相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

75 / 256
第48話 峠→城の話

2日目 昼前

周防・木戸峠

 

「そうか。親父どのが来てくれるか」

「はっ。先遣隊として飛騨守(国司元相)殿が出ました」

「助六が」

 

 父親の忍から実家の動きを知った隆元は、少しほつれた布の上に置いていた暑いお茶を唇が青い彼に渡してから、隣の良晴を見ようとしてーーいない事に気付く。

 パラパラとだが、峠道に再び雪も降ってきている中、良晴は峠の頂上にある茶屋の人と一緒に主に公家とその関連の人に、囲炉裏の傍において暖めておいた手拭いを配っていた。

 3枚を除いて配り終わり、少しふらつきながらも元の席に座り、2人に手拭いを渡す。

 

「元就さんが味方に、か」

「ああ。隆景も従うはずだし、借銭は村上水軍に渡し終えた所だろう。後はどうにか吉田郡山まで帰るだけだ」

「それまでの難関が……」

「ここと三本松城の間の渡川城、周防の山代地域の2つだな」

「いや、挙兵した中に益田がいただろ? そこと山口の間に」

「三本松城がある、な」

 

 最初の難関が、陶晴賢に同調している大内家家臣である野上隠岐守房忠がいる渡川城である。

 だが、そこに関しては、隆元が三本松城の吉見大蔵太輔正頼と連絡をとっていて、ある作戦を2人でたてた。

 

「ふむふむ」

 

 そして、尹房(ただふさ)を筆頭に公家衆に確認を取ってみると、まだ暖かい手拭いで両手を包んでいる彼らはうなずき、1つの事を提案する。

 まさかの提案に、2人が驚き、次いで笑顔で頷き、役割分担の修正をしていると、峠の両方から集団がのぼってきた。

 

「大蔵大輔様の家臣の安氏(あんのうじ)下総守(とし)でございます」

「吉見様に贔屓にしてもらっております魚屋商人の伊勢原雅仁(まさひと)でございます」

「毛利右馬頭元就が嫡男、毛利備中守隆元だ」

「北条相模守氏康様が家臣、相良鎌倉郡司良晴だ」

 

 三本松の方から渡川城の者達に見つからないようにやって来た安氏と、堂々と騒がしい山口から避難してきた伊勢原。

 どちらも働き盛りの2人に、山口を出る前から話していた作戦の修正を言うと、どちらも驚きと喜色が入り交じった表情を浮かべた。

 よりやりやすくなった作戦の確認をとってから、伊勢原ら商人の集団が休憩を終えても怪しくならない時間帯ぐらいの時にそそくさと茶屋出る。

 

「そこの者達、待てい」

 

 峠を降りて少しした所で、やはり道を塞ぐ急造の関所にいた甲冑の武士に呼び止められる。

 さっきまでいた木戸峠と津和野との境にある 峠の間の盆地を北東から南西に流れ、今は強くなってきた雪で清流が見えない阿武川に程近い所に構えた関所から出てきた2人の武士達は、今までと比べたら一番多い集団の先頭に近付く。

 頭領である伊勢原の前に止まった武士は、平伏していた彼が上げた顔を見て、笑みを浮かべた。

 

「通って良いぞ」

「殿?」

「こやつは吉見の商人よ。誠実な奴だ」

「しかし……」

「なにより、公家が商人に成り下がるわけ無いであろう?」

「はあ……」

 

 若い者は納得していない様子だが、渋々引き下がり、長い商人の列を見送る。

 そして、その列の最後尾の者が後ろをさりげなく振り返り、荷台を2回叩くと張り詰めていた空気が、ようやく弛緩した。

 

「若者は素質あるの」

 

 津和野の手前の野坂峠。その頂上で一息をついていると、白い膜で見えない阿東の地を見下ろしながら、尹房はぽつりと呟く。

 その隣に立ち、関所を通るときは杖をつかずに歩いていた良晴も、阿東の先に思いを馳せながらうなずく。

 

兵部卿(大内義隆)が心配かの?」

「ああ。仙崎まで誘き寄せ、海路で脱出するって言ってたけど、この季節は荒れてない方が珍しいらしいから、ちゃんと脱出できるかな」 

「ふむ。伊勢原が言うには、明日か明後日には嵐が来るらしいからの。その中を出ようとするほど馬鹿ではないと思うが……」

「だよな」

 

 良晴が小さく溜め息をつきながら振り向くと、義尊が寒さに震える異母弟の義教(亀鶴丸)を抱き寄せ、周りの商人の子供達も呼んでおしくらまんじゅうをしている所だった。

 梅千代も無理矢理加えられているのを見て苦笑いを浮かべた良晴は、着物を着直している隆元の所に向かい、出発することを告げる。

 

「よし、みんな! 後一息だ!」

「おう!」

 

 子供達や公家は荷台に載せ、それぞれでおしくらまんじゅうをさせ、更に使わない布などで暖をとらせつつ、何十もの人と荷車は、峠の坂道を慎重に降りていき、夕暮れの直前にようやく津和野の前の関所に着く。

 安氏が先頭に来て、その関所のトップに事情を説明し、そのままガチガチになった彼の後ろをついていく。

 

「初めまして、隆元殿」

 

 わざわざ城門の前で待っていてくれたのは、代々この石見・津和野を統べる吉見家の現当主である吉見大蔵大輔正頼だった。

 大内義興の娘、つまり義隆の姉の大宮姫を嫁に持っている正頼は、その縁や応仁の乱の頃から陶家とはライバル関係にあった事から、隆元からの接触に応じたのである。

 そして、摂政を含めた公家が山口から落ち延びてきたとあれば、大騒ぎどころではなくなるので、正頼が人払いをした所まではあくまで隆元が主賓となる。

 

『叔母上!』

 

 2人の子供が、1つの部屋の中にいた女性を見て、一緒に駆け寄り、そのままダイブする。

 微笑ましい光景を見て自分の愛娘の事を思い出していた隆元だが、事は時を争うので気を引き締め直し、良晴や正頼と大人の話をするために彼らと別の部屋へ向かう。




次話から正午に戻させていただきます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。