相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第180話 尼子の話~前編~

6月16日

安芸・吉田郡山城城内

 

 1時間経って、ようやく相良良晴は目を開け、正座からの痛みに少し顔をしかめつつも立ち上がる。

 最後に目の前の墓石を見た後、良晴は振り返り、ずっと待っていてくれていた配下の者達と本丸への帰路につく。

 前の戦いを機にして大改造が行われた城は、小田原城の防衛の仕掛けに似ていて、更に落としにくい城になっている。

 

「ありがとう」

 

 城館への出入口の門に立っていたのは山崎の戦いからずっと良晴にべったりな小早川隆景だが、今回はすぐに飛び付くような事はしなかった。

 真剣な表情の彼女の後ろを同じような表情の彼がついていき、本丸の評定の間に入る。

 

「お帰り」

「ただいま」

 

 毛利元就から昔話を聞いていた北条氏康は、2人が帰ってきたのを機にして、それを切り上げる事にし、近習に体を支えられている元就もそれを了解する。

 氏康は良晴とあてがわれた屋敷に戻り、彼が毛利隆元の墓参りをしている間に決まった事を伝える。

 

「そうか。希望通りにか」

「ええ。向こうがどう動くかはわからないけど、毛利家は了承したわ。長く釘付けされたくないからだと思うけど。

 私達は元就の本陣の近くにいて、山崎のように戦闘には参加しないわ」

「わかった」

「……山崎に、今回の戦い。何故か相良といると、分け目の重要な戦いによく遭遇するわね」

「……気のせいだろ」

 

 翌日、毛利元就率いる毛利軍は再び吉田郡山城を出て、ある1つの城へと向かう。

 毛利家によって築かれた城である荒隈(あらわい)城でそこを守っていた吉川隊と合流し、城が築かれた目的である城の下に着く。

 

「あれが毛利、尼子、大内の3つの家にとって因縁深い月山富田城ね」

「ああ」

 

 名前は何度も聞いていたが見る事は無かったその城は、既に包囲されてから何ヵ月も経っているのにいまだに堂々とした風格を保っていた。

 1つずつ尼子方の城を潰していき、ここまで追い込んだ毛利軍だが、大内家を大敗させた防衛網は健在で、元就は早々に力攻めを諦め、兵糧攻めに切り換えていた。

 最初は降伏を認めず徐々に食糧が無くなっていく城内に閉じ込め続け、限界になってきたら降伏を認めるという戦法は有効に機能し譜代の家臣まで降伏してきているが、それでも支柱まで崩せないでいた。

 

「何故だと思いますかな?」

「……士気を保つには、食糧は必須。その抜け道がある、という所かしら?」

「ふむ、それがありましたな」

「だったら が探してくる!」

 

 元就の呟きに反応したのは父親や妹の代わりにずっといた吉川元春で、元就もそれを認める。

 元春は少しだけ父親からその後ろの方へと視線を流してから動き始め、元就はそれに気付く事なく小さく溜め息をつく。

 

「いけませぬな。耄碌(もうろく)してきておる」

「休まれる事は……」

「目の前の家族を卑怯な手で殺した尼子を滅ぼすまでは出来ませぬ」

「……相良、吉川殿についていきなさい」

「良いのか?」

「その方が彼女の士気が上がるでしょ? 早く行きたいし」

「わかった。少し借りるぞ」

「ええ」

 

 そして、元春に続いて良晴が立ち去った後、2人の主君はぽつりと一言ずつ。

 

「貰いたいですなあ、毛利家に」

「北条家の者だしあげないわよ」

 

 予想通りの返事を聞き横目で氏康の表情を見た元就は、愛娘達に思いを馳せる。父親に馳せられた一方の吉川元春はというと、静かにだが喜びながら歩き回っていた。

 月山富田城の周りに広がる森林をつぶさに調べ、獣道も含めて道があるか改めて調べる。

 普通なら元春は嫌々なのだが、この日は良晴が横にずっといてくれるので、その歩みは軽い。

 

「ほら」

「ありがとうっ」

 

 自分に差し出された手を掴み、それを使って溝を飛び越える。

 

「美味しいか?」

「ああ」

 

 自分が作った不恰好なおにぎりを、彼が美味しそうに食べ礼を言ってくれる。

 

「ここはどうだと思う?」

「ここか?」

 

 少し土がついている顔が、すぐ横にまでやって来る。

 戦場の中で女の子らしい体験をする、というのは元春にとっては効果抜群で、幸せな空気を振り撒き、吉川軍もそんな主の姿に癒されていた。

 そんな中でも、しっかりと目的の物を見つけれるのは流石であろう。

 

「城への隠し扉まで続いておりました」

「わかった。使っているのが誰の配下かわかれば報告しに 」

「はっ」

 

 確実に戦いの仕上げは迫っていた。


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