相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第13話 小さな鬼の話

「危ねえ!」

 

 未来から来たという良晴が私に叫んだ時、私は彼と共に馬を駆っている疾走感に浸っていた。

 私が『鬼義重』と呼ばれてるのを知ってても「それだけ佐竹の家の役に立とうと鍛えたんだろ?」と、父上も含んだ他の人のように恐れず兜を被る前の私の頭を佐竹軍の本陣で撫でてくれた。

 南陸奥の岩城重隆の娘である母上とも、常陸統一に邁進しているけど病弱な父上とも、病気が移らないようにと中々会える機会はなかった。

 

「よくやったな」

 

 そう言って、頭を撫でてくれる父上と母上の手の暖かさが好きで、私の得意な武勇で大人にも勝って誉めてもらおうと努力した。

 初陣であるこの戦が終わった後も、父上と母上に誉めてもらい、当主の命令としてうるさい家臣に邪魔されず目一杯撫でてもらう。

 氏幹や政景の家臣が聞いたら気絶しそうなそんな願いを持ってこの国府台の地に来たけど、それは良晴によって叶えられた。

 

「良晴殿!」

「おっと、すまねえ」

 

 ずっと仲が良い分家の東家の次期頭領で私と同じ初陣の義久が叫んだから良晴の手が頭から離れたけど、私は自分でも驚くぐらいに強い強い喪失感に襲われた。

 そして、本陣を出て、渡良瀬川を渡り、氏康と決めた位置に着いて、突撃を始めるまで。私は、横並びになって歩く良晴と声を小さくして色々と話した。

 平和な良晴の時代と、戦乱続きの私の時代。避ける事が得意な良晴と、攻める事が得意な私。優しい両親をもつ良晴と私。

 

「ねえ、良晴」

「んっ?」

「佐竹家はどうなるの?」

 

 意を決してそれを良晴に聞いてみた。

 出会ってから今まで驚きの表情を見せていない良晴は、その私の質問にも少しだけ目が見開いただけだった。

 そして、良晴の私を見る目が優しくなる。私を労ってくれるようなその視線は、嫌なものではなくて、逆に私を私として見てくれる事に喜び、良晴に聞こえるのではないかと思えるほどに心臓が動き回るものだった。

 

「佐竹家は……佐竹家は常陸から移される」

 

 私と同じように、良晴は意を決して話してくれた。

 

「……移される、という事は足利将軍様が復権したの?」

「いや、次の時代に移って、一揆を除いたらこんな戦なんて無い時代が200年以上続く。足利家は……どうなってたけな?」

「……私達はどこに移されるの?」

「…………出羽ってわかるか?」

 

 出羽? …………そうだ。母上の御姉様(久保姫)が嫁いだのが出羽の米沢城を本拠地とする伊達輝宗殿だから、その時に話題になったんだった。

 

「米沢城があるところ、だったけ?」

「その更に北だ。寒い国だから、常陸から寝巻きと敷布団を送られてきたが、義重殿はーー」

「徳」

「んっ?」

「徳って呼んで。それが幼名なの」

「……そうか。徳はその寝心地が気に食わなかったから、死ぬまで薄い布を敷いただけだったという逸話がある」

「…………はしたない?」

「……まあな」

 

 頬を指で掻く良晴に対して、私は顔を(うつむ)かせたまま。良晴の時代まで、私が寝るときの話が伝わってるのは本当に恥ずかしい。

 

「良晴は布団で寝ている女の子の方が良い?」

「……正直に言えば、な。だが無理矢理変える必要は無いぞ? それがよ……徳の個性でもあるしね」

「うん。……なるべく、布団で寝るようにはするね」

『おお!』

 

 私の言葉に、家臣の皆が驚いてる事だけどそんなにかな? ……うん、そんなにだね。まあ、皆の呆けた顔が見れたから良しとしよう。

 良晴はと言うと、皆と同じように驚いた後に、兜と手甲(てっこう)越しに優しく頭を叩いたくれる。

 本当は感じれない筈なのに感じた暖かさは心地良いもので、だけども父上や母上の暖かさとは別の物で……。

 

「ぐっ!」

 

 その良晴の暖かさに包まれて、良晴の体が2回ぐらい大きく揺れた。

 

『殿!』

『良晴殿!』

 

 良晴が返してくれた私の愛馬は、良晴が飛び乗ってきて重さが倍以上になったのに動じる事なく、そのまま止まる。

 私達の周りを馬群が覆っていくけど、それどころでは無かった。

 

「良晴?」

 

 私は呼んだのに、良晴は私を呼んでくれない。代わりに聞こえてくるのは、暖かいというよりむしろ熱くて荒い吐息。

 その吐息は、戦場を父上に見せてもらった時に、自分達の近くの陣で聞いた事のある吐息で。

 

「よか……った」

 

 良晴の暖かさが無くなって、私の前が開ける。

 鎧同士がぶつかる音に、ゆっくりと、信じたくない気持ちで自分の右下を見る。

 

「良晴殿!?」

 

 名も知らない足軽らしき男。

 その男の巨体の上に、良晴の体があって。

 その背中には、2本の矢が突き刺さっていて。

 

「太田の陣からだ!」

 

 雑兵が発した大声が聞こえてきて。

 

「ああああああああああーーーーー!!!!」

 

 頭の中の何かが焼ききれた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 安西実元と太田康資の両名は、崩壊した里見軍の本陣とその近くで討ち死にする。

 正木時茂のように切腹ではなく、共に斬られた。

 

 その惨状は凄まじく。

 その空気は凄まじく。

 その小鬼は凄まじく。

 

 残りの里見軍が北へ逃亡した後、国府台の上に建つ城に入って、地面の殆どが赤黒く染まった光景を(やぐら)から見下ろした足利晴氏とその供はしばらく言葉を失った。

 そして。

 この少し後、晴氏が臨席するなか近くの寺でこの第2次国府台合戦の慰霊祭が行われる。最初から最後まで神妙な面持ちだった彼は、俳句を残していった。

 

 空蝉(うつせみ)の 命流れよ 秋時雨(しぐれ)

 

 と。

 だが、この国府台だけでは戦乱は終わらない。


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