相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第211話 大坂に流れる大和川での話

3月2日

大和

 

 京に都が移るまでの数百年の間、ほぼ大和国の中で都を転々とした。結局、蘇我家が背後にいる飛鳥地域、そこから何とか脱した後の平城京と落ち着き、その頃に街道も整備された。

 東海道はこの頃は関ヶ原を通る道でも、鈴鹿峠を通る道でもなく、伊賀を更に木津川沿いに西に進み、大和国に向かっていた。

 その道を人馬が普通に往来できるぐらいに復活したのが織田信奈であり、大和国の視察以来久し振りにその道を通っていた。

 

「お待ちしておりました、()()()。細《ささ》やかですが、歓待と休憩の準備は出来ています」

「デ、アルカ」

 

 多聞山城。

 大和と河内の国境に作った信貴山城と同じ山城だが、比叡山や大坂と同じく武装した衆徒がまだいる興福寺などを、つまり奈良の街を見下ろせる所に建てられ、奈良のみではなく大和に睨みをきかせていた。

 三好家から織田家に主を変え()()、正式に大和守護代に任じられた松永久秀が建てたその城で、伊勢や伊賀をほぼ休憩なしで貫いた信奈ら織田軍は大きなそれを取る。

 信奈は松永家からの歓待や、幕府と話をするが、ほとんど表情は変える事なくそれらに応じる。目的が重いためだというのもあるが、伊勢・伊賀横断の時に聞こえてきた情報がそれに拍車をかけていた。

 

()()、大坂の様子は?」

「……いまだ沈黙を保ったまま、だそうだ。幕府と織田家の両方からの呼び掛けにも応じない」

「…………」

 

 清洲を出た時まで、けんにょの直筆で返事が来ていた。しかし、それが代筆も含めでぱったりと途絶えた。

 そして、大坂の周りの住民によれば、海上に浮かぶ本猫寺の全ての門が閉まり、中に多くの人がいるとは思えないほど静かにしているそうだ。

 

「……佐久間、計画を変えるわ。未明には竜田を下っておくわよ」

「承知。では、撤退の際の諸々の手続きもしておきまする」

「ええ。松永も頼んだわ」

「はっ」

 

 本猫寺の異変は誰もが知っていて、更にその行動は戦の前兆だと言っているようなものなので、進軍計画の変更に大きな動揺は無かった。

 翌3日、織田家直轄軍である濃尾衆に家臣に分け与えられている伊勢衆と大和衆が加わった約3万人あまりの軍勢は、晴天下の城を出て、大和の緑達を横目に歩いていく。

 大和と大坂の間で登らずに通れる道は大和川沿いの狭い谷ぐらいしかないので、大軍の織田軍は必然的に峠の方へと向かう事になる。

 

「…………デ、アルカ」

「はっ」

 

 信奈の目が、口調が、そして殺気が更に鋭くなったのは、大和川の少し北側にある竜田峠に差し掛かろうという所で、先に竜田峠の向こうに行った傷だらけの斥候からの報告を受けた時だった。

 進路上の要地や幕府の詰所などを急襲した猫耳集団は、そのまま大和川沿いに南東に進み、大和川にも程近い所に陣を構えた。つまり、織田家と幕府に対して明確な敵対的な意思表示をしたという事だ。

 

「相良様」

「無事だったか?」

「はっ」

 

 そして、相良良晴は融和の雰囲気を漂わせていたにゃんこう宗が何故に突然態度を変えたのか心当たりがあったし、そもそもその可能性を考えてある事をしていた。

 

()()

「何?」

「けんにょを堺で()()した」

「……そういう事ね」

「そういう事だ」

 

 良晴は永盛を呼び、けんにょと情報収集のためにいた松平家一行を、予定通りに三河まで送り届けるよう命じる。

 それを横目に見ていた信奈は、1度目をつぶり小さく深呼吸をしてから、自軍に今後の事を伝える。

 雲1つない青空の下で、父親の後見は受けながらも尾張を統べるどころか6ヶ国の女王にまでなった主の言葉を、屈強な男達は聞き、そして勇猛な笑みを浮かべる。

 

 4日未明、にゃんこう宗を突如織田軍が奇襲を仕掛ける。

 急場の軍が精鋭達に(かな)うわけもなく、右往左往する味方を見て、部隊長はすぐに降伏を決断する。

 

「一方で、大和川は木舟が次々と打ち上げられてきている、か」

 

 良晴にとっては伊達軍が敢行し上杉軍が相手というのを考慮すれば成功したと言っても良い前例を見ていた川下り作戦であり、信奈にとっては聞いた事はあるが初めて実践するそれだった。

 織田軍にとっては初めての作戦を冷静に指揮した良晴は味方の大勝利に頬を緩めるが、彼の指示に最初は侮りながらも従った者達さえ好意的な眼差しには気づかなかった。

 

「進んでも良いのよね?」

「ああ」

 

 これまでの信奈の斜め後ろではなく、なるべく横につくよう求められる事に首を傾げながら、良晴は竜田峠を越えて、教興寺の戦い以来ぐらいの河内入りを果たす。

 本戦の初戦の大敗に河内のあちこちにいたにゃんこう宗の衆徒達は戦意を失い、敵の総大将が女の子だという事もあるが降伏する者が多く現れる。

 そんな彼女達を人質として監視をつけながら、織田軍は今の関西本線に沿うように進み、聖徳太子の建立と伝わる天王寺まで前進する。

 

「ここに本陣を構えるわ」

「はっ」

 

 再び中に引きこもる事に決めたにゃんこう宗に対し、織田信奈は本猫寺の出城の1つであり古墳でもある丸山城を接収して本陣とする事で刺激する。

 良晴は丸山の西側にある茶臼山という古墳に陣を敷き、また織田軍の一部は東岸を回って守口や野田などにも布陣する。相良衆はともかく彼らは数は少なかったが、猫を窮鼠にさせないようにわざとそうしていた。

 そして、布陣したと言っても、織田軍の水上での戦闘能力は北条家や伊達家と同じくらいで、本気で攻める気は無かった。本猫寺としても、苛烈な信奈だけではなく幕府さえ敵に回したとなれば更に攻撃を加えると危ない事になるのは目に見えていたので、こちらも籠るだけにする。

 なので、河内の柏原での大勝で小木江城の復讐を果たしたと自身を納得した信奈から、朝廷と幕府に和平の仲介を早速申し込む。両者としても、京の目の前で争われるのは嫌なので二つ返事でそれを引き受け、朝廷は関白・近衛前久(さきひさ)、幕府は細川藤孝が旗印になって交渉に入る。

 こうして、織田家と本猫寺の間で起きた戦いは、小木江城と柏原の戦いで終わり、平和が訪れるーーはずだった。

 

 織田信勝が謀反を起こさなければ。

 

 後に良晴は語る。

 織田家中の話だから、と言ってここで別れて京に留まるなりしとけばよかった……と。

 だが、良晴は織田信奈と共に馬を揃えて行く事になる。


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