相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第2話 古河の近くでの話

 古河城での戦いは、圧倒的な戦力をもつ北条家の先頭が攻めいると、程なく敵が降伏した事により、あっという間に終わった。幻庵率いる部隊がほとんど動いていない内に。

 その拍子抜けな顛末に良晴はもちろん永盛や梅千代も苦笑いを浮かべたが、命の危機に晒されるよりかは断然ましなので、永盛の小田原の家に良晴が仮住まいするなどを話し合っていた。

 その最中、良晴と梅千代が幻庵に呼ばれる。

 

「なんだろうな」

「さあ」

 

 すっかり仲良くなったが、良晴から近付くと梅千代は抜刀するという関係性の2人は、急な呼び出しに首をかしげながら、あらかた片付け終えた幻庵の本陣に着き、地面に平伏して彼を待つ。

 少ししてから、甲冑を鳴らしながら入ってくる足音が聞こえてきた。やがて、床几に座る音も。

 

「相良良晴、参上いたしました」

「同じく宮ヶ瀬梅千代、参上いたしました」

「うむ。2人とも面を上げい」

 

 重厚な声の通りに2人は頭をあげる。

 今の北条家当主・氏康の叔父にあたり、氏康の祖父・伊勢盛時=北条早雲の頃から北条家をサポートしてきた北条幻庵。箱根山の寺に出家してそこの頭領になったため頭は坊主だが、風格といい、鋭い目付きといいその風体は名将の物と言えた。

 しかし、それに動じないのが我らが相良良晴である。この時代に飛ばされる少し前まで普通の病院にいた理由にも重なるが鈍感な彼は、梅千代が身震いした幻庵の覇気をそこまでは感じなかったのである。

 

「相良良晴。お主は未来から来たと言っておったな」

「はい。今から400年以上後からです」

 

 史実では北条早雲・氏綱・氏康・氏政・氏直と、北条家が滅ぶ直前まで仕えていた北条家のシーラカンスと呼ばれている幻庵と会話できている事に内心で飛び上がっていたが、良晴はそれをなんとか抑えていた。

 梅千代の話で姫武将なる存在も知れたので、そして氏康も姫武将である事も聞いたので、彼のワクワクはおさまる事がない。

 

「であるなら、未来の遊戯も知っておるな?」

「はい。……綱重様に教えるのでしょうか?」

 

 入院している時に、今までのゲーム知識に加えて従妹が持ってきてくれた本で人の事を知っている良晴は、幻庵の跡を継ぐ彼の息子の事を礼にあげる。

 対して幻庵は首を横に振る。

 

「足利晴氏の次女、と聞けば誰がわかるか?」

 

 次女? …………いや、確か姫武将がいるはずだから……。

 入院する切っ掛けになった事件の影響で、医者や看護婦が恐れるほど動じない性格になっていた良晴は、古河公方についての知識を思い出す。

 

「晴氏と氏康様の妹君の間に産まれた義氏様ですか?」

 

 そして、出てきた知識を少しどや顔で披露するが、対する幻庵の反応は眉をひそめた後に大笑い、そして納得したような表情だった。

 

「義氏か。いい名前だのう」

 

 あれ? もしかして元服前だったけ?

 

「それに、氏康様の妹ではない。兄上とこの幻庵の妹よ」

 

 ……ものすごい時間軸がずれているような。

 

「足利晴氏が次女、梅千代の侍従。そなたにこれを命じる」

 

 ……はあっ!?

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 良晴が風魔につれられ、良晴の家臣になった永盛と共に隠れて幻庵の陣中から消えた後。

 その報告を受けた幻庵は、真っ直ぐ自分の主君の下へ少し早足で歩いていく。

 

「幻庵でございます」

「あら、珍しいわね。入っていいわよ」

 

 いつもと変わらない声。

 北条家の家紋が大きく刺繍された陣幕をめくると、趣味の和歌にこうじていた姪がいつもと変わらない姿でいた。

 父上、兄上と同じように紫色の髪を日常の方である自由な状態にさせてリラックスしている北条家第3代当主・北条氏康。その眼前の床几に腰掛けた幻庵は、さっきの事を報告する。

 すると、氏康の表情が少し険しくなった。

 

「名前の事は家臣の誰にも告げていないわよね?」

「はっ。足利将軍家からの偏諱と北条家の通字を掛け合わせた名前。これは北条家中しか知りませぬ」

「…………未来から来た、か。あの者が着ていた服は、どの職人も見たことのないものだったけ? それと組み合わせば……」

「いささか、というよりかは限りなく信じがたい事でございますが、本当の可能性が高くなります」

「そうよね…………。あの者はどうしたの?」

「義賊に何かを吹き込む可能性がありましたので、古河公方の侍従とした次第です」

「それで誰も知らない遊びが考案されれば……」

「その時はその時でございます」

「……報告は何かあったらして」

「御意」

 


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