴鞠が終わったのは、義昭に飛んできていた鞠が突風に流されたからであり、与一が滑り込むもその僅か先に落ちる。

 一瞬の静けさの後、最初はパラパラと、次第に大きくなっていったギャラリーからの拍手喝采があり、8人は揃って笑みを浮かべる。

 

「楽しかったのじゃ!」

 

 義尊、義教、義昭、藤孝は義輝が内向きで行う歓待パーティーに参加するため馬で帰り、残された4人が牛車で帰路につく。

 

「どうだった、万里ちゃん」

「たのしかったのじゃ。あそぶ、ということがこれほどこころおどらせ、むねをたかなるものだとはよそうできなかった」

「そっか」

 

 良晴と姫巫女は車上で他愛もない話をして、相変わらず巫女装束の少女が誰なのかわからない風魔2人は、主の話を聞くことに徹する。

 元のところで降りた姫巫女はそこで別れようとするが、良晴が夕焼けも暗くなってきた中で許すわけもなく、玄関? まで送ることにする。

 しかし。

 

「姫巫女様!」

 

 それより前に、書き置きの時間を過ぎても帰ってこない主を探していたベテランに見つかる。

 

「すこしおそくなった。このものたちとあそんでいた」

「北条家家臣の相良鎌倉郡司良晴と、私の家臣2人です」

「相良様でしたか!」

「……有名、なのですか?」

「もちろんです! 門前の話、京の町で知らぬ者はおりません!」

 

 写真とか無い時代で良かったぜ、と内心思いつつも、良晴はその女中からベタ誉めされ照れる。

 

木菟(ずく)引きが木菟になっとるの」

 

 その女中の後ろにヌッと現れたのは、町中で見かけた貴族たちよりもしっかりとした服を着る中年の女性で、その一挙一動に品格があった。

 

「ははうえ!」

『……えっ!?』

 

 女性を母上と呼んだのは姫巫女。ということは……。

 

「上皇様!」

 

 先代の姫巫女、となる。

 

「下げなくても良い。お主が相良良晴だな?」

「は、はい!」

「ふむ。……そのような経緯からか」

「ははうえ。みたのでございますか?」

「勿論。何と不可思議な人生を、とな」

 

 当代と先代の姫巫女同士の話に割り込むわけにもいかず、2人だけがわかる話を聞いていたが、少しすると先代姫巫女が何かを思い出したような表情になった。

 

「自己紹介がまだであったな。それに、本当に知らぬまま義教達を助けたようだしな」

「?」

「予は先代の姫巫女で、(いみな)方仁(みちひと)と言う。()()()()()()()、正親町天皇と呼ばれた者だ。この娘は、当代の姫巫女で、諱は……わかるの?」

「……誠仁(さねひと)親王、でございますね?」

「左様」

 

 宮中しか知らない事を言い当てたのに一番驚き興味を持ったのは、良晴の右手を自分の小さな両手で握り始めた姫巫女だった。

 

「予の夫は、この世界では入宮すると女という扱いになるから万里小路房子という名前になる。大内義隆の正妻の兄じゃ。そして、愛娘の許嫁は勧修寺晴子という者で、こやつの祖父が尹豊じゃ」

「……そういえば、越後守護の上杉家は勧修寺家出身でしたね」

「万里小路家も勧修寺家の分家で、房子の祖先にあたる者が勧修寺家からの養子であるしな」

「もともとあるという訳ですか」

「その通り。あの()()を自分の家族にすれば、京がより近くになるぞ?」

「あの2人は、自分で決めた人生を歩ませます」

「即答、か」

 

 男っぽい雰囲気が漂う先代と良晴が話している間、ずっと良晴の右手を握っていた当代は、ようやく手を離して見上げる。

 

()()()()いるのではなく()な《・》()()()おるのか」

「……正解」

 

 屈んだ良晴は、自分の口元に解放された右手の人差し指を当てて「言わないように頼むぜ?」と言う。

 真剣な表情で頷いた当代の姫巫女は、サッと良晴の肩などに触れて「てがみのときはさねひとで」と言ってから、母親の下に戻る。

 

「後、愛娘は触れた相手の傷を治し、触れた相手の記憶を覗ける。予は治癒が無くなった代わりに、触れなくても見れるようになるという物だ」

 

 そう言い残して、先代の姫巫女はボロボロの壁よりかはましな門の向こうに去っていき、それを当代の姫巫女と女中が良晴に挨拶をしてからついていく。

 そして、共に半公認の良晴と姫巫女の間の文通が始まったのは次の戦が終わってからだったそうな。


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