相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第141話 菩提山と堺での話

7月9日 昼

美濃・不破郡 菩提山城

 

「このような小さな城に、美濃の旧主の娘殿と軍神殿がやって来るとは天変地異の前兆か?」

 

 白面長身の男。

 細身の体を浅い黄色の木綿の服でまとい、長い目で城門の前にアポなしでやって来た者達を見下ろす。

 

「ここの城の主である竹中半兵衛重虎殿に会いに来ました」

「半兵衛とは俺の事だが?」

「……はい?」

 

 思わず、頼次は声をあげた。

 家臣の1人かと思いきや城主が城門の前をうろついていました、というのは余り聞かない事だ。

 だが、確かに当主という雰囲気が目の前の男性から感じ取れたので、彼女は非礼を詫びようとする。

 

「あんた、半兵衛じゃないだろ?」

 

 その前に、じーと男を見つめていた良晴が声をあげる。

 

「何を言う。俺こそが竹中半兵衛だ」

「いや、違うな。あ…土岐さん曰くあまり姿を見せないというのがもっぱらの噂だし、それに陰陽師の始まりは安倍晴明さんだろ? 狐と関わりを持ってる、な」

「……これが『今猿田彦』という少年か」

 

 そう呟いた男の顔には、いつの間にか白い毛が覆い、まさに狐の顔となっていた。

 

「見た目より聡明な少年のようだな、相良良晴」

「うるせえ。あんたの本当の名前は?」

「前()という」

「……狐なのに?」

「……そういえばそうだな」

 

 考え始めようとした前鬼の思考を遮ったのは、彼の後ろの城門の近くの茂みが動く音だった。

 

「怖くない人……ですか?」

 

 大きな黒みを帯びた瞳を長い睫毛と、栗鼠(りす)のような印象を抱かせる少女が茂みから葉っぱを所々につけて出ていた。

 誰? と5人は首を傾げるが、前鬼は振り返りながら「怖くない人たちですな」と言葉を返した。

 

「ほんとですか? ……えい」

 

 少女は、おもむろに腰の刀を抜いてぶん投げる。

 

「おっと」

 

 その目標になったのは良晴だが、動体視力はこれまでの戦で鍛えられてきたので、避けるばかりだけではなくしっかりと鞘を掴んでいた。

 その行為によって2つの方向から殺気が放たれ、少女はすぐに前鬼の後ろに隠れる。その彼女に目線を合わせたのは、刀を自分の右斜め後ろの地面に差した良晴だった。

 

「俺は相良良晴。君が竹中半兵衛が良いか?」

「……はい……わ、私が、竹中半兵衛重虎です」

「急だが半兵衛に助けを求めにきた」

「た、助けですか?」

「ああ」

 

 半兵衛と同じ視線で、良晴はさっきの事はまるで無かったように、畿内で起きている事を話す。

 彼女も段々と前鬼の後ろから体を出していき、良晴の話を聞き終える頃には、左手で前鬼の服の袖を掴んでいるぐらいになっていた。

 

「三好さんにそのような(あやかし)が…………」

「ああ。半兵衛は凄腕の陰陽師だと土岐さんから聞いている。このままだったら、また畿内が混乱するかもしれない。だから、一緒に、来てくれるか?」

 

 真剣な瞳だが優しい笑みを浮かべながら良晴は言い終え、半兵衛は少し呆気にとられる。その後、彼の斜め後ろに控える殺気を向けてきていた2人の少女の方を見るが、頼次も輝虎も殺気はおさめて区別がつかない感じの笑みを浮かべるにとどまっていた。

 そして、良晴的には待ったという感覚が浮かばなかったほどの間に、半兵衛を結論を出して、彼を見上げる。

 

「行き……ます。その狐をやっつけます」

「! おうっ、よろしく頼むな」

 

 そして、目にかけていた竹中半兵衛が畿内に行くことはその日の間に蝮の耳にも入っていたが、出奔とかではないので見逃す事とする。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

7月10日 朝

和泉 堺、小西家

 

 北条家、博多、そして島津家。最近はその3つと重点的に交易し、小田原の娘から色々と情報を入手し、京の情報も手に入れている小西隆佐は、目の前の少女が北条家の交易の船に乗ってやって来た理由をすぐに理解出来た。

 天候の具合で夜が明け始めた直後に港に着けたその船から降りてきた時と同じ久方ぶりに見た地味な道服姿の千利休は、少し前になかば押し掛けるようにやって来たのに快く迎えてくれた彼に礼を言ってから、単身で帰ってきた理由である相良良晴の事を聞いてみる。

 

「京の方曰く、三好家に蔓延(はびこ)る妖怪の討伐を土岐殿から頼まれて快諾したようです」

「へえ……あの女狐が。今日の動きは?」

「そこまではわかりまへん。ただ、事の性格上すぐに動き出してると思はります」

「……三好兄弟が亡くなったのは岸和田城と久米田。三好義興は芥川山城で亡くなり、細川氏綱は淀城で、細川晴元は普門寺城で、そして三好長慶は飯盛山城で病に伏している、だった?」

「左様です。三好家の重臣達も、飯盛山城に来る回数が一際多くなっておりますわ」

「ん」

 

 そして、隆佐は見た。

 

「という事は畿内にはいるわけ、ね」

 

 そう呟いた利休が、暗く笑っているのを。


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