相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第206話 足利家の話

11月1日

山城・鳥羽、北条屋敷

北条 氏良

 

 土岐頼次。

 それが久し振りに自分の手で天下を統べようとした将軍を、足利義輝公を炎の中に入れた大罪人の名前だ。

 ほとんど無警戒だった真夜中の京を集めた軍勢で堂々と進み、事前通告も、鬨の声も何もなしに新しく出来たばかりの二条城に突入する。そして、周りのがーどまんや町民が変事を知ったのは火が上がってからという手際の良さで目的を果たした彼女は、すぐさま軍勢を解散し、自身の足取りを忽然と消した。

 室町御所にまだいた足利義昭様や細川藤孝殿は無事であり、細川殿が義昭様の名代として色々と指示を飛ばし始めたが、将軍暗殺の動揺は激しく、鳥羽では商人の活気がほぼ消えるという形で現れた。

 

『桔梗紋の家を全て調べろ』

 

 土岐家の家紋である桔梗紋はその土岐家の支流が用いている所が多く、細川殿はそれらの家も協力した疑いがあると見て捜査を命じる。

 頼次の土岐宗家、彼女の父親が逃げ込んだ常陸土岐家、万喜家とも呼ばれる上総土岐家。この3つの土岐家の他にも、特に美濃国内には多くの支流がいて、そこの国主である織田殿は上からか下からかを少し迷ってから、上からの方に従うべきと判断して、彼ら彼女らを引き渡す。

 一方、事件には関係のない私達は、ひとまずは細川殿に命じられたように鳥羽にはいるが、その裏では色々と動いていた。

 

「まだ見えないのね」

「はい。御所の警戒も厳しく」

 

 足利義昭様。

 義輝公の妹ぎみであり、今回の事件では細川殿と共に難を逃れた……とされている御方。しかし、今になっても表どころか、御所の中でも姿を見せないとなれば、疑いが生じるのも無理はないだろう。

 手練れの風魔でさえも見えないという報告に、姉上は静かに「そう」とだけ呟き……家族や近い人ぐらいしかわからないぐらいの角度で()()()

 

「義昭様は姿を見せず、代理人と称して細川藤孝が幕府を動かしている。けれど、私達は今までの擁立された公方様ではなく、自分で幕府を動かす公方様を見て集った」

 

 一人言のような声量だけど、御姉様はしっかり話し相手を見ながら喋っている。

 

「義昭様はまだ幼い。成人するまでの中継ぎとして、私達を率いてくれないかしら?」

 

 足利の家名を名乗る3つの家の1つ。

 義昭様が残された宗家でもなく、阿波で病床に伏せている平島公方でもなく、2つの国と1つの郡を治めて元の場所に戻った鎌倉公方の足利良氏様。

 

「わかった。義昭様が現れるその日まで、代役として天下を統べるわ」

 

 人質として鎌倉にいた頃から比べるまでもなく明るくなった良氏様は、御姉様と同じような笑みを浮かべながら承知し、さっそく動き始めます。

 良氏様と話し合った後、良氏様の使者が室町御所で話し込んでいる間、御姉様と傍らで見ていた私は北条家と良氏様の間を取り次ぐ良晴とも話し合います。

 

「何かあったらすぐ連絡しなさい」

 

 御姉様はそう言いますが、風魔の小太郎から色々聞いている私は、今までの事からむしろ連絡が欲しい側だとわかっています。

 

 今までの事その1。

 良晴と共に九州から帰ってきた後、彼が小田原にいる時は他の家臣のように城下の屋敷にいさせるという事はせず、城内の自分の部屋の近くの空き部屋だった所に置きました。

 御姉様は「相良は多岐にわたる重大な案件を抱えているから」と言っていますが、でしたら良晴以上に相談されている幻庵様はなぜ城下にいるのでしょうか? それに、彼からではなく自分から彼の部屋に向かう時があるのは何故でしょうね?

 

 今までの事その2。

 九州から畿内を経由して関東に向かう航路、大きな船に乗った事のなかった御姉様は船酔いされ、船内で休まれました。そこまでは普通です。私でも、そうするでしょう。しかし、その休んでいる時の状況が何時もとは違います。

 船には布団一式があり夜はそれを使っているのに、何故それを使わないのでしょうか? 布団でなくても柔らかい椅子も積まれているというのに、なぜ良晴の膝の上で休んでいるのでしょう? 話し合うために、相手の膝の上に普通は乗らないでしょうが。

 

 今までの事その3。

 何故、恋物語を読み始めるようになったのでしょうか? 最近よく読まれている源氏物語や、和歌集を読んでいるのはまだわかります。私も読んでいますから。しかし『とはずがたり』など、言っては悪いですが主要ではない恋愛系の作品をよく読んでいるのは、ある考えを私達に抱かせるでしょう。

 

「何かしら、氏良」

「いえ、なにも?」

 

 そんな恐い顔で見ないでください。嬉しいのですから。御姉様が、ようやっと()()の恋に目覚めてくれたのですから。

 しかし、御姉様もとは良晴は凄い人。現当主、次期当主、そして北条家の武と顔触れも凄いですし。

 

「まあ一人……というより一家占めは難しいですけど」

 

 流石に北条家と言えども、日ノ本のその他の国々と戦っては武が悪いですし。

 御姉様がどなたを味方に選び、どなたを敵と選ぶか。じっくりと見させてもらいますね。


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