相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第21話 梅千代の話

 12月14日。

 鎌倉市民にとって生涯忘れられなくなるだろうその日の朝、夜明けまで空を覆い熱を閉じ込めていた雲はきれいさっぱりどこかに去っていき、まだ暖かみを感じれる太陽の光が降り注いでいた。

 主に由比ヶ浜の海岸沿いの長屋に泊まっていた観光客はもちろん、鎌倉の住民もその殆どが沿道に集い、イベントが始まるのを今か今かと待ち構えている。

 そして、その中には今朝から牙亜土幡(ガードマン)が周りにつくことになった長尾景虎と樋口六代、景虎の忍である軒猿、更に武田家の忍や今川家の忍などもいる。

 

「……ねえ、出なくても良い?」

「駄目だ」

「ええー」

 

 鶴岡八幡宮まで延びる沿道の列のスタート地点である鎌倉府の建物では、イベントの中心になる少女が良晴と一緒に見ていて、弱音を吐いていた。

 唇を尖らせる彼女に、良晴は苦笑いを浮かべながら頭を2度ほど叩く。

 

「……ちゃんと出来たら甘えても良い?」

「ああ、良いぞ」

 

 やっと笑みを浮かべた足利梅千代は、1つ深呼吸をしてから、近くで主を待っていた馬に良晴の助けを借りて乗る。

 見下ろす彼女に笑みを返した良晴は、自分の所に行って、義重から結局譲られた自分の馬に乗る。

 

「開門ー!!」

 

 門が開けられ、パレードに参加する全員が緊張の面持ちになり、少ししてから動き出した。

 良晴が提案したのは、この世界では信奈になっている織田信長が本能寺の前年に行った軍事パレードに近い御馬揃えであり、氏康や義重も八幡宮で待つ二条尹房や鎌倉市民に武勇を示せるとして同意した。

 

「梅千代様ー!!」

 

 先導するのは足利梅千代。

 その次は足利晴氏。

 憲政と山内家の家督を巡って争った晴氏の弟・晴直の息子で、父についていき上総にいた梅千代のいとこにあたる足利義勝。

 晴氏・梅千代についていき影は薄かったがしっかりと彼らのサポートをしていた、梅千代の妹・藤政。

 これら足利公方家一門衆が、御馬揃えの先頭になる。

 

「なんで俺がこんなところに……」

「北条家の武将でありながら佐竹家と足利家の客将に近い状態だから仕方ないよ」

「ええ。国府台の武勇伝もあるしね」

「…………氏康って良晴にこんなに好意的だった?」

「? 変わってないわよ」

 

 相模の虎と呼ばれ、伊豆とほぼ武蔵も支配する北条相模守氏康。

 佐竹の鬼と呼ばれ、初陣の国府台合戦で晴れ晴れとした活躍を見せた佐竹常陸介義重。

 そして武蔵の猿という渾名がいつの間にか広がり、国府台とその前後で大活躍を見せた相良鎌倉郡司良晴。

 

「まさか俺らの頭領があんな所に来るなんて思いもよりませんでしたね」

「おうよ。氏康様の御心の広さも伺いしれるっていう者よ」

 

 梅千代の提案で、色々あって数が揃ってない古河衆の代わりに『足利衆』として参列する事になった、この鎌倉でも有名だった元義賊衆のリーダー・朝霞永盛と、結成当時からの副官である練馬織(ねりま おり)

 

「良晴も出世したなあ」

「……綱成?」

「なんでしょうか、叔父上」

「……何も」

 

 北条一門として玉縄衆筆頭・北条上総介綱成と、その副官につけられた北条幻庵宗哲長綱。

 その後ろに綱成が大将を勤め与力・間宮康俊が(むせ)びながら率いている『黄備え隊』と、幻庵が名目上の大将を勤め事実上の大将である冷静な北条氏(たか)が率いる『白備え隊』。

 

「………………」

 

 ガチガチに緊張している、国府台の直後に家督を譲られた今の戦場の最前線の江戸衆を率いる遠山綱景の嫡男・遠山隼人佐こと甲斐守康晴。

 

「3代でこれほどまでとは、やはり北条家は……」

 

 途中で言葉に詰まり咽び泣く、盛時(早雲)からの重臣にして、嫡男・憲秀の婚約相手が綱成の妹に確定しており、更に北条家の本拠地がある小田原の者達の筆頭である松田尾張守盛秀。

 

「あの夜から僅か数年、か」

 

 河越衆筆頭であり、老いた父親と幼かった子供と共にあの恐怖の日々を乗りきり、今は古河・関宿の者達を監視する役割がある大道寺駿河守周勝(かねかつ)

 

「良晴殿も職人達も凄いのお」

 

 別の観点から感激しているのが、氏康の時に古老ながら北条家お抱えの職人達の頭を任され、この鎌倉突貫改装工事の陣頭指揮もとった須藤惣左衛門盛永。

 その他の北条家家臣の長い列の後ろにいるのが、太田一族である梶原源太政景など佐竹家家臣。

 

「これが鎌倉の賑わいか。……日記に書けるかの?」

 

 そして、特例として参列が認められたのが、尾張などをまわるために馬術も身に付けていた山科内蔵頭言継。良晴から絵日記の事を聞き、京に帰ったら永徳に頼んで誰か借りようかの? と思ってたりする。

 何時もの2倍の報酬を得るために今は殆どがぐっすり工房で寝ている職人達が作り上げた衣裳や甲冑など思い思いの物を身にまとい、堂々と列を崩すことなく歩く姿に、観客は惚れ惚れとなり、泣くものまで現れていた。

 やがて、列は八幡宮の鳥居の前に着き、そこで降りる。普通なら階段を登った先の本殿で一連の儀式が行われるのだが、足利父子たっての要望があった。

 

「これより、足利梅千代の元服式ならびに鎌倉公方就任式を始める」

 

 階段までの石畳の両端に、元々座っていた摂政・二条尹房などに加えて、参列者が座って。

 その間の中央に、本殿から鳥居へ八幡宮の宮司(ぐうじ)、足利梅千代、そして横1列に足利晴氏・北条氏康・佐竹義重が並んでいる。

 良晴は聞いた時に天を仰いだ位置である尹房と言継の間に座り、その言継が最後に座り、源平池を挟んで覗きこむ民達が発する熱気が覆うなかで、宮司の声が響き渡った。


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