相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第185話 由布での話

7月2日 未明

豊後・速見郡 由布温泉のある宿

北条 氏康

 

 相良良晴が提案して、北条家が広めた『温泉街』という形は、海路を通じてこの九州にも広まり、財力のある博多を持っている大友家と琉球・大陸貿易をしている島津家は、それを実行した。

 豊後ではこの『速見の湯』が大友家繁栄の象徴として整えられ、見たところほぼ完成しているようだった。

 毛利家が動いて筑前が大混乱になった頃、その温泉街には公家と外国人が少数、地元の者が多数いたが、戦時下になって温泉街の自治衆の者達は箱根ではまだ使っていない力を行使する。

 つまり、武士は略奪などを阻止するために入らせない、という事を。

 

「商人、ですな?」

「ああ。武装しているがな」

 

 有馬晴信らはともかく私達は一応『関東の商人』という形なので、武装を解いた者達だけ宿に泊まる事が出来る。

 という事で、流石に安全だとは思うので晴信がまず武装領域の中に入り、次いで郡山衆の者達の進言で替えが効かない私と相良も入る事になり、最後に梅千代ら風魔も密かに入る。

 風魔が入った、と言っても、厳戒態勢の温泉街を刺激する訳にもいかないので、可能な限り遠巻きに見守らす事にした。

 

 だから、だろう。

 天井裏に梅千代が合図を出してくるまで彼女が近付いてきていた事に気付かなかったのは。

 

「状況は?」

「東から手練れ4人と素人1人。騒動は起きていないようです」

「……大友家の使者か? それでも、忍4人ていうのはおかしいな」

 

 あなたが言う事? と思ったのは、恐らく私だけではないだろう。

 早足でやって来た5人組は、私達が泊まっている宿の前で止まる。

 

「素人が息を整えている間に、忍達が何か話し合っています」

「晴信。俺達の宿を教えたのは?」

「……私の小従の長と、あなたの腹心です。それに大友家の使者に」

「…………大友家、か?」

「横から失礼します。打ち合わせが終わり、どうやら正面突破を選んだようです」

 

 微かに話し合う声が聞こえる。

 

「私達の後ろに。下手人達の為に御手を汚すわけにはいけません」

「だよな」

 

 ……相良も前に出るとはね。

 話し声は無くなり、隠そうともしない階段を駆け上がる音が代わりに聞こえてくる。

 そして、(ふすま)が勢いよく開け放たれて、提灯のあかりが部屋に広がる。

 

「相良良晴ね?」

 

 その提灯の横に佇む少女。

 相良ぐらいの年頃のその少女は、躊躇《ためら》いもなく相良に問う。

 

「……誰だ?」

「大友義鎮(よししげ)。貴方の()()よ」

「……はっ?」

 

 この女は何を言っているのかしら?

 ……大友の突撃とその言い分は(はぶ)くとして、相良はしっかりと拒否する。

 その間に早い朝が明け、突然消えた当主を探しに来た豊後府内の大友軍がやって来て騒ぎが起きる。

 そして、結果的にそれが良い事だったと思わせる出来事が、完全に明けた頃に西からやって来た。

 

 秋月家の夜襲により大友軍敗走。

 戸次(べっき)家の者など討死する。

 

 と、後に『休松の戦い』と言われる戦いの結果が舞い込む。

 まさかの敗戦に大友家は動揺するが、秋月家も突然動き始めた豊後国内の大友軍を聞いて「早くも後詰か?」と動揺しあまり追撃をかけなかったそうだ。

 

「博多奪還が遠のいたな」

 

 と相良が呟いた通り、事態は進む。

 大友軍敗れる、という情報が広がると、毛利軍との前線地帯である筑前と豊前の国人達は動揺し、大友義鎮が府内に帰ろうとしている間にも反乱が出始める。

 

「討伐を。……全部の討伐を」

 

 震える声で義鎮は命じるが、そんな状態では毛利元就には勝てないであろう。

 そして、その危惧は当たり、天下一かもしれない謀将によって、彼女は命の危機に晒される事になる。私達も共に、だが。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

7月2日 夕方

豊後・大分郡 大友氏館

北条 氏康

 

 当主の願いを受けて討たれるのを覚悟で由布温泉まで連れてきた忍4人は、大寧寺の変に巻き込まれ姉の目の前で殺された大内義長(大友晴英)の忍だったようで、相良は彼らから当時の事を聞き神妙な表情になっていた。

 一方、側に置きつつも弟の最期を聞いていなかった大友義鎮は、その弟が姉に遺した「僕は御姉様を弟殺しとは思っていません。僕は御姉様が大好きです」という言葉に泣き崩れる。

 その義鎮の命令により、忍4人の処分も厳重注意ですみ、今は有馬晴信が義鎮と肥前の事を話していたそうだ。

 私達はというと、太宰府から古処山城下を経由してここまでに至る強行軍の疲れを癒やすために、由布温泉の風呂に入ってから遅れて館に着く。

 

「後は私が晴信を責任もって送り届けるから、みんなは明日の堺行きの船で」

「ありがとうございました、()()さん」

 

 私と相良に向けて2人がそう言うけど、相良は物凄く不満げな表情だった。

 かくいう私も、ね。

 

「博多から小田原に行くことを斡旋してね」

 

 ……なぜ相良も驚いたのかしら?

 

「ありがとうございます!」

 

 晴信が飛び付き、私は抱き止める。

 何故か残った相良と義鎮が握手をし合う中、早速試される場面がやって来た。

 

「注進! 注進でございます!」

 

 毛利元就という老将が仕掛けた奇襲攻撃最後の策が始まる。

 

「本庄ら3将が府内で、佐伯惟教(これのり)が本拠地で、小原鑑元(あきもと)が本拠地と肥後で挙兵しましたぁ!」

 

 豊後国という、大友家のお膝元の国での反乱という形で。

 か弱い少女である義鎮は、限界を迎える。


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