相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第20話 すき焼きの話

 鎌倉府の前。

 しっかりと元の住民には代わりの家を提供した上で、新鎌倉公方の家臣達が住まう長屋群の一角に、武蔵衆のリーダー格の人々が住んでいる家がある。

 武蔵衆の一部が良晴の世話を手伝うその家は、ちっちゃいと言っても長屋群の中にあるれっきとした武家屋敷なので、そして住人が新参者ながら数々の功績をあげた男なので、その住人が思う以上に注目度は高い。

 そんな中、武蔵衆のトップが、冬至が近い日に、戌の刻という今で言えば深夜の時間帯に、トップの更にトップである少女と初見の同年代の美少女を引き連れて帰ってきた。

 

「引っ掛けたのか!?」

 

 朝霞永盛がたまたま見てしまったその光景に思わず叫んだが、3人の美少女の睨みがあって、次いで良晴の杖に悶絶する事になる。

 頭を抑える元リーダーを横目に見ながら、良晴の指示で世話役の人が遅い晩御飯の準備を始める。

 

「これは……」

「未来では『すき焼き』って言われてる物だ」

 

 火が焚かれている囲炉裏の上に、台の役割がある五徳が置かれ、そこに更に鍋が置かれていた。五徳も鍋も囲炉裏のサイズに合わせた特注品であるが、その鍋の中では良晴達が部屋着に着替えた時には、既にグツグツと音を立て始めていた。

 それぞれが好きな色を選んだ綿入りの半纏(はんてん)を着た4人が思い思いの場所に座ると、障子が開いて、炊きたてのご飯と玉子が中に入った取り皿がそれぞれの前に置かれる。

 

「氏康に頼んで、寺社への1人3(もん)の寄付と引き換えに、今日から明後日まで肉料理を食べれるようにしたから食べれるぞ。玉縄城下で払っただろ?」

「あれが?」

「聞いてなかったのか?」

「今日のような輩を退治してたので」

「ああ」

 

 湯気を挟んで座る良晴と六代が話し、今は屋敷の方でぐっすりと寝ているであろう憲政を巡って対立し合う氏康と景虎が見合っている内に、鍋の中の水が沸騰してきた。

 良晴は床几(しょうぎ)に座っていて、氏康と景虎は共に南関東と越後の国主なので、六代が良晴の指示を受けながら鍋奉行として具材をわけていく。

 

『いただきます』

 

 北条氏康、長尾景虎。

 その関東の仇敵同士が一堂に介すという晩御飯に興奮を覚えながら良晴が最初に食べ始め、毒を全く気にしてない事に驚いてから3人も食べ始める。

 女の子と言っても特に景虎は文字通りに縦横無尽に戦場を駆け抜ける武将なので、自分を刺したヤンデレやその他のヤンデレよりも量が多いことに驚きながら、良晴も久し振りのすき焼きに夢中になる。

 

「3桁!?」

「はい。途中で数えるのを止めました」

 

 そして、良晴と六代が近況を話し合う。

 最初は乗り気では無かった六代も、ヤンデレ回避の方法を多くの人から聞いている内に自然に身に付いた良晴の聞き上手にはまり、越後から川中島・碓氷峠を経由しての旅路の愚痴を、景虎が不思議に思うほど(こぼ)しまくる。

 その2人の会話は、やがて旅路からそれより前の事に移っていく事になるが、その途中の憲政の話になった所で、黙々と食べていた景虎が良晴に問い掛けた。

 

「相良良晴。あなたは未来から来たという」

「……ああ、そうだけど……長尾家の事か?」

「ええ」

「それじゃ逆に1つの質問をさせてくれ」

「良いわよ」

「……上杉憲政は次の関東遠征で君に家と職を譲るのか?」

 

 景虎と氏康は目を細め、六代は目を見開く。

 そして、景虎は感慨深そうに言う。

 

「……未来から来たというのは虚言ではないようね」

 

 その言葉に頷いた良晴は、真実を告げた。

 

「長尾上杉家は2人目の天下人に膝を折り、最後の天下人に負けて出羽に飛ばされ、景虎は最初の天下人と総大将同士でぶつかる前に死ぬ」

 

 氏康も初めて聞く『3人の天下人』の事に驚く中、景虎だけは動じる事なく、目を閉じただけだった。

 

「武田にも北条にも勝てないのね」

「負けもしないがな」

 

 位置的に自然に一番近い距離で見つめあったからこそ、良晴は景虎の赤い瞳に何かの決意を見てとれた。

 しかし、それがどんな決意なのかは察する事は出来なかった。この世界の長尾景虎がどんな波乱万丈な生涯を送ってきたか知らなかったのもあるが。

 

「それよりも、よ」

 

 4人の中では最後に口を開いた北条氏康が、詰問するかのような視線を減ってきた湯気越しに景虎に向けたからだ。

 

厩橋(うまやばし)城を奪って上野を手中に入れたのに、飽きずに更に公方様の領地を掠め取ろうという訳?」

「上野は管領様から預かっている物。それに、貴女が言う公方様は管領様が仰る通り貴女の考えにしか沿わない者だけを指すはず」

「だったらそう思っておくと良いわ。明日、憲政……殿の隣に(はべ)らすのも許すわよ?」

「管領様と同じ列など畏れ多い。後ろからでも見える」

「単なる冬場の行事って考えていたら痛い目にあうわよ?」

 

 次第に険悪な雰囲気になってきて、1人以外は傍らに置いていた刀を手に持とうとする。

 

「鍋が冷めるだろうが」

 

 しかし、2人の話を聞いていた姿勢のまま良晴が呆れたように言うと、そっちに注目しようと一瞬だけ固まる。

 その間に、流れる動作で床几に立て掛けていた杖を持ち、景虎の間近まで詰めた良晴は右手をあげる。

 

「えっ?」

 

 された事に景虎が戸惑っている内に、今度は景虎の正面に座る氏康の前に立ち、同じことをする。

 良晴がやった事にやられた2人のみならず部屋の中にいた全員が唖然とするが、良晴は立ったついでに調理場へ行ける障子を開ける。

 (かじか)んだ手を吐息で暖めていた若者が慌てるが、苦笑いを浮かべながら良晴は謝ろうとする彼を止め、彼が配膳役を勤める事になった食材を持ってくるように命ずる。

 

「……どうした?」

 

 床几に座ろうとして、最初は六代の、次いで氏康と景虎の唖然とした表情を見て良晴が聞くが、まず氏康が「なにもないわよ」と少し震えている声で言い、次いで六代が小刻みに頷き、最後に景虎が安心したような笑みを浮かべた。

 意味不明な状況に、2人の頭を軽く拳で叩いた良晴は饂飩(うどん)を鍋に入れ終えた若者に視線を向けるが、部屋の外にいて寒さの事ばかり考えていた彼も首をかしげただけだった。


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