6月18日
「宇山久兼、か」
「はっ」
忍からの報告に、一通りの尼子家の家臣の名前は覚えている元就は、その名の武将の性格などを思い出していく。
尼子家と同じ近江佐々木家から別れた名門の家であり経久、晴久、今の義久と3代に渡り仕えた老将で、主な戦いに参戦し主君を鼓舞する忠臣でもある。
「正面から崩そうとも難しいか」
となれば……。
「また1人で業を背負う気か?」
考え込んでいた老将は、いつの間にか自分の陣幕の中にいた若者に気付かなかった。
「その宇山なんとかを騙し討ちしようとしているんだろ?」
「……知っている歴史かの?」
「いや、2人からだよ。毛利家の悪い所を今も背負おうとしている事を心配した2人からの」
返事をしながらも、良晴は元就の前に座り込む。
「うちの主もそういう所があるからな」
「成る程の。北条の家はどうしてるのじゃ?」
「皆が……氏康の妹達や家臣達が自分で考え、自分で業を背負おうとしているよ。産まれながらの当主に迷惑をかけないようにな」
「確かに、北条殿はまだ子供。あの小さき身体に、この業は重すぎるからの。今からでもよい事じゃ」
「毛利さんは、確か兄の跡をだったけ?」
「ちと違うの」
毛利家がある安芸国は尼子家と大内家が衝突する場所となり、毛利家の当主である興元は大内方として動き回るものの、心労が溜まっていき、酒に走り、幼い子供を残して若くして亡くなる。
その興元の子供である幸松丸が跡を継ぎ、叔父・毛利元就と外祖父・高橋久光が後見人となる。
「幸松丸様はその名前の通り幸せに過ごしてほしかったのがの、あえなく病に倒れてしまったのじゃ」
若くして亡くなった前当主の息子に子供がいるわけもなく、後見人の1人だった元就が跡を継ぐ事になる。
この時、反元就の勢力によって「元就が跡を継ぐために幸松丸様を殺した」という噂が広がるが、元就はあえてそれを否定しなかった。
「自分に反する、ひいては毛利家に反する奴等を炙り出すため、か?」
「その通り。
それに久光ら高橋家も引っ掛かり、久光は戦場で幸松丸様の生前に、久光の息子の興光は叔父に殺させ、その叔父は儂が上意討ちした。久光の弟の本城も、石見銀山で討った。
異母弟で尼子家に擁立された元綱も自害し、桂や宍戸や小早川とは仲良くできたが、吉川とは遂に仲良く出来なかった」
「……そして、勢力を伸ばす毛利家を警戒していた大内家が滅ぶのを手伝い、毛利家のみならず間の家々の運命を左右してきた尼子家を滅ぼそうとしている、という訳か」
「その通り」
そりゃあ、尼子家の御曹司の1人を担ぐ再興軍を絶対に許そうとはしないよな……と、良晴は心中で納得する。
「北条殿はどうかの?」
「……因縁の相手が真っ直ぐな人だから、あまり氏康の代ではそういうのは無いな。元就さんよりかはまだましだよ」
「……輝元の代だとどうなるのじゃ?」
輝元の代、つまり2人の姉妹が率いる自分の死後の代は……。
「……最初の天下統一の後に吉川家も、小早川家も次の代を迎える。そして、次の天下統一の時に多くを無くしてしまう。最後の天下統一の時は、何も出来なかった」
「……そう、か」
元就は、思わず聞こうとした。未来を知る少年に、何をすれば良いのか? と。
だが、良晴の瞳を見て、それを止める。
「毛利家を頼みますぞ」
自然とその言葉が出て、驚く良晴を尻目に、老将は納得する。
目の前の少年は毛利家の運命を握れる天下を望まない天下人なのだ、という考えに。
そして、直後に開いた軍議で元就が明かした作戦に、内心では少し驚きつつも家臣達は了承し、それはすぐに実行される事になる。
「……良いの?」
思わず氏康が元就に聞いた作戦を。
対して、元就はどこか清々しい笑みを浮かべながら「これが毛利家よ」と返した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
同日 夕方
月山富田城城
驚いていた。
この時の城内の様子を一言で言えば、それに尽きるだろう。
「さすが尼子家の本城よ。隙がないわ」
誰が。
「力攻めは難しいのか?」
誰が。
「百回跳ね返されるわ」
誰が予想できただろうか。
毛利元就、吉川元春、小早川隆景。その3人が、いきなり城内に現れるとは。
「和睦を申し込んできた。通させてもらうぞ」
従者らしき少年も含めた4人が出す存在感に、混乱中の者達は立ち塞がれず、後ろからの声にまた驚く。
「……毛利元就か?」
「左様。お主は?」
「尼子義久だ。者共! 手を出すな!」
籠城戦の中ですっかり板がついた主君の声に、城内の者達は大人しく従い、代わりに恨み満載の視線を送るが4人はまるで反応しなかった。
「尼子家は近江の出であり、佐々木家の一族の1人である。それは間違いないかの?」
和議の会議中とは思えない空気の中、元就は早速切り出す。
「左様。その京極様の守護代として出雲の地に赴任し、戦乱の世を憂い、ここまできた次第。だから、お主に降伏するわけにはいかん。戦乱の世を終わらすのは私達だからな」
「されど、尼子家はすでにこの城のみ。どう逆転するかの? ここで儂らを殺せば、誰もついてこんぞ?」
「劣勢なのは確か。だが、この城を囲みはじめて何ヵ月も経つ。そろそろ前の戦いのような空気になって危ないのではないかの?」
だが、その希望は打ち砕かれる。
「東は陸奥から、南は大隅まで。そこまでの太平洋の湊が使えれば、さて何年持てるかの?」
嘘をついていない元就の瞳に、義久の瞳は揺らぐ。
「そちらの方が危機的なはずよ。食糧は後3日、宇山久兼が使っていた道を抑えれば……まずは肥えた肉からじゃの」
「お主ぃ!」
「動くな!」
固まった空気を動かしたのは、尼子家は従者だと思っている1人の少年だった。
「佐々木源三さんは知っているか?」
「……知らぬ」
「佐々木秀義さん。近江にいて、保元の乱や平治の乱で源
その四兄弟の3男である
その加地荘の加地家の主である上杉謙信と、渋谷を領する北条家の主である鎌倉公方の2人は、増えた領地を任せたい人材を募集しているらしい」
「……言いたい事はわかった。お主は誰だ?」
「相良三浦郡司良晴。幕府、公方、北条、上杉の4つの家の全権を任されている者だ」
半分は嘘だが、という良晴の心の呟きには気付かないほど、義久は動揺していた。
幕府、という2文字に。