相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第38話 博多での話

 博多という町は、中国や朝鮮と日ノ本の都との間の中継貿易などで古くから栄え、それ故に経済力が欲しい武士にとっては格好の町だった。

 元寇で焼き払われたり、人魚が流れ着いたりしながらも日本最古と言われる商人達による統治が行われていた博多には、室町時代が始まってから戦乱が多発したのである。

 九州に落ち延びた尊氏は菊池家などと多々良浜で争い、尊氏の北朝と菊池家などの南朝は九州全土で争い、その隙に私貿易でウハウハしていた大内義弘は金閣の義満に堺で討たれ、その堺と仲が良かった細川家と相変わらず博多に影響力があった大内家が中国の港で争った。

 その後は、その港での争いの時の大内家当主の義興の息子である義隆が、博多の支配を固いものにして、事件で中断されていた勘合貿易を再開させる。

 

「でっけえー!!」

 

 大きな収入源である勘合貿易の再開によって、再び博多の町は栄えていたが、それでも歓声をあげた良晴が乗るジャンク船なみの船が来ることは珍しく、船影が水平線に見える前から野次馬が出てきた。

 その日ノ本と明、更には朝鮮の人もいるという多国籍の野次馬の中に、一際目立つ格好をしている少女が、大人達の間を押し抜けて海岸の縁に辿り着いた。

 そして、今まさに港に接岸しようとしている大きな船を見て、目が輝いた。

 

「Fiquei surpreso que é que há aqueles que podem fazer este navio , no leste do país.」

 

 平戸から彼女を乗せて駆けつけてきたポルトガル商人が驚き、少女も「シム」と頷きながら船から目が離せないでいた。

 故郷ではなく堺で出来た唯一無二の親友が、あの船に乗ってやって来たのも、その日焼けした少女が目を離せない理由の大きな部分を占めるであろう。

 そして、商人や市民以外にも人は来ている。

 

「やはり大内家の下が博多にとって一番幸福よ」

 

 大内義隆の重臣の1人であり、義隆が守護に任じられた国の1つ・筑前の守護代である杉興運(おきかず)と。

 

「聞けば、茶人の少女の願いのために寄港したとの事。まさに義のお人よ、相良良晴という者は」

 

 義隆、というより大内家と代々にわたり博多を含む北九州を巡り争ってきた大友家の重臣・蒲池鑑盛(あきもり)

 

「関東にもこんな船を作れる家があるのね」

 

 そして、薩摩と大隅を領する島津義久の妹・歳久。

 そう言った九州の修羅達も、遠く関東の地から摂政や将軍の妹を乗せてきたジャンク船に関わろうとやって来ていた。

 だが、良晴は博多の町民全員がいるような人混みの前で、向こうの代表とまず挨拶しないといけない事に気付いて、今更ながら緊張し始めていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「よく博多に来られましたとよ。きつかやろ?」

 

 まずは、博多の商人の代表として神屋貞清。

 曾祖父が石見銀山の本格的な開発に関わった豪商であり、良晴を動かした人物として博多に広がった利休と茶会を開くことを決めた青年である。

 

「真鶴から堺、大洲を経て無事にこの博多の港に辿り着けた事は真にめでたい物である。郡司様には、宗像三神様が見守っておられたのであろう」

 

 次いで、大内家家臣の1人である黒川隆像(たかかた)

 元は宗像氏男と言い、宗像大社の第79代大宮司でもある。

 

「長旅ご苦労様でした。この博多で疲れを癒してください」

 

 大内家家臣で、筑前国の守護代である杉興運。

 義隆から摂待を急に命じられた者で、目には隈が出来ていた。

 

「初めまして。筑後の柳川城から来ました蒲池鑑盛でございます。我が蒲池家の同族がお世話になりました」

 

 蒲池家は元は小倉百人一首に出てくる歌人の1人・源(とおる)の末裔だったが、武久が多々良浜で尊氏に嫡男なく討死したときに残された彼の娘と筑後宇都宮家の久憲が結ばれ、その子供からは宇都宮家の家系になったという経緯がある。

 自分を裏切った主君を家ごと滅ぼした龍造寺隆信を2度にわたり保護した義将として知られる老体の彼は、しばらく若き良晴と話す。

 

「異様に長かったわね」

 

 大内家に用があって来たのに、なぜ大友家の家臣と長く話してたのかしら? と、何も考えていない良晴の事を推測しながら入ってきたのは、島津4姉妹の3女である歳久である。

 外交や調略などいわゆる裏方の仕事を担う、薩摩おごじょというより京風の女の子の感じが強い外見の彼女は、慣例にならって正座して挨拶しようとするがーー。

 

「かしこまった挨拶は良いよ。俺はそういうの苦手だし、そもそもこんな体勢だし」

 

 一言目を発する前に、真鶴からずっと同じことを言ってるので慣れた様子で良晴が止める。

 

「…………なら、何時ものように喋らせてもらうわ」

「しっかりした標準語なんだな。さっきまでの人らは、方言か訛があったけど」

「九州の修羅達は()が強いわよ。大友の奴等と話すときも時々向こうの方で混じってくるもの」

「大友家とは対立してるんだっけ?」

「…………蒲池がそう話してたの?」

「んっ? 日向を巡って争ってるんじゃなかったか?」

「ようやく薩摩を統一しかけているのにそんなのしないわよ」

「ああ」

 

 まだ木崎原の戦いより前なのかと1人で納得する良晴だが、今で言うと島津家の外務大臣である歳久は、日向という緩衝地帯を挟んで仲良くやっていたと大友家が自分達を敵視してるかもしれないという良晴に危機感を持った。

 さっきまで大友家の重臣の1人である蒲池鑑盛を長く話していた事もあり、何故か持ったままが許された傍らの刀の鞘を握りしめながら探りを入れてみる。

 

「あなたは大内家の味方かしら?」

 

 歳久も無意識だがさっきとは違う彼女の声色に、良晴もいらぬ警戒心を与えてしまった事に気付く。

 大内家と大友家は博多を巡り争ってきたが、もし大友家が日向に行くのならば大内家と何かしらの同盟を結ぶだろう。そのために来たのではないか、という歳久の考えを理解した良晴は首を横に振る。

 

「違うよ。北条家の者が大友家と大内家の同盟の仲介をしても何の得も無いだろ?」

「あなたが連れてきた中には将軍様の妹君もいらっしゃる。妹君をたてれば、将軍様から関東管領を北条家に与えられるかも知れないじゃない」

「ああ! そんな手もあったな!」

 

 心の底からの良晴の声と表情に、歳久は戸惑う。

 腹の探りあいが日常茶飯事である外交の世界に登場すら出来ないであろう良晴に、言い様のない恐怖感を抱いた彼女は、思わず聞いていた。

 

「……あなたは誰?」

 

 聞いておかないと、胸は大きい事だけが嫌いな所だけど他は大好きな姉妹に不幸が訪れるような気がしたから。


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