相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第14話 終わりと始まりの話

 さて、ここで国府台周辺の状況を里見軍の視点から見ていこう。

 

 まず、東は江戸湾の海岸沿いに進めば、現在の千葉県千葉市花見川区幕張(まくはり)にある里見方の馬加(まくわり)城があるが、その東から里見軍を崩壊させた鬼達が来たので愚策。

 

 西の葛西城や江戸城は北条方なので、史実とは違い国府台の頂で斬殺された太田康資が何かをしてなければ駄目。

 

 そして、南は江戸湾であり、史実において里見が北条にずっと対抗できた理由である水軍が来ていれば行けるが、北条水軍が浦賀水道に展開しているので駄目だ。

 

 残るは北だけだが、渡良瀬川沿いに北上していった先にはほぼ北条家の家臣である高城胤吉や北条方の相馬整胤がいるし、渡良瀬川を越えた先の岩槻城は康資の同族がいるが展開が早すぎるので何の準備もしていない。

 

 だから、どうにか国府台の坂を北に駆け降りた里見軍が、休む間もなく九曜(相馬)月星(高城)の家紋を見たとき絶望にうちひしがれたのも無理はない。

 

「義尭を救え!」

『おー!!』

 

 里見にとっても。北条にとっても。佐竹にとっても。殆どの武将にとって予想外の事態が訪れ、戦局は変化していく。

 九曜と月星の間に(ひるがえ)るは、昨日の戦況の行方を決めたと言っても良いほどに大きな存在だった『二つ引両』の旗印。

 その旗印は追うものと追われるものの双方がどよめき、その足並みを止めてしまったが、一番早く動いたのはその旗印の使者が来た里見軍だった。

 

「藤氏だ!」

 

 そして、連合軍の方でも誰かが正体を看破して叫び、それは国府台の頂とその周辺に集った兵に伝播していった。

 しかし、その僅かな間に()()無傷の相馬軍と高城軍がゆっくりと動く。標的は、主に里見軍を追って平野部に降りたかその直前の所にいる連合軍の兵達である。

 

「義重、全軍をこの上か周りに退かせるわよ」

「はっ?」

 

 国府台の頂。数十分前までは里見軍の本陣があった所に、北条氏康と佐竹義重の2人が立っていた。

 さすがにさっきまで敵が使っていた物を再利用するわけにはいかないので、今は下から持ってきた自分達の物を置いている渦中であり、関東どころか周りにも知られている2つの家の主達が会談する所にしては素っ気ない。

 

「どういう……事だ?」

 

 城の建物の中の1つの部屋にいるのはそれぞれの当主達だけではなく、北条幻庵や岡元禅哲といったそれぞれの副将もいるが、その中でも2人の険悪な雰囲気に入ってきた良晴の存在は浮いているだろう。

 左肩と右腰。使えなくなるほどでは無いが射られた所には包帯が巻かれ、その一部が袴から見えていた。

 

「連戦と初戦。どっちが強いかしら?」

 

 刺されたショックで気を失い、国府台の頂まで運ばれた所で目が覚め、怪我で思い通りに動かない体を無理矢理動かして、修羅と化していた義重を止めた。

 右腰が痛んでいるので左手で即席の杖を突きながら義重の側にいた良晴は、そのまま当主会談にも列席させてもらう事となった。佐竹家の家臣にとっても、良晴がいなければ若き当主が再び暴れ始めるのはわかっていたので、それに同意していた。

 その良晴は、今は幻庵の提案で『北条から貸し出された佐竹家の客将』という状態になっているので発言権があるという訳だ。

 

「相馬より後ろから攻める事は?」

「北条なら岩槻城の太田資正がいるけどどうかしらね?」

「……関宿は?」

簗田(やなだ)? 晴氏様側なら、になるわね」

「藤氏側でしょう」

 

 氏康と良晴の会話の間に入った少年は、昨日の深夜までは下総相馬家の当主で守谷城の主だった相馬整胤(まさたね)である。

 河越城の戦いで父が戦死したため若くして家督を継いで北条家に従属するようになり、そのため氏康の命を受けて里見軍挟撃の準備をしていた所に、庶流の高井治胤に襲われ、家族と少ない家臣を引き連れて連絡役だった風魔に助けを求めた。

 そして、整胤の叔父が渡良瀬川と常陸川の間にあり、古河御所にも程近く、古河公方の重臣の1人だった簗田晴助である。

 

「やっぱり私が命じた居城交換が原因かしら?」

「恐れながらそれが引き金です」

 

 晴氏の嫡女・梅千代の元服後、古河御所と関宿城の城主を交換にして、古河より堅い城である関宿城で梅千代を守り、そして両毛(上野・下野)進出への拠点にしようというのが氏康の考えだった。

 しかし、それが(しげ)助、高助、そして自分と代々に渡りこの城の主であった晴助を刺激し、氏康によって廃嫡された梅千代の姉・藤氏からの誘いに応じる切っ掛けになった。

 

「つまり関宿の簗田、守谷城の相馬、小金城の高城、そして岩槻城の太田資正が謀反かその兆しがありという事よ。義重は、連戦でそれらに太刀打ち出来るかしら? それに……」

「こっちも(うごめ)くかもしれない、か」

 

 義重は常陸北部の太田城からこの下総まで出っ張ってこれたが、手出しされなかったのは「北条家の援軍」という名分が強くあり、常陸統一まではまだまだである。

 なので、この機会に乗じて動こうとするかもしれない国内・国外の敵を思い浮かべた義重は、地面を長大な樫の棒で叩く事でストレスを発散した。

 

「禅哲、撤退させて」

「はっ」

「こっちは幻庵に任せるわ」

「御意」

 

 共に僧体である男達が先に出ていき、氏康と義重などの指示で本陣の中の猛者達が言われた所に向かう。

 最後に残ったのは2人の国主とそれぞれの護衛を勤める馬廻、そして良晴ぐらいだけだった。

 

「さて、義重はどうするの?」

「……援軍の仕事は成し遂げたけど、直線で帰るのは無理そうね。佐倉城の千葉氏に連絡してもらえるかしら?」

「良いわよ」

 

 良晴は2人の姫武将の会話を見ながら、次への後始末に入った空気を感じ、ようやく一息をついた。




第2次国府台合戦、終結です。

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