7月3日 夕方
筑前・糠屋郡 立花山城
戦国時代より遥か前、律令が整備されたが、その時に二官八省の1つとして大蔵省が作られた。その大蔵省に仕えていた渡来人から帰化していった一族は、やがてその役職の名前を自分の姓にして『大蔵家』が興される。
中央政権の地位を巡って争う事をあまりしなかったからか、京で安定しながら脈々と血を受け継いでいき、平安時代の大蔵春実を迎える。彼は平将門の乱と同時期に起きた瀬戸内の藤原純友の乱の討伐で活躍し、戦後に太宰府に派遣されてそこに『原田家』として土着する。
原田家は源平合戦の時には平家方として活躍し、原田種直は平家滅亡後に鎌倉の扇ガ谷に幽閉されてから
また、原田系の分家の他にも、大蔵家からは少弐家に寄り添っていた江上家、蒲池鑑盛の正室の実家である田尻家、そして豊後の日田家などがある。
「………………」
立花山城の城主・立花鑑載は、その日田家の出身である。彼は、大友系の立花家がお家断絶の危機になったので、日田家から立花家に養子に出されたという過去がある。
そして、養父だが実の父のような関係だった立花
「………………」
「………………」
今、その過去が書かれた書状を、立花鑑載はずっと見ていた。その書状の宛先はもちろん鑑載で、宛名は……鑑光の粛清を命じた大友義鎮だった。
ただつらつらと粛清を謝る事が書かれ、鑑載が知りたかった理由もその中にしっかりと書かれていた。
「ままならぬもの、だな。血というやつは」
「人の欲望もまた
立花家は大友家の分家であり、鑑載に粛清直前に親善という子供が産まれたばかりで、活躍しているぶん疎まれていた。そして、家族を殺された直後のか弱き少女が、反乱を企てたとはいえ家族を殺せるだろうか。
「全ては盟友と信じあった我等が、裏切り者と信じた者達を討っただけの事。そして……御館様は我等の罪を被っただけ」
静かに言いながら、鑑連は自分の服を切り裂くように左右に広げ、鑑連の瞳を真っ直ぐ見る。
「遺言も残してきた。どうか拙者の首だけで
微かに眉をひそめた鑑載はおもむろに立ち上がり、近くに てあった刀を取る。
そして、躊躇う事なく彼は
「……面白くないな」
「元よりその覚悟ゆえ」
どすっ、と鈍い音が部屋に響く。
「俺は大友家の者ではない。強き者につき、弱き者を攻めるただの国人だ。失望したら、どんな時でも大友家を攻めるぞ?」
「その答えだけで充分」
「親善」
「は、はっ!」
「お前は豊後でお館様を守れ」
「承知しました」
「だったら提案だ」
立花鑑載と戸次鑑連。その殺気を出しまくる2人の老将の会話に平然と入ってきたのは、中年の吉弘
「親善殿の代わりに、うちの娘を立花殿の下につけてくれないか?」
「……武は良いのか?」
「西国無双と思うくらいにな」
「ほう」
父親の呼び掛けに答え、さっと前に出てきたのは凛々しい少女。相良良晴が推薦した事は知らない、闘気溢れる少女である。
「高橋
「……ふん、良い目をしている」
そして、立花鑑載は2つの書状を書き、別々に送る。
無事に届けられた2つの書状は、真反対の事が書かれていて、宛先の2人の少女も正反対だった。
2人の少女は同じように書状を出すが、一方は東に1通だけで、もう一方は南に5通もあった。
「本当に説得したのか……」
「本気という事がわかりましたな」
「うむ。出なければ武士の名に
「ははあ!」
そして、北九州ではなく南九州が動き始める。全てが北へと動いていく。
一方、防長からは吉川元春に次いで、2人の毛利家の者が海に出ていた。
「待っててね」
そのうちの片方の少女は、見えない九州の方を見つめながら微笑む。
こうして、7月3日は終わる。
敵味方がはっきりと別れた日が。