相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第177話 反乱者の凶報の話

6月4日

畿内

 

 たとえ狙っていた命を逃がしてしまったとしても、1度動かしてしまった事は最後まで面倒を見なければならないのが、武家の常である。

 恐らくは丹波へと消えた足利義輝・義昭兄妹へ三好軍から追っ手を差し向けつつ、義輝派の武将の領地を侵していく。特に、明確に3人衆と(たもと)を分かった松永久秀が領していた大和は、彼女の永遠の仇敵である筒井家が旗頭になり久秀と戦う。

 一方で、飯盛山城の三好義継の名前で、周りに次々と書状を出していき、新たな将軍が擁立された事を宣伝する。

 

 足利義(ひで)

 父親同士が争った義輝のいとこにあたる人物で、阿波にいた男である。

 だが、彼自身が病弱であり、また義輝に付いていた奉行衆の多くが勧誘を断ったのもあり、入京できずに摂津にとどまるしか無かった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

6月5日

畿内

 

 3人衆の耳に2つの凶報が舞い込んできたのは、夕暮れの前だった。

 片方は大坂から、もう片方は四国からだ。

 

 まずは、大坂ーーというよりかは、その地の唯一の主要な建物と言える石山本猫寺である。

 ほぼ女性だけのその寺に予期せぬ客人がやって来たのは、まだ陽が明けきらぬ時で、寺の前の川の湊に舟が現れてからだった。

 

「……本間さん、だよな?」

「……相良さん、ですか?」

 

 相良良晴ら現れるという情報は、すぐに本猫寺全体に知りわたり、同時に外部への箝口令がしかれた。

 

「そういう道筋だったのにゃ」

「ああ。戦に突入しようていう空気だったから、商人の姿をしていたらあまり疑われなかったよ」

 

 商人に化けて、猪名川を下る。

 その作戦は、戦時下に突入したばかりという時機もあり、ほぼ怪しまれる事なく成功し、三好長慶や足利義輝と良い関係を築き始めたけんにょの下にやって来る。

 

「よろしく頼む」

「わかったにゃ」

 

 がっしりと手を握りあった2人は、これからの作戦会議を始めたが、その最中に西から大きな動きの情報が入ってくる。

 

「……なんでだ?」

「「「…………」」」

「……?」

 

 良晴の呟きに、その部屋にいた氏康・義輝・けんにょの3人は彼の方を見る。だが、良晴がその意味を察する事は無かった。

 一方、良晴宛に手紙を送った小早川隆景はというと、その日の夕暮れには讃岐の地にいた。

 

「お待ちしておりました」

 

 讃岐西部、多度郡の本台山城という城で、彼女はその城と讃岐西部の主の歓待を受けていた。

 香川之景(ゆきかげ)という男は、内乱続きの細川家から自立をはかるが、その細川家を取り込んだ三好家に攻められ服属していたが、()()に来た彼女からの手紙にすぐに応じた。

 

「東讃の香西はどう?」

「色好い返事が来ております」

「だったらこの書状を」

「はっ」

 

 忠誠を試されている香川家が動き始めたのを見送りつつ、隆景は新たな書状を書き始める。

 

「誉めてくれるよね?」

 

 そう呟いた彼女の目は、あまりにも細く、近習は洗練された刀のようだと感じた。

 この毛利軍の讃岐上陸と、足利義輝らの本猫寺入りに、3人衆の戦略は大幅な見直しを迫られる事になる。つまり、本国・阿波への帰還と、本猫寺包囲のために兵士を割かなければいかない状態になったのだ。

 これで膠着したかに見えた戦線だが、翌日にはまた動く事になる。

 

「今度こそ保つぞ!」

『おう!!』

 

 六角軍、再上洛。

 それを切っ掛けに良晴を、3人衆を窮地に追い込む戦へと移っていく。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

6月6日

京・伏見

 

 本猫寺に着いた後、当然ながら義輝達は反撃のための作戦会議をしていた。

 味方は大和と丹波の松永姉妹のみだが、毛利軍の讃岐上陸によってそっちに振り分けられるのは確実で、その間に奇襲で京を、山城を奪還して、3ヶ国を結ぼうという路線になる。

 そして、その日ーー5日の夜には義輝と奉公衆、更に良晴と相良衆が密かに寺を出て、淀川左岸を突き進む。

 

「手際、見事だな」

「ありがとうございます。一重に土岐らのおかげですわ」

 

 そして、6日の朝に大和を事実上鎮圧した松永久秀と合流する。

 頼次がしていた興福寺の力削りは、ここでも効果を発揮し、久秀に挙兵したのは最初よりもだいぶ少なく、彼女は挙兵しなかった者達に彼らを任せて山城にやって来たという訳である。

 毛利軍と本猫寺に備えるために京から3人衆の軍が多く消えた事は、すでに確認していて、夜の暗闇に乗じて一気に突入するという算段だった。

 だが、この日の昼間に、巨椋(おぐら)池の(ふち)で待っていた彼らに、松永軍の忍が焦った様子でやって来る。

 

「京に大軍です!」

「……誰です?」

「隅立て四つ目です!」

「……飽きもせずに。宇治川は?」

「いません」

 

 その京の六角軍は、山陰道や山陽道の出入口を最優先に抑え始め、淀川水系を挟んで対岸にいる松永軍は二の次にする。

 それらの動きを整理して、松永軍の陣営で夕暮れに軍議を開く。

 

「まず、将軍様は本猫寺にお戻り下さい」

「……六角が狙ってくるか」

「はい。そうなると、こちらとしては義昭様を表に出さないと行けません」

「……わかった。だが、お主らはどうする?」

「私は大和に籠りますわ」

「だが追撃されるぞ?」

「問題はそこなんですよね」

 

 その2人の会話に割って入ったのは、やはりというべきか相良良晴だった。

 

「足止め出来れば良いんだよな?」

 

 と。


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