那珂川下流の右岸にある水戸城だが、河口にあるというわけではなく、左右に川が暴れた跡が広がっている。日本中の川の近くの城に見られるそんな場所は、やはり今日は住民はおらず、高めの山々に避難していた。
その1つ、川が流れていたが流路の変化によって取り残された跡の池は、三日月の形をしていて情緒があり、月見の場所として有名だった。
人が集まる所に商いあり、と言われるようにその場所にも店が開かれ、お茶やお酒、その肴を売っていた。
「……気付いたか」
その店の店主はとっくに大事な物と共に逃げおせ無人だったが、昨日の夜遅くから不法侵入者が根城にしていた。
その不法侵入者の1人の老人は、少し離れた所に見える那珂川で争いあう者達の中で上杉軍がこっちに向かおうとしてきているのを流れでわかり、1度周りを見渡してから右手を上げる。
その主の合図を見た商人姿の男は、すぐに足下に置いていた筒の導火線に火をつけ、そこから離れる。
周りにいた誰もが少しだけでも気に止める朝の花火が上がったのはその直後だった。
そして、時を同じくして、佐竹軍と伊達軍の集団の中でも声が上がる。
「あそこに今猿田彦がおるぞぉ!」
「上杉軍から逃げてきたぞぉ!」
その声に反応したのは、周りからやって来た者達を含む足軽達ではなく、やはり総大将の2人だった。
佐竹義重と伊達良宗は、すぐに忍にその真実を確かめさせに行かせるが、那珂川を渡る上杉軍の様子を見て、帰ってくる前に動き出した。
「父上! 任せました!」
「小十郎! 任したぞ!」
「わかった!」
「……承知!」
奇しくも総大将の2人が動き出した事で、本戦場の勢いは弱まっていくが、そのぶん三日月の池へと向かう3本の矢の勢いは増していく。
池を挟んで那珂川の反対側にある高台に避難していた住民達が気絶するほどの長距離走を制したのは特徴的な『笹』の旗印、つまり上杉謙信だった。
「良晴!」
東西南北に部屋がある茶屋に馬に乗ったまま突っ込んだ彼女は、北東の部屋にいた良晴を見つけて駆け寄る。
拐われようとした時に抵抗して出来た怪我ぐらいの良晴は、両手両足の縄が切られるとすぐに動き出す。
「私の後ろに……っ!?」
掴んだままの良晴の腕を引っ張り、自分の馬に乗せようとした謙信は、東からの殺気に身構える。
直後、ダダダダダダ!! と壁の向こうで連続して何かが突き刺さる音が響き渡り、壁が内側に破れる。
まず見えたのは馬の顔で、次は少女で、最後に少女の右手の刀だった。
「っ!」
上杉謙信は体を良晴ごと動かしつつ、迎撃に最適な場所へと動きつつ、畳に突き刺していた小豆長光を持つ。
交錯
佐竹義重はその感触に舌打ちしつつ、馬を翻して反撃に備えるが、敵は刀を横に構えつつ見てくるだけだった。
「相良」
「佐竹さん……」
「私の……私達の所に戻りましょう?」
微笑みながらの彼女の言葉に反応したのは、相良良晴ではなく謙信だった。
「
「……へえ」
ゆらっと、全員が感じれるほど、義重から怒気が上がった直後、謙信がやって来たのと同じ経路で小さな馬達がやって来る。
「相良!」
茶屋の建物の中では一番幼い少女が叫んだ直後、茶屋の外で睨み合っていた者達の一部は目撃する。
茶屋に飛ぶ
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……それで?」
那珂川の戦いが終わってからおよそ2時間後、江戸城にいた北条氏康は風魔に続きを促す。
「その炮烙玉は弓矢により迎撃されますが、茶屋の近くで爆発したため、相良殿なども巻き込まれました。
茶屋の近くにいた長尾政景らしき男が『休戦だ』と叫び、戦闘は停止し、茶屋周りの全軍で救助にあたりました」
風魔は語る。茶屋の中の被害を。
「3人を庇おうとした相良殿が背中を負傷し上杉軍の陣地に運ばれた他は、重傷を負った者はいないようです」
と。
そして、両陣営はそのまま休戦状態を継続して、それぞれに総大将が復帰すると、水戸城で話し合う。
その結果を北条家に伝えたのは別の風魔で、佐竹義重と宇都宮 綱からの書状つきだった。
「佐竹家と宇都宮家は今回の争いから手を退く。代わりに、小田家は攻めず、結城家も手を退く……ね」
つまり、主戦場は常陸からこっちへ移る。上杉謙信は当初の目的を果たして。
「そして武田の爺を頼む、か」
勿論よ、と1人答えた氏康の笑みは、小太郎さえも固まる冷酷な物だった。