7月13日 朝
土佐 中村御所
北条 氏康
日ノ本は山の国であるというのを、土佐国がある四国は体現していた。
本州と九州に囲まれるようにあるその島は、その2つ以上に山がちな地形で、平野は1つの国に1つか2つぐらいしかない。
その中で四国の南半分を範囲とし外洋からの荒波を受け止めている土佐国は、やはりちゃんとした平野は中央の所ぐらいしかなく、更に国境はほとんど険しい山だ。ひとたび天気が荒れれば、孤島になってしまう。
「長旅ご苦労様」
「ありがとう」
その土佐国に乱立する武家の中で別格と見られているのが一条家であり、その家の当主が相良と砕けた口調で話している一条兼定である。
武人のように平時は鎧兜はおかしいからという理由ではなくこれが普段着だという風に藤の模様があしらわれた着物を来ている彼女は、母親が大友義鎮のおばであり、自分自身のおじが出雲で死した大内晴持だ。
一方、相良は晴持の養父・大内義隆の実子2人を預かり、義鎮とも良好な関係であり、土佐の北西の隣国である伊予に拡大してきた毛利家や北東の隣国である阿波国を領する三好家とも同じだ。
「……おじさん、で良いかしら?」
「……それ以外ならなんとでも」
相良は、2人の子供を預かる事になった政変で、巻き込まれた公家達を助けた。それで摂関家と呼ばれている家々にも好かれるようになったが、その摂関家の1つが土佐の一条家の実家である一条家だ。
そして、毛利家が支援という名の家臣入りを決めた
「じゃあ……お兄様?」
「…………義鎮だろ」
「ふふ」
父親を早くに亡くし遠縁の宗家の後見を受けながら育った彼女は、寂しさに加えて地元と京の文化に戸惑い『土佐の主』という誰
だから、兼定は相良に甘えているのだろう。あなたは家族ですよ、という思いを持ちながら。きっとそうだ。
「………………」
その兼定よりももっと不気味に感じるのが、土佐一条家の東隣に領土をもつ長宗我部元親である。
綺麗に短く整えられた髪と細い目だけを見ると美少年の武将と勘違いしてしまいそうなほどの姫武将は、私達が入ってくる前からずっと無言だった。
その長宗我部元親の視線が仇敵になってきているらしい一条兼定に向けられていたらまだ良かったが、彼女の視線の先にいるのは……。
「相良」
土佐一条家と長宗我部家の間の和議の調停を終えた後、私室で相良に問う。
「どうして初対面の姫武将からそんなに好かれているのかしら?」
「……兼定は家族の感覚だろ?」
「そっちはそうでしょうけど、問題はほとんどあなたに視線を向けていた長宗我部元親よ」
「ああ、彼女には好かれてないよ」
「……どういう事?」
「視線が冷たかった」
…………相良が長宗我部に恨まれるような理由なんて……無いわよね。大友家に味方した事なら私にも向けられるだろうし、むしろ南洋貿易で利益を上げているはずだ。それなのに?
そこまで考えた所で、外の侍従からその本人が相良に面会を求めてきた事が報告される。
「……もしもの時は頼む」
「土佐は遠いけどね」
「ええ……」
当主の目の前で家臣が殺されたら、復讐するのは当然の事でしょ?
何故か若干引いた相良は、表情を引き締め直してから障子を開ける。
「何故ですか?」
いきなりそう問うてきた少女の表情は、怒っていて、悲しそうだった。
「何故、織田信奈じゃないのですか?」
長宗我部元親という皮を被った少女は、刃先を相手の首筋に添えながら問うてくる。
「……土佐と美濃、か」
「京には五月蝿い鳥がいます」
「……確かにやりやすいかもな。けど、これは決まっていた事なんだ。変える気は無いさ」
「…………わかりました」
元親はごく自然に一騎打ちの時のように刀を鞘に収め、小さく溜め息をつく。
「今度こそ私と結ばれましょうね」
最後にそう言い放ってから彼女は頭を下げ、恐らくは自分の部屋へと消えていった。
最後まで、自分に突き付けられた何本もの刀に、目線どころか意識を向ける事は無かった。
そして、思えば私達にとっては誰かを元親に追わせておいた方が良かったかもしれない。
「予定通りにお願いしますね」
「わかった」
その二言だけの会話をしていたからだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
1 土佐一条家と長宗我部家は和議を結ぶ
2 両家は互いの戦役に介入しない
3 両家は土佐の守護が京に在している細川昭元だという事を認める。
4 両家は3の条項を他の土佐の家々に対して認めるように行動する
5 2から4までの条項について履行されているのを確認した場合、細川昭元ならびに彼の血筋である
6 浦戸の湊は土佐のみならず四国の様々な者達に開かれた湊であると認め、その湊の警備は双方が勤める。