戦後の首実検のために木の桶に入れられた時茂のそれを見送った後、
氏康率いる本隊が腰をあげ、死に物狂いで駆けおりてくるかもしれない敵を警戒してゆっくりと登ってきているという情報は、白千代から聞いた。
「後は、里見軍が北の斜面を駆け降りればーー」
「北の守屋城の相馬殿にぶち当たり、混乱している内に逃げ場の無い所で挟撃にあう、か」
「国府台の北東部も千葉殿が構えてくれてるらしいし、逃げなくてもここで討ち取れば良いだけ」
「ということは」
「次なる目標は、里見軍本隊ね」
2人が見上げた先。
丘の頂上には、まだ里見の旗印が翻っていた。
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「この戦の敗因は自軍を油断させちまった俺の責任だ。相手が虎だとわかっててもむざむざと皆を地面に寝かせてしまった俺のな」
良晴と義重が見上げた先。
その本陣の床几の上には、まだ里見軍の総大将である里見
「俺が当主になった時に殺した義豊とこの国府台で見捨てた
冷徹で計算高く、鎌倉の鶴岡八幡宮に『副将軍』として願文を納めるなど野心家でもある義尭だが、その計算が外れ、更に父親を家督継承時の内紛で殺されたのにも関わらず付き添ってくれた時茂が、鬼と恐れられる義重に討たれたという事を聞くと戦意を失った。
実元がここは逃げて仇を討とうと進言するが、自分を頼ってきた現古河公方の晴氏のおじにあたる義明を見殺しにしたこの国府台を最期の地と決めた義尭は動かない。
「俺が囮になるから、そなたらが我が愛娘の義姫を支え、北条にあだなしてくれ」
逆にそう言ってくる始末だった。
話している間にも足音が近付いてくる事を察した実元は、一瞬だけうつむいてから主君を見る。
「わかりました。まずは配下達が逃げます」
その言葉に、周りの家臣達が騒ごうとするが、笑みを浮かべた義尭は軍配をあげてそれを黙らせる。
「最後のお願いとして、殿の鎧を直したいでございます」
「うむ。……皆の衆よ。実元は里見家を考えーー」
「……た結果、このような結末に至りました」
実元の体に寄りかかるのは義尭の体。
「左近大夫殿」
「……承知した。ゆ……伝言があれば伝えるが」
「……最後に不忠な事をした私をお許しくださいませ、と。そして、怒れる虎には喰われないようにと」
「承知した。……また会おうぞ」
「ええ」
話しつつも、義尭の体から鎧を脱がす手は休めなかった。
そして、不忠者の自分に1人1人礼をしてくる同僚達に頭を下げ、まだ暖かみがある床几に座る。
「虎と鬼よ。帝はここにいるぞ」
しかし、古代の中国の伝説に出てくる三皇五帝の1人・堯を自分の名前につけた里見義尭に成りきった安西実元に、鬼達が来るのは少し遅くなる。
「危ねえ!」
何故なら。
里見軍の本陣へ駆け抜けていた鬼が矢に狙われたからだ。