相良武任が3度目の出奔をしたと聞いた時、義隆はただ無関心にうなずき、かつての仇敵の家の養子ながらも愛情を注ぎそれに答えてくれていた塩乙丸についてきた使節団を歓待して、能興行の準備も進めていた。
その途中、昼飯を食べる前に彼の許に急な茶会が義昭の名でもたらされ、義隆は少し考えた後にそれに応じた。
「将軍の妹君と茶会をしてくる」
わざわざ、使節団に直接そう言ってから、義隆は茶会をやる館の中の少し大きな部屋に行く。
「父上?」
外向き、それもお忍びをする時の服を乗せた義尊を連れて。
彼の純粋な疑問の視線にも、自分の侍従の怪訝な視線にも答えず、単調に部屋の前まで歩く。
「お待ちしておりました、兵部卿様」
確かに、茶人の利休は何時ものゴスロリの服でいた。
しかし、主であるはずの義昭の姿はなく、代わりに平伏している相良良晴と毛利隆元の2人がいた。
「まさか、そなたが気付くとはな」
異様な空気に戸惑う義尊と一緒に、2人の対面の座布団に座った義隆は、一方の少年に向けて感心するように言う。
「やっぱり気付いてたな」
無理な格好で平伏している良晴が頭を上げながら言い、主君にタメ口を言った彼を成敗しようと殺気が放たれるが、義隆がそれを止めた。
父親を睨み付ける良晴に義尊が動こうとするが、それも義隆が彼の頭をおさえて止める。
「気付いてたとも。これでも大内家の当主であるぞ? 自分の家の危うさぐらい気付かないのは暗君だ」
獰猛な、しかし敵意は無いそんな複雑な笑みを浮かべながら義隆が言い放つと、今度は平伏したままの隆元の体が動いた。
実家が尼子の大軍に襲われる直前まで元就に人質として義隆の所に出され、その山口で高い知識などを獲得できるほど成長した隆元は、良晴の予想通りの反応に、体が動くのを我慢できなかった。
「わかっていて巻き込ませるつもりですか?」
良晴が推測した義隆の考えの中で、
それは、二条尹房など山口に身を寄せてきた公家を大掛かりな
愛弟子の1人である隆元にそう暗に言われた義隆は、心底残念そうに溜め息をついた。
「隆元。公家が最も嫌う事はわかるか?」
「…………」
「“けがれ”だな」
ほぼ義隆かその家臣達から知識を学んできたので、公の場でしか公家と会ったことのわからない隆元はわからない。
しかし、京の御所の真ん前でその答えを聞いた良晴は、隆元が皺を寄せたのを見て答える。
「その通り。さすが
「いや、違うさ。姫巫女様が尹房殿下と話してた」
「……なっ!?」
近所の人や同僚が話してるのを見た、という程度の言い方に隆元は1拍遅れて驚き、義隆は尹房との会話を思い出して納得していた。
「姫巫女様と話したんだったな、良晴は」
「ああ。だから、不思議に思ったんだよ。大宮家を」
「くくっ。そなたが早くからいればの」
「過去に“もしも”は無いさ。わかってるだろ?」
「ああ」
大大名の当主と、1つの郡の主。
武家唯一の兵部卿と、無位の少年。
先生であり生涯の主と、会って2日だけの少年。
相反するはずの2人の会話を一番身近で聞いている隆元は、義隆の久しぶりに見る楽しそうな笑みを浮かべているのを見ながら固まっていた。
「義尊、少し外にいてくれるかい?」
「……わかりました、父上」
義隆の嫡子である義尊が部屋を出るのを見送り、2人に再び顔を向けた時の義隆の表情は何かを決めた物だった。
「さて。良晴。答え合わせをしようか」
「…………まず、不思議に思ったのは、なぜ長年にわたって子供が産まれなかった義隆さんが、貞子さんの侍女である『おさい』に手をつけた直後に、義尊ちゃんが産まれたか、だ」
隆元から簡単な義隆の話を聞いて、その話があった時にまず良晴の頭に思い浮かんだのは、子供に苦しんだ天下人だった。
彼は長浜城時代に儲けたと見られる最初の秀勝をのぞいて、子供は淀姫との間の2人にしか産まれなかったと言われるが、その
「義隆さんは『おさい』の主である万里小路家の貞子さんとは20年以上一緒にいたのに産まれず、京から落ち延びてきた公家の娘との間にはすぐに産まれた……。
更に、一見関係ないように見える相良武任の出奔。彼の最初の出奔は『おさい』が義尊を身籠った頃だ。そして、彼は武家だが元を辿れば藤原家。だから、尹治にとってはまだ許せる範囲だったんだろ?」
話の結末が見えてきた部屋の中の護衛達が、目を見開いたり、体を震わせているのが、3人とも見えているが気にも止めなかった。
「義尊が産まれた頃は、月山富田城の戦いで晴持が喪われ、義隆さんも意気消沈していた頃だ。大内家は代々男が継いできたから、内藤家の娘との間に
「彼女は大友家の様子を見て嫁がせようとしていたからの」
「その最中の男児だ。狂喜乱舞したんだろうが、そこに隆房さんが進言してきた」
「ああ。だから、半信半疑であの野郎に詰め寄った」
そして、義尊は俺の子じゃないとわかった。