7月8日 朝
京 二条城
上杉 輝虎
まだ太陽が出ていない頃に小浜を出て、鯖などの海産物を運ぶ道を辿って、鞍馬寺の前を通り、将軍様が新しく建てられたこの建造途中の城にやって来た。
普段なら“けがれ”を背負う武家が城を建てる事に反発する京の町人達も、相良のおかげで協力はしないが手伝いもしないという状況なため、順調に進んでいるらしい。
そして、門番に行人包を外しただけで通され、私達はいの一番に作り上げた将軍様の執務室に向かう。
「上杉弾正少弼輝虎、ただいま馳せ参じました」
「うむ、入って良いぞ」
中から返事が聞こえてきたので、私は真新しい襖を音を立てないように開ける。
『良晴っ!』
私に見向きもせず、2人の小娘が私の両脇を通りすぎ、私のすぐ後ろにいた良晴の腕にそれぞれ抱きつく。
「兄じゃがっ、兄じゃがっ!」
「…………」
鉢巻きを巻いた少女は良晴を見上げながら
小さな声で何か呟いた良晴は、腰を少し下ろして、よく似た顔の2人の少女に目線を合わして「頑張ったな」と一言。すると、今度は2人の少女は大声をあげて泣き始め、良晴は2人まとめて抱き締める。
「見苦しい所を見せてしまいました」
先に回復したのは 色の髪の少女の方で、まだ涙の跡を残しながら私を見上げてくる。
「私は毛利陸奥守元就様の次女の小早川左衛門佐隆景」
「長女の、吉川治部少輔元春じゃ」
「……毛利両川、ね。良晴に助けられた」
「…………その通り。あなたも?」
「ええ。鎌倉と川中島で、ね」
兼続ぐらいの年頃の少女も、良晴は1人の女性と見て助ける。それは誇らしい事なんだけど、私
2人の事を黙っていた将軍様と、隆元殿に拾われたという外交僧の恵瓊殿にも挨拶してから、最近の畿内の事などを聞く。
「
「うむ。病自体はそう珍しくないものばかりであるが、どれも名医の
良晴曰く「
そして、その三好家の家臣であり、良晴と同じく未来からやって来て、私達より前に良晴と一緒にいたのがーー。
「土岐美濃守頼次、ただいま馳せ参じました」
「入って良いぞ」
源氏の名門・土岐家の跡継ぎ娘であり、土岐家始まって以来の名将とうたわれるまで活躍する少女である。
蝮と好色漢からの忍の襲撃も切り抜け、三好家と将軍家の間もとりなし、小笠原殿の意識を替えた彼女は、将軍様、次いで毛利両川、そして私達に順々に挨拶をしてくる。
「急な申し込みだったが何の様だ?」
「三好家と細川家を覆う災厄について、
の良い土岐殿の発言に、部屋の空気が変わる。さらりとした感触から、どろりとした感触に。
「…………して、その正体とは?」
「……その前に、四国にはいない生き物をご存知でしょうか?」
「むっ。四国にはいない生き物?」
「はい」
「…………」
家臣が自分の主の主の主に問題を問いかける。それは、あってはならない事なのに、まるでそれが普通だというように将軍様は考える。
矢張わからん……と一言呟いてから、自分の隣で微動だにせずにいた少女に視線を向ける。
「狐、でございます」
細川家の分家の一員である藤孝殿が、視線をより鋭くしながら、土岐殿に向けて答えられる。
「……まさか」
狐と病。それを結びつけて出てきたものは、誰もが一緒であり、そしてそれが土岐殿と松永殿が辿り着いた答えだった。
「犯人は妖狐。動機は、狸を引き連れてやって来た三好家と、三好家に擁立される管領様、そして四国出身の前管領様への制裁と見られます」
「……その狸は、確認されているのか?」
「土御門有
そうか、と将軍様は呟く。
「そこまで確認したのなら、美濃守の仮説は正しかろう。お主は我に何を望む」
「朝廷を介して陰陽道の助けをそれとなしにお願いします」
「それとなしに、か?」
「はい。いまだ朝廷には三好家を嫌う勢力もおります。京とその周辺の整備によって、予算が減らされた所もありますし」
「朝廷からなら、彼らのやる気も上がるという訳か。だが、美濃守達に討伐者はおらぬ事になるぞ?」
「それに関しては、一応の目星をつけました。狐に関わり、けれども京の陰陽師とは一線をかす者を見つけれましたので」
土岐殿の微笑みを見て、将軍様は小さく息をついて「ならば良かろう」と、その者の正体を探る事なく承認する。
「では、その者を口説きにいく準備がありますので」
そう言い、私達にも挨拶をしてから土岐殿は去る。
細川殿に朝廷と陰陽師に関する事を命じ、すでに用事は済ませていたらしい毛利両川と恵瓊殿も出ていき、将軍様は私達と話す。
改めて私に寄り道をせず真っ直ぐ関東を征す事を命じ、良晴には人質の身という微妙な立場だが私になるべく尽くすよう言い渡す。
「商人が京を出るまでは、花の御所に泊まれば良い」
「ありがとうございます」
だが、すぐにそこに行くことは出来なかった。
「お待ちしておりました、御主人様」
土岐頼次殿。
彼女が良晴を崇めるような瞳で見つめていたからだ。