相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第5話 周りと葛西城外の話

 江戸城三の丸城代・太田康資(やすすけ)、北条家に謀反。

 伊豆・相模の全域と武蔵のほとんどを支配する虎に、江戸城を築城した太田道灌の曾孫が謀反を翻した事は、瞬く間に関東とその近辺に広がっていった。

 

「太田がこっちに向かってるか!」

 

 例えば、江戸よりも三浦半島の方が近い上総・久留里城城主の里見義尭(よしたか)

 室町時代に上総武田氏の武田信長によって築かれた山城だったが義尭が奪った城である久留里城に、康資からの早馬が届き、やがて里見氏の『二つ引両』の旗が小櫃(おびつ)川の渓谷を下り始めたのはそれから間もない頃だった。

 

「ほう、太田康資が」

 

 例えば、上総の北側にある常陸を流れる久慈川の更に北にある太田城城主の佐竹義昭。

 常陸統一に邁進(まいしん)し、時には隣の下野の宇都宮氏の内紛に介入して勝ち娘をその宇都宮氏の当主に嫁入りさせた英傑であるが、実際には倒れる事もある病弱な体質で、康資謀反の報も真昼なのに布団の中で聞いていた。

 少しばかり考えた彼は、嫡男の義重を呼ぶ。太田城下に『五本骨扇に月丸』の旗印が広がったのは、それから少しした後だった。

 

「太田の謀反、か」

 

 例えば、追放した父親の居館だった躑躅ヶ崎館にそのまま住んでいる武田信玄。

 甲斐を統一した父・信虎の跡を継ぐように大国・信濃の統一に邁進し、しかし川中島で上杉謙信に邪魔されている姫武将は、同盟相手の氏康からの小言つきの書状を見て、それをさっさと片付けた。

 冬も差し迫ったこの時期に、氏康から援軍要請も来ていないのに山国である甲斐の兵をあげるつもりはない晴信は、大好きな内政に手をつける。

 

「あらあら、氏康も大変ですわねえ」

 

 例えば、晴信と同じく氏康からの書状を受け取った、駿府の館に住んでいる今川義元。

 織田信秀から松平元康を奪還したので上機嫌な彼女は、そのまま氏康に「援軍送ってあげるわよ」という主旨の返信を出して、氏康からの「駿東くれるなら良いわよ」という返事に怒るわけだがそれはどうでもいい。

 

「そう。遂に謀反したのね」

 

 例えば、関東より一足早く冬が訪れ、彼女の敵にとっても安堵できる時期に入った越後の西部にある山城・春日山城に住んでいる長尾景虎。

 軍神と呼ばれるほど野戦に関しては神がかっているが、家督継承の経緯から弱き者を助ける義の武将になった彼女は、北信の武将に請われ3回川中島で晴信と対峙している一方で、最近は上野から逃げてきた上杉憲政が求める関東出兵に心が向いている。

 しかし、謀反という義に反する行動を手助けするはずもなく、関東の情勢を逐次知らせるよう部下に命じただけだった。

 

「これで後ろを叩かれる事は無いわね」

 

 そして、小田原城の北条氏康。

 主だった隣国の武将に書状を送り、その返信を一瞥した彼女は、既に整っていた軍を率いて出陣する。

 

 史実では、1563年の暮れの太田康資の謀反に始まり翌年年明けの北条・里見両軍の衝突と里見の敗戦という結果に繋がる第2次国府台合戦。

 それが、尾張の桶狭間の戦いさえも起きていないこの時期に起こる事になる。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 氏康が小田原城を出た頃、武蔵の最東端では激戦が繰り広げられていた。

 攻め手は怒りのままに葛西城を出た遠山綱景、受け手は冷静かつ綱景からの攻撃を予測していた太田康資。当初は遠山側が優勢だったが、突出した部隊が撃破されてからは太田側が逆に遠山を攻めていた。

 

「撤退だ!」

 

 葛西城内には、太田が狙うだろう足利父子がいる。

 その考えが綱景の理性を取り戻し、負け戦に固執することなく、報復を誓いながら全軍に撤退を命じる。

 

「おわっ!?」

 

 そして、撤退する遠山軍の殿。

 そこで、良晴は放たれた矢を刀で弾き、突かれた槍を紙一重で避けていた。

 

「連れてきたぜ!」

 

 何故、良晴がそんな所にいるかと言えば、永盛が脇に抱える人物が葛西城から逃げさせられたのが発端である。

 その人物の状態を見て、永盛の右手が持つ槍の先端に突き刺さった物体に冷や汗をかいてから、良晴は義賊衆に撤退を命じる。

 

「ありがとう!」

「梅千代を守るため! です!」

 

 自分が避けた武器の持ち主を殺す役割を自然に担った宮ヶ瀬梅千代は、彼女も「重い」と言い張る甲冑を脱ぎ捨てて、いつもの忍び衣装になり、矢をはじき、クナイを投げる。

 

「それでも! だよ!」

「っ!?」

 

 槍をよけた勢いのまま、自分の日本刀の腹で相手の膝を切った良晴は、使えなくなった日本刀を捨てた後に、彼女の頭を撫でる。

 一瞬だけ、梅千代の動きが止まったがぶっきらぼうに「どうも」と答えてからのそれは、遠くから見ていた同僚が感心するほど良くなっていたとか。

 

「梅千代ー!」

 

 負傷者だけで済んだ義賊衆が命懸けで連れ帰った足利梅千代は、城門の近くで袴姿のまま祈っていた晴氏に抱き締められて、気絶から立ち直る事が出来た。

 それを見た良晴が、梅千代とは逆に体の力が抜けて笑顔のまま後ろに倒れてしまった後、義賊衆と足利父子を中心に一騒動があった事は、彼は知らない。

 

 一方、遠山軍を撃退した太田康資は、そのまま里見義尭との落ち合い先である国府台城に入る。

 そして、奇しくも義尭がその国府台城に入ったのと同じ日に、氏康も江戸城に入った。


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