相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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2ー2 西国への旅
第174話 2つの中心での話


5月27日

京・二条城

 

 北条氏康は、この活気づいてきた町に2つの目的でやって来た。

 その内の1つが、今しようとしている事であり、今もう片方の主役が二条城の評定の間にやって来る。

 

「家としては100年以上ぶりであるな」

「お待たせいたしまして申し訳ございませんでした。ようやく、関東の不忠者が落ち着いてまいりましたので参上いたしました」

「よく言う」

 

 剣豪将軍・足利従三位左近衛中将義輝。

 相模の虎・北条従五位相模守氏康。

 2人の名将の対談はそんな兼ね合いから始まり、それぞれの従者達は、2人から出る緊張感に身を引き締めた。

 

「確かお主の高祖父が備中より上洛し、宗家の主である幕府執事の伊勢貞親と共に慈照院(足利義政)様に仕えたのが始まりだったな」

「左様です。その後、応仁の大乱が始まり、陳情に来た長保寺(今川義忠)殿と顔見知りになり、討ち死にした長保寺殿の嫡男である増善寺(今川氏親)殿を支え、駿河に身を移しました。

 そして、法住院(足利義澄)様を害そうとした茶々丸と伊豆の不忠者達を滅ぼし、将軍様の諫言を聞こうとしない鎌倉公方を抑えるために関東に侵出しました」

「それが物語か」

「事実ですが?」

 

 笑みを浮かべあう2人に対して、従者達のほとんどは冷や汗をかいていた。

 

「今回も将軍様の命に従い、関東が落ち着いてましてから参上いたしました」

「伊豆、相模、武蔵の3ヶ国の守護……それと、上杉謙信との和睦の条件、そして鎌倉から送られてきたのも一括して認めてほしい、という事だな?」

「さすが将軍様です。その通りでございます。伊豆は鎌倉公方様に献上いたしますが」

 

 一に、北条家は上杉家の上野・下野・常陸の支配権を認める代わりに、上杉家は北条家の相模・武蔵の支配権を認める。

 二に、三浦郡と下総・上総・伊豆は鎌倉公方の直轄地、安房は里見家、下野は宇都宮家、常陸は佐竹家の領土と認める。

 三に、唯一の鎌倉公方は足利良氏であり、唯一の関東管領は上杉謙信に養子に入る北条氏秀(上杉景虎)であると認める。

 四に、両家は公方様の室町幕府再興を支える。

 

 そして、足利良氏からの『提案』は、新しい鎌倉公方の任命権を返上する、という簡単ながらとても重要なものだった。

 

「もしも、もしもですが将軍様がこれらを認められないとなると、関東の戦乱は収まる事は無くなるでしょう」

 

 という氏康の言葉には、幕府の者達は顔を赤らめ、北条家の者達は逆に青ざめた。

 しかし、その一触即発の空気は、将軍の一言で霧散する。

 

「だろうな」

 

 と、将軍自身が認めたからだ。

 

「上杉謙信からも『共に実を拾える和平案であり、関東に、ひいては日ノ本全体に平和をもたらすものでしょう』と言ってきている」

「将軍様っ」

「これぐらいは良いだろう。それに、これからに備えて後ろを確固たるものにし、そして味方を増やしておくのも良い事だろう?」

「……さすが将軍様でございます」

「おだてても何も出ないぞ?」

 

 さすが将軍様というよりは、さすが細川藤孝でしょうね、とは会談直後の氏康の呟き。

 結局、北条氏康と上杉謙信が交わしあった和平案も含めて、全ての要望を将軍・足利義輝が追認するという満点の結果を得る事が出来た氏康は、城の間近の屋敷で一息つく。

 

「御館様。公家達から会いたいと」

「……どうせ目的は相良でしょ? 彼が出たらそれで終わるはずよ」

「承知しました」

 

 三条家、持明院家、二条家、万里小路家といった大寧寺の変以来の家だけではなく、二条家と共に摂関家と呼ばれている近衛家、一条家、九条家、鷹司家、そして小田原下向を考えている家など色々な目的の色々な公家達を、主に相良良晴が対処して、宴会も彼が自然と主導する事になる。

 だから、その翌日の朝は、珍しく良晴は起きるのは遅かった。なので、次に行く所のための着替えは忙しく行われ、その場所の主の母親は「お疲れだったな」と声をかけた。

 

「……ありがとうございます」

「どこにいても私の自由だろう?」

 

 急に良晴と話し始めた女中姿の女性に、例外なく彼の周りの者達は警戒し、郡山家の者達は鞘に手をかけるが、それは良晴に手で制される。

 

「ご息女様はどちらに?」

「いつもの所に。楽しみにしてたから、そんな他人行儀な呼び方はやめておいた方が良いぞ?」

「……善処します、正親町(おおぎまち)様」

『…………え゛っ!?』

 

 少し間が空いてから自分が身構えている相手が誰なのかわかった北条家の者達を横目に、正親町上皇はどこかに去っていき、良晴は歩き始める。

 御所の中なのですぐに問い詰める事も出来ず、険しい目で隣を歩く良晴をみすえ、彼の固い手の甲をつねるだけの氏康だが、いざ目的の場所に来るとすぐに私情は取っ払う。

 そして、すぐに始まった。当代の姫巫女様と、当代の北条家当主が語り合う会談が。

 

「御願いが2つあります」

 

 前口上の後、氏康がそう切り出す事で。

 

「じゆうにもうしてみよ」

「では。

 1に、いわゆる南朝についた故に朝敵とされてしまった相模二郎(北条時行)様のその指定の解除を。

 2に、北条家の武士の一部を北面武士として付かせて頂きたく存じます」

 

 その『提案』に、会談に同席していた公家達は驚くが、承久の乱以来京に恐れられている北条家の権威復興に妥当な動きだとわかったのですぐに納得した。

 それは姫巫女様も同じであり、少しの沈黙の後にそれを了承する。

 

「それと、はくもいるであろう」

 

 と、姫巫女様が付け加えた事に、氏康も快諾し会談は終わる。

 

「正五位下勘解由長官、か」

「……名ばかりだが、意味はあるか」

「ええ。勘解由使は地方の政に関わっていた役職だから、内政にもっと励むようにとの事でしょうね」

「そして、お墨付きも得れた、と」

 

 屋敷に戻った一行だが、一息つく暇もなく良晴だけがある武将に呼ばれる。

 

「断る訳にもいかないか」

「……行くの?」

「ああ」

 

 体をほぐし、良晴は出る。

 目的地は御所でもなく、幕府でもなく、ある公家の邸宅である。


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