相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第151話 関東甲信での話

9月7日

 

 天正壬午の乱。

 そう言われている戦乱は、中央では本能寺の変の直後から始まり織田政権の中で内輪揉めが表面化するぐらいまでの凡そ4ヶ月にわたり続いたが、その前後も色々とあった。

 例えば、武田晴信に追い出された小笠原家はそれぞれの立場から旧領奪還を狙っていく。例えば、その晴信から真田家に任された領域の1つが上州北部だった。例えば、晴信と輝虎が戦い抜き引き分けた所が川中島だった。例えば、織田家によって甲斐の者達が多く処刑された。

 

「そしてこの戦乱は東西を結びつけてしまった、か」

 

 例えば、徳川が織田家を頼りにしたために後に尾張が戦場になった。例えば、補給路遮断と援軍来れずというそれぞれの事情から決められた和睦は現地の者達の事情を無視していた。そして、それによって天下人と昌幸と北条家は結び付いてしまう。後に三者にとって、時間の差はあれど悪い結果に結び付いてしまう線が。

 そもそもそんな戦乱が起きてしまったのは、甲信上3ヶ国の最終的な主が謀反により亡くなった事による政治的空白だった。

 

「早雲様、父上、どうか北条家を見守ってください」

 

 その戦乱の事を未来から来た少年から聞いていた北条氏康は、越後での内乱前に届いた義信からの密書が来たとき、それを利用して過去を乗りきろうと、武田信虎さえ予想出来なかった事を考えた。

 祖父と父親が眠る箱根の早雲寺を参った彼女は、その寺の本堂で改めてそれぞれの将に自分の役割を書いた書状を送り、風魔衆の中でも小太郎を筆頭した最上級の者達によって運ばれたそれを見た者達はそれぞれの場所で改めて自分の役割を確認した。

 

「真田さん、私達はあなたの城を足掛かりにして入ります。貴方の子供達を攻め立てる事になりますが良いですね?」

「勿論でございます。ただし、あやつら武勇は無けれど知将と言える者達。甘く見ているとやられますぞ」

「わかりました」

 

 氏康の妹であり後継者に指定している北条氏良は、上州の沼田城で義信挙兵直後に味方に引き込んだ真田幸隆と会見していた。その城下で、氏照と氏邦の姉妹は配下の者達と話し込む。

 

「まさか親子二代で甲斐に敵として入る事になるなんてね」

「そうで御座いますな。父親の面目を晴らしましょう」

「だね。そして、あの人を……」

 

 氏康の義妹であり江戸城から動いた北条綱成は、相模の北限の津久井城を経由して甲斐に入っていた。彼女と間宮康俊がそんな会話をした直後、甲斐の奥の方から家紋がやって来る。

 表面上の動きとしては主にその2つだが、もう1つ裏で北条家が動いている所があった。

 

「御姉様のこの考えに相違は無い。もしあったら、私を煮るなり焼くなり好きにしてほしい」

 

 過激な事をさらりと言ってのけたのは、相模と甲斐の双方にとって隣国である駿河の首府を本拠地とし、北条と武田の両家に浅からぬ結び付きをもっている今川家の人質の1人である北条元規。

 史実なら北条氏規と名乗るはずだった彼女は、北条軍が甲信双方に侵入した直後から、今川家の軍を取り仕切っている太原雪斎に、姉から送られてきた書状を出し必死に交渉していた。

 書状の中身を見て、元規の真っ直ぐな瞳を見て、そして目を閉じ続けた老将は、ある決断をする。それは、今川義元の即決と北条氏康の若干の躊躇の後の承認によって形となる。

 

『武田義信の反乱とそれに乗じての北条家の甲信乱入は非常に残念で憂慮すべき事。されど双方の正式な家との関係は大切であり、我々の介入によって更に混乱する事は望まない。よって、この戦乱には介入しない』

 

 武田と上杉それぞれの双方の勢力から注目され援軍要請が来ていた今川家がその声明を出したのは、氏康の承認から少し経っての事だった。

 そして、その頃には北条家と武田家の戦端は開かれていて、上州の利根川両岸と上州最西端の鳥居峠が戦場になっていた。

 

「も、申し訳ございませんっ!」

「良い。挙兵も突然だったしな」

 

 そう、上州()()が戦場になっている。

 相模に侵入した北条綱成率いる軍を、小山田家当主であり同調した者の1人である信有の妹・信茂が迎撃するために送られたが、急に反転し信有がおらず、更に油断していた岩殿城を占領したのである。

 壬午の乱通りになっているとは知らない義信達だが、もちろん備えなければいけないので、少なくない数を小山田領との境界に配する。

 一方、戦場になっている方では翌日になって大きな動きが起きた。

 

「鳥居峠、そして急造した上田城。その2つで妹達からの攻めをここまで耐えきるなんて、真田家は侮れないわね」

「では、私が行ってきてもよろしいですかな?」

「ええ。さっきの言葉で良いでしょ?」

「……」

 

 8日、北条軍に少なくない被害を与えた真田昌幸と幸村は、父親からの降伏勧告に応じ、北条氏良と和する。

 戦後、普通ならば守っていた城からの退去を促されるものだが、氏良が「これほどまでの戦巧者一族を無下にするわけにはいかない」とし氏照・氏邦姉妹も同じような意見だったためそのままとなる。

 

「北条家のために粉骨砕身して働かせてもらいます」

「こき使うからよろしくね」

『はっ』

 

 ただし、川中島で挙兵した義信達に攻められないためとはいえ他の真田家を追い出し、北条軍に少なくない被害を与えた真田昌幸と幸村の両者は家からの追放処分とされ、氏照の下につくことになる。

 そして、北条軍がこの真田家を足掛かりにして佐久・小県の両郡を制圧してくると、諏訪を守っていた山本勘助が同盟を要請し、氏良は即座に承認する。

 

「南から北条軍、北から上杉軍か」

「殿……」

 

 川中島・海津城。

 北信の重要拠点に詰めているのは、義信を動かしたと言っても良い飯富虎昌であり、彼にはほぼ同時に南北から敵が迫ってきていた。

 しかし。

 

「まだ大丈夫だ」

 

 彼には笑みがあった。




引っ越しとその後のゴタゴタでこのような時期になってしまいました。申し訳ございません。

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