相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

87 / 256
第60話 第二次吉田郡山城の戦いpart 2

6日目 朝

吉田郡山城の本丸へ続く北からの道

相良 良晴

 

「自分と隆景の2人が養子に入っとるちゅうのは知っとるよな?」

「ああ」

 

 馬で行ける所までは馬で、行き止まりからは走って上がっていく途中、真横の元春がぽつりと聞いてきた。

 

「じゃあその養子入りの時に色々あったのは?」

「……知らねえな」

 

 養子が関わる家督継承がなにかしらの戦乱の火種になるのはわかるが、毛利両川もそうだったのか。

 

「自分の養父は吉川興経っちゅう猛将じゃった。戦略眼や政治力に乏しく、当主としての器量には欠けておったし、その時々の情勢で尼子と大内を渡り歩くいけすかん奴じゃ。……よ、良晴は月山富田城の事は聞いとるか?」

「元就さんから聞いたぜ。確か『攻めている最中に、大内家に鞍替えしていた輩が再び尼子に戻ってこちらを攻めてきた』んだよな?」

「そうじゃ。そして、その中に興経の野郎がいた」

「……その裏切りで、毛利は窮地に陥ったんだよな?」

「渡辺(かよう)がたった7騎で身代わりになるほどにな」

 

 その裏切り行為に、毛利家や大内家だけではなく、吉川家内でも不満が高まった。そして、吉川家の家臣団は興経の叔母である妙玖(みょうきゅう)さんが元就さんの正室だった縁で、その妙玖さんの子供の1人である吉川さんを迎え入れる。

 興経さんは妻子ともども幽閉され、終いには隠居させられた館で熊谷さんの奇襲で討たれる。

 

「それに比べたら、隆景が入った小早川家はよりひどいものじゃ」

 

 藤原家の末裔として安芸北部から石見南部にかけて勢力を持っていた吉川家に対して、小早川家は桓武平氏の末裔として相模の今の小田原からやって来て安芸の南東部と海に勢力を持っていた。

 その小早川家が2つに別れてて、片方の家の当主が子供を残さずに亡くなったから、元春さんより先に隆景さんはその家の養子となった。

 対するもう片方の家は、月山富田城の戦いの退却中に当主が討たれてしまい、幼少の繁平が当主になったが、幼少で病弱なため頼りないとして義隆さんと元就さんが介入する。

 

「繁平が尼子氏と内通した、と言って城から追放させ、隆景の義妹に繁平の妹を入れて、無理矢理に統一させた」

 

 そんな経緯を辿った両家。

 だから、毛利両川という本流から除外させられた支流の者達に恨みつらみがあるのは当然だ。

 

「今まで何もなかったから油断しとった」

 

 丁度、目の前に敵がいなくなったから、前でブンブン振るっていた元春さんが、俺を抱き締めるように腕を回してきたので、震えるその手に俺の手を乗せる。

 

「けれど2人はなすがままだったんだろ? 家督を継いだ時には、まだ子供だったし、自分を責めるのは筋違いだよ」

「けど、その結果がこれじゃ。吉川家は自分のもの、と勝手に勘違いしとったツケが来たんじゃ」

「だったら、未来だけを向いたら良い。そのツケの弊害? を排して、自分が考えるように、けれど色々と残さないように後片付けをして、隆元を支えれば良いよ」

「……ずるいの」

 

 ?

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

6日目 朝

吉田郡山城南側 尾崎館

 

 毛利隆元の正室かつ長門守護代で未だ去就をはっきりしない内藤興盛の娘であり、更に輿入れの時に大内義隆が養父となり、そして隆元との間に輝元を産んだ尾崎局。

 決して威張らず夫を(さげす)んでいた自分や姉者に優しく接してくれていた彼女と、文化人として育てられている甥の三代目を守るために、隆景は館の前で陣取る。

 対するは、隆景達がいた本丸を急襲して落とし、彼女達を追いかけつつ二ノ丸や三ノ丸も落とした小早川・吉川の亡霊の者達。

 

「降伏すれば、首は取らぬぞ!」

 

 醜悪な笑みを浮かべるのは、その連合軍の総大将であり、城内での決起を起こした主犯格である小早川繁平。

 元就に盲目になったとされ、無理矢理寺に入れられていた彼は、今回の陶からの誘いにすぐさま飛び付き、そしてそれをほぼ成功させている現状に、気持ちは天にも届かん勢いである。

 

「…………」

 

 一方、殺された吉川興経の遺児である千法師は寡黙だ。

 父親が殺された時、乳母に連れられて山に落ち延び、家臣の息子を身代わりにして生き残った彼は、繁平と同じく僧侶になっていたが、彼自体はこの参加に消極的だった。

 だが、彼の家督継承を支持していた田坂全慶の遺児達が願い出てきたため仕方なく参戦したという具合なので、感情も大して動いていない。

 

「降伏はしない!」

「ならば死ぬのみ! 全軍掛かれー!!」

「おおー!!」

 

 半数以上を城内からうってでるために下に移させていたのが(あだ)になった隆景は、突撃してくる敵を目の前にして、どうか姉者のような力をわけてくれと願う。

 そのか細い少女の勇気を見た周りの者達も、勇気付けられ、敵に立ち向かう。

 しかし、数の差は埋められず徐々に追い詰められ、双方がそれぞれの結果を覚悟した。

 

「隆景ー!!」

 

 だが、繁平と千法師の後ろから元春の声が響き渡る。

 本丸などの奪還よりもそこを突き抜ける事を最優先にした吉川隊が、最後の戦場に間に合ったのだ。

 

「繁平殿。あの者は拙者が相手いたす」

「うむ!」

 

 名を聞けば勇気の無いものは敗走する声に動いたのが、寺で鍛えてきた千法師だった。

 僅かな供回りを引き連れ、坂を()()()()()駆け下りてくる元春に彼は対峙し、只者ではないと察した元春の足を止まる。

 

「俺は吉川家の正統な後継者である吉川千法師だ! 余所者よ! 吉川を本当に継ぎたくば俺と一騎討ちしろ!」

()()元春、受けてやろう!」

 

 同じ年代の2人が互いに本気を出してせめぎあうのを横目に見た繁平も動き、自分も坂を駆け下りる。

 

「隆景ー!!」

 

 乱戦の中に聞こえてきた姉とは違うその大声に、隆景の動きが止まり、繁平の方に向くのが一瞬遅れる。

 復讐に燃える繁平がそれを見逃すはずもなく、乱戦の隙間を神がかりながらすり抜け、そして彼女の目の前に達する。

 

「覚悟!!」

 

 繁平の一撃は隆景にーー届かなかった。

 隆景の頭の上に太く固い木の棒が現れ、彼の渾身の一撃を防いだのだ。

 

「何者だ!」

「北条家家臣の相良良晴だ! 隆景さんの代わりにーー」

「私がやる」

 

 自分の真上にいる東からの男の声を隆景が止める。

 その男に任すのではなく、自分でやるのが一番であると、隆景の頭より気持ちが訴えてきたからだ。

 自分を見上げてきた隆景の瞳を見た良晴も、一瞬だけ迷ってからうなずき、押し込む力が緩んだ槍を引く。

 

「小早川繁平、この()()隆景の一騎討ちを受けよ」

「勿論っ! 俺を倒せば小早川家はお前の物だ!」

 

 毛利元春と吉川千法師。

 毛利隆景と小早川繁平。

 その両者の一騎討ちの裏で、1つの即席の陰謀が(うごめ)く。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。