相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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05 河越にて

 あの夜の千代達の夜襲は凄まじかったよ。

 突撃する全員を身軽にさせて、武芸は(たしな)む程度で刀を振るう事はあまり無かった千代も、最前線で突入していったもの。

 敵軍は上杉朝定が陣中で急死していて大混乱な所に攻められたものだから、あっという間に崩れたけど、城から出てきた私達も驚くほど追い立てていたわ。

 

「……千代?」

 

 夕方になってようやく全軍への撤退の法螺貝が吹かれて、河越城に帰ってきたけど、幻庵様に連れてこられた縁側に座っていた千代は、勝者っていうよりも敗者の方が似合う雰囲気だったな。

 幻庵様もなんの説明もなくどこかに去っていて、けれど自分に千代を任されたっていうのはわかったから、彼女の横に座った。

 千代が何かを呟いたのは、彼女が(うつ)ろな瞳で見ていた夕陽が、城を囲う木の柵の向こうに消えていったあたりだった。

 

「父上が……」

 

 初めて聞く絞り出すような千代の声を聞いて、気配を消してない小太郎殿の思い詰めた顔も見てたから全てわかったよ。

 だから、無言で彼女の前に立ってから、思いっきり抱き締めてあげたんだ。

 

「千代が『相模の虎』と呼ばれるようになった、上杉朝定の暗殺。それは本当の事だから、あえて反論もせず、むしろそれを広めていったんだ。

 私は、千代の『武』になって『戈』を『止』める。そうなろうと決めて、毎日八幡大菩薩様にお祈りしてから刀を振るっている。

 ……良晴。未来じゃあ、千代はなんて呼ばれているの?」

「虎と獅子の両方があるけど、内政が上手かった事とかあったし、領土を更に広げた事から、尊ばれる『獅子』の方で呼ばれるのが多いぞ。

 綱成も北条家を支えた名将として知られてるしな」

「私なんて、武にしか取り柄のないだけだよ。恵探様と千代のために動いてるから、自分に確固たる目的なんて無いし」

 

 そう言って苦笑いを浮かべる綱成の頭を、良晴は優しく手のひらで叩く。

 

「人のために動くっていうのも凄いんだぞ? だから、君の後ろ姿を見て玉縄衆のみんなもついてきていると思うけどな、俺は」

「…………良晴は、良晴は千代を支えてくれる?」

「ああ、支えてやるよ。それに綱成もな」

「……ずるいよ、もうっ」

 

 しばらく他愛もない話をしていた2人だが、今で言う午後10時を告げる鐘が鳴ったので部屋を出て途中で別れる。

 そして、良晴はそのまま自室には帰らず、ある部屋の前で立ち止まる。

 

「相良良晴です」

「……入って良いぞ」

 

 開けた襖の先には、この部屋の主である間宮豊前守康俊が正座で待っていた。

 

「お……私は視線に敏感なので気付きますよ?」

「…………話が終わってすぐに帰ろうとしなかったのは、私を気遣って、か?」

「ええ。愛娘に涙なんて見られたくないでしょ?」

 

 史実では氏康や綱成と同年代であるが、この世界では中年の武将になっている康俊は、蝋燭の灯りに照らされる赤い目を細め、笑みを浮かべる。

 綱成が良晴だけを引き止めた事から密かに襖の外で聞き耳をたてていたが、まさかあの河越の後の彼女の事を聞くとは思いもよらなかった彼は、少し黒ずんでいる畳を見つめてから、国府台での戦を経て更に雰囲気が増した良晴を見る。

 

「お主は確か敬語が苦手であったな?」

「ええ、まあ」

「私相手でも敬語なしでも良い、というのは対価になるか?」

「……別に対価を求めてたわけでもないんですけどね」

 

 少年と中年の会話は、年越しの少し前まで続いた。




これにて終結です。

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