相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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03 小田原にて

「今川家中の……特に遠江の不穏分子を(あぶ)り出す為、か」

 

 綱成が勝成と名乗っていた頃にあった駿府での戦いの所で一区切りをした後、暖かい蕎麦茶を飲んでから義重が感慨深そうに言う。

 予想以上に家中の恵探擁立派の割合が多く、更に北条氏綱が義元方につくことを即座に表明したため挙兵を企む輩のペースが落ちた事から、抜け出せなくなった綱成の父・正成は、名目上の総大将として担がれる傍らで、その権限をフル活用して、彼女を恵探の側につかせたままにした。

 一方、駿府を中々落とすことが出来ず、更に義元方の援軍が迫ってきた事から、正成が綱成を介して教えた通りに、福島軍は方ノ上城(静岡県焼津市)花倉城(静岡県藤枝市)に撤退。恵探は花倉城の方へ連れていかれる。

 

「遠江の方では、越前守が言っていたように井伊家や堀越家とかが同調してたけど、奴等が援軍に来る見込みは少なかった」

 

 遠江や更に西への撤退、武田を駿河と引き換えに呼び込む、松平家を呼び込むなど紛糾している間に、綱成と渡り合った岡部親綱が方ノ上城を落とす。

 ここに至り、正成はある決断をする。

 

「父上は、私や信用出来る者達を呼び出してこう言ってきたんだ。

 まだ瀬戸川の者達は味方である。それに方ノ上城の落城で下流の方は混乱してるであろう。お主達は、今晩に城を出て、恵探様と共に川を下れ。

 ……私は父上は? と聞いてみたけど、父上はけじめをつけなければいけないって言って、最後まで降りようとしなかった」

 

 そして、城から落ち延びる直前にこれを渡されたんだ、と部屋の奥にあった日本刀を鞘から抜く。

 愛する者を見るような視線で刀を見て、それを静かに鞘になおしてから、綱成はふたたび話し始める。

 

「そして方ノ上城が落とされた夜、同じように花倉城が攻められる中で、私達は越前守に同調した奴等を切り倒しながら城を脱出して、待ち構えていた瀬戸川で木を運んでいる人の舟に飛び乗った。

 けれど、河口部の方で西に逃れるために戸惑っている内に、方ノ上城を落として休憩をしていた左京進殿の軍勢に見つかった」

 

 こやつらは岡部の里がある朝比奈川の者。瀬戸川の者では無い。見逃してやれ。

 父から譲られた刀を構える綱成の顔を見て、親綱はそう言い放ち、非礼を綱成達に詫びてから撤退した。

 しばらく唖然としていた綱成達だが、見逃されたという事を実感すると、今度は難なく出港準備が整う。

 

「そして、湊から出れたけど、そこに嵐が来た」

 

 瞬く間に強くなった風は、綱成達を乗せた船を東に東に押し流していき、長い夜が明けた朝に対岸の伊豆の海岸に座礁してしまう。しかも、そこは伊豆の北条水軍の城の1つの下にあり、間宮康俊がもしものために詰めていた所だった。

 多勢に無勢なので恵探が「武器を下ろしましょう」と呼び掛けると、綱成を含めた商人達は己の武器を下ろし、潔く城下の広場まで連れていかれる。

 そして、翌朝になって綱成が筆頭格という事で、1人城内の部屋に連れていかれる。

 

「貴女、名前は?」

 

 その部屋の中にいたのが、駿相国境にいる父親と一緒に出ていた氏康だった。

 

「…………大井勝正」

 

 ぶっきらぼうに正成から言われた偽名で答えると、氏康はふふっと笑う。

 

「福島勝成ね」

 

 そう言いながら、後ろ手に縄で縛られている綱成の前まで歩いてきた氏康は、ずっと手に持っていた書状を置く。

 

 花倉城は陥落し、乱は終結したので小田原に帰る。

 千代は恐らく嵐で流れ着いてくるであろう福島勝成殿を保護し、小田原まで連れてきなさい。

 勝成殿は正成殿と雪斎殿から任された御方。丁重に扱う事。

 

 宛先に北条氏綱の名があるそんな内容の書状を見て、全てを察した勝成の目頭が熱くなる。

 氏康が慌ててどかした直後に、今まで書状があった所にポタポタと水滴が落ちてくる。

 

「……義元が武田と結ぼうとしている情報もあるわ。もしかしたら、恵探も使うかもしれないわね」

「け、恵探様が生きられるのなら、それで良い」

「…………そっ」

 

 そして、父上は福島一族を巻き添えにして城に火を放ち、無主になった高天神城には信濃からやって来た小笠原家が継ぐようになり、一方で義元は信虎の養子=信玄の義妹を自分の義妹として受け入れるという内容の同盟が結ばれたという情報が次々と舞い込む中……。

 綱成ら一行は、伊豆の山を越え、箱根の山も越えて、身体が弱い恵探を気遣いながら小田原にやって来る。

 

「そなたが玄広恵探殿か。北条左京大夫氏綱である」

 

 指名で恵探と綱成のみでやって来た小田原城の評定の間には、既に北条家中でもトップクラスの者達が集っていた。

 その中で、上座ではなくその前の下座にいた氏綱は、恵探が目の前に正座で座ると、早速声をかけた。

 

「今川氏親の長女である玄広恵探でございます。わざわざ私達をかくまっていただきありがとうございます」

 

 恵探が頭を下げ、綱成もそれに追従すると、すぐに「よいよい」と柔らかい声が部屋に響く。

 備中から駿河に幕臣としてやって来て伊豆・相模を飲み込んだ父親の跡を受け継ぎ、伊勢家から北条家へと大事な姓を変える事によって関東侵攻の大義名分を作り、扇谷・山内両上杉家や古河公方家、更に武田家などと渡り合っている氏綱は、その偉業に似合わず文化人と言われても納得出来そうな雰囲気の、50代の男だった。

 今は扇谷上杉家が領する武蔵を巡って争っている彼は、傍らに置かれていた書状を開きながら恵探の前に置く。

 

 こちらは、正成殿の尽力により乱を早期に終わらせましたが、信虎が駿河か相模を介して海を狙っているのは確実。

 駿河への南下を抑えるために武田と同盟を結ぶ事となりましたが、今川家中は正成殿が炙り出していただいた奴等の影響で混乱著しい物でございます。

 ついては左京大夫(氏綱)が富士川より東の河東を占領していただき、こちらが武田に行う作戦が成功すれば返して頂きたい所存でございます。

 身勝手な事とはわかっておりますが、武田が変わった後、駿相同盟の再開と駿河から相模への不可侵、そして北条家の今川家からの正式な独立を認めたいと思います。


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