相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

198 / 256
第168話 上野発の……話

4月12日

上野・群馬郡(群馬県高崎市) 箕輪城

 

 厩橋城の西北西、榛名山の南麓に箕輪城という山城がある。

 比較的最近に作られたその城に、成り上がってきた上野長野家が入り、長野業正が城主になると最大級の領土を持つに至り、西からやって来た武田家を防いでいた。

 しかし、業正が武田家に決定的な打撃を与えるまでに生き延びる事は出来ず、若年の業盛が継ぐ事になる。だが、ここで幸運な事態があった。

 

 武田義信の乱の結果、武田家から上杉軍が撤退する事になったのだ。

 

 西上野の棟梁格的存在だった長野家は、ついたり離れたりで衰退しないように上杉家と北条家に「見定める」と伝え、それに他の者達も付き従う。

 そんな中、北条家から今までとは違う内容を携えた使者がやって来た。

 

『上杉軍からの()()者を保護してほしい。礼に、貴方を西上野の頭領と認めよう』

 

 亡命者や離反者ではない事に疑問を抱きつつも、一連の戦を見て、上杉軍の御輿の死を知った業盛はそれに応じ、この日を迎える。

 そして、風魔に周りを守られつつやって来た『脱出者』に業盛は納得し、拒否らなくて良かったと心から思った。

 

「長野さんか?」

「いかにも。長野信濃守業盛だ。相良郡司殿ですな?」

「ああ、相良三浦郡司良晴だ」

 

 自分どころか父にも負けないのではないかというぐらいがっしりとしている良晴の背中には、水戸城の戦いで出来た沢山の切り傷が生々しく残っていて、兼盛は思わず喉を鳴らした。

 一方、長野家から渡された着替えに袖を通した良晴は、険しい表情のまま「虎千代はすぐにでも来る」と兼盛に言う。

 

「…………あ、ああ、上杉謙信の事か。しかし、北条家からここから先の脱出法などーー」

「主様!」

「なんだ! お客様の面々で……」

 

 怒ろうとした兼盛の声は伝令の後ろを走ってきた1人の人物を見た事で続かなくなり、良晴もその予想外の人物を見て固まった。

 

「お久しぶりでございます」

 

 その少女は、2人が川中島で最後に見掛けた時に比べると落ち着いた色の服を着ていて、心なしか大人びていた。

 

「武田家の『抜け忍』の()()昌幸です」

「…………そういう事か」

「そういう事です」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 躑躅ヶ崎館での4者会談の時、越後の上杉家と駿河の今川家は武田家の領土を通って本格的な貿易を行う事を取り決めた。

 今で言う観戦武官を派遣する事はあっても直接的には戦った事はない両家の貿易は、(とどこお)りなく始まり、そして続けられる。

 そして、その貿易は両家の軍師によって自分の忍の派遣の道としても使われ、武田家はそれを黙認していた。

 

「ですので、甲信を通っては上杉家の忍に見つかってしまう可能性があります」

「となると、あまりその道を通らない……天竜川沿いに進むんだな」

「はい。遠江に出ましてそこから東です」

 

 そこまで昌幸が話した所で、彼女の後ろに控えていた少女と少年が前に出てくる。

 

「お、お初にお目にかかります。今川様の家臣の家臣の西郷長丸です!」

「同じく家臣の家臣の瀬名三郎です」

「家臣の家臣?」

「はい! 松平家の家臣でございます!」

 

 少し筋肉質な長丸は、良晴に対して大いに緊張していた。名将と言われているのもあるが、今川義元から主君の松平元康を三河守に任じるようお願いし、松平家による三河支配を確立させてもらったからの方が大きかった。

 一方、より筋肉質な瀬名三郎も長丸と同じような思いを抱いていて、じっくりと良晴の動きを見ようと思っていた。

 

「まずは松井田城下で休み、碓氷峠を越えて小諸で休み、鳥居峠を越えて諏訪で休みます。そこからは天竜川沿いに南下していき、遠江に出まして、東海道を東に進みます。……このような予定ですが大丈夫ですか?」

「ああ、歩ける」

 

 そして、この日の夜には箕輪城を出て、松井田城下の宿で休む。

 翌13日、どこか緊張している西上野を西に歩き、碓氷峠を難なく越えて、信濃国内に入る。

 

「壊されてはいないのか」

「はい。もしもの時のために、それぞれの城に城代が置かれています」

「真田家の皆はどこに?」

「海津の城で川中島の整備を」

「……海津、か」

 

 関ヶ原で東軍につき90年以上も生きた信之に始まる松代藩の本拠地に移った真田家の事を案じつつ、良晴は昨日の夜に降った雨でぬかるんだ道を歩く。

 だが、旧真田本城の南にあり、かつては武田信玄と村上義清がぶつかり真田幸隆が活躍した砥石城の南のあたりである事が起きる。

 

「いたっ」

 

 長丸が足をくじいてしまったのである。立ち上がろうとするがすぐに顔をしかめたので、三郎が無言で妹を背負う。

 後少しだった今日の宿で兄妹を部屋に送った後、良晴は昌幸と話し込む。主に、上杉謙信の名前で周辺に出された『()()()()相良良晴の行方探し』の懸賞金関連の事だった。

 火傷を負ったとして顔を布で隠す事やあまり応対はしない事などを決めて部屋にもどると、三郎から長丸は明後日ぐらいから歩き始めれる旨を言われる。

 

「……昌幸」

「はい?」

「行商は伊那の谷もいるよな?」

「いますね」

 

 実直な長丸だと例え悪化したとしてもそのまま歩き続けるかもしれない、という認識は良晴も昌幸も一緒だったので、翌14日は伊那谷方面へ向かう商人を探し協力を約束してもらう事に性行する。

 そして、15日に驚く長丸を荷台に乗せて、3人が後ろを押しながら鳥居峠を越えて諏訪に入る。

 その諏訪での事だった。

 

 上杉謙信、高野山へ出奔。

 

 その報が飛び込んできたのは。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。