相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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2ー1 上杉家での話
第137話 城の書斎での話


7月6日 昼

越後 春日山城

 

 相良良晴、上杉輝虎に捕らえられる。

 そのビッグニュースは、彼が捕らえられた5日の夜には既に伊達家、甲信越、常陸、北条家……と広い範囲のそれなりかそれ以上の武将達の耳に入っていた。この日の夜までには、東海地方や畿内にも及ぶが、5日だけでもその衝撃は大きかった。

 特に長大に上杉軍と対峙していた北条家と、伊達家と良晴のおかげで輝虎の襲来が無くなった佐竹家の衝撃は大きく、前者は当主の姉妹が、後者は当主とその父親が大小あれども動けなくなったほどだった。

 復活すると動きは早く、佐竹義重は河越城の北条氏康に自分の忍を送り、氏康は彼女からの越後共同潜入作戦に承諾の花押(サイン)をして、その写しを甲斐に送る。夜遅くにも関わらずその写しを受け取った武田晴信は、すぐに花押をする。

 

「はじめましてでござる」

 

 6日未明には、川中島に高速で集まった忍達が互いに対面して、その中には一夜かけて会津から山々を走ってきた少女もいた。

 越後は戦時体制なので、彼らは街道ではなく戸隠山や妙高山といった山々を抜けるルートを行くが、春日山城に近付くほどに警戒が密になってくる。それでも、見つからずに決めていた所につけたのは、互いの主や家からの圧からだろうね、と後に会津から来た少女は同僚に語ったという。

 

「ここが春日山城に通じる道」

 

 丁度、一応の護衛と監視はされつつも馬に乗った良晴と輝虎が城に通じる門の1つの道に着いた所だった。

 越後でも断続的にあった雨で水かさがいつもより少し増している蓮堀には、名前の由来になった蓮がポツポツと咲いていた。

 その堀に架かる橋を渡りきった先にある坂を登ると、黒金門という重厚な門があり、そこは顔パスで通る。門を抜けた先に輝虎の家臣達の屋敷の前を通る道があり、本丸に対する防御策の1つでもあるその道を馬で行く。

 最後に直江親子が普段は住み、今はもちろん家人以外は留守中の直江屋敷がある郭を通り、更に登った先に見えるのが護摩堂で、右に曲がれば諏訪堂と毘沙門堂があるが、目的地は本丸なので真っ直ぐ進む。

 

「お帰りなさいませ」

「ただいま」

「相良様もようこそお越しくださいました」

「あ、ああ」

 

 くす、と赤色が映える唇から少女の笑い声が漏れる。

 それに気恥ずかしさを覚え視線を少し上にしながらも、良晴は歩き始めた輝虎の後ろを歩く。日ノ本にその名を轟かす城の本丸は戦時とは思えないほど緩く、言われなければわからないほどの空気だった。

 輝虎が良晴を連れて歩いた先は書斎にあたる部屋だが、すでに机などは片付けられ、畳だけが部屋にあった。

 

「座って」

 

 この城の主人は女の子座りに、その主人に捕らえられた形の少年も胡座(あぐら)をかいて座り、人1人分のスペースで向かい合う。

 

()()は基本的にはこの書斎で過ごしてもらう事になる。私も時々使うから気を付けて。食事や着替えは運ばせる。出ていいのはこの春日山城の門の中だけで、外は出たら駄目。……後は何かある?」

「……特には無いな。こことは関係無いけど、関東での和平はどうなるんだ?」

「もう実行に移してる」

「そっか」

 

 喋りあっている間、輝虎と良晴はずっと見つめあったままだった。というよりかは、赤い瞳が目の前の茶色い瞳を寸分たがわず追いかけている。

 良晴の言葉で固い話が終わった空気が漂うと、戦時に履いている膝までの黒い長靴は脱ぎ代わりに同じく黒い足袋(たび)で覆われた足を使って輝虎は彼のすぐ前まで近寄り、足と同じく陶磁器のように真っ白な手を肩の上に乗せる。

 

「まだ言葉で伝えれる勇気は無い。そんな弱いわたしを抱き締めて、甘えさせてくれる?」

「……ああ、もちろん。輝……虎千代はずっと1人で色々と抱えてきた強い女の子だからな。それにあう対価も必要さ」

「ありがとう」

 

 輝虎は愛しい人のがっしりとした背中に腕をまわし、良晴もこの世界でも数多く見るどこかが弱い少女を抱きしめ返す。

 久しぶりの暖かい人肌に触れた彼女の心は落ち着き、いつしか柔らかい笑みを浮かべながら寝息をたて始める。

 

「入るぞ……うぉ」

 

 かつてないほど穏やかな笑みを浮かべて無警戒丸出しで寝ている主を見て驚いたのは、会津の黒川城から軍勢を引き連れて帰ってきたばかりの宇佐美定満だった。

 長身で総髪(ポニーテール)の男は、自分と直江大和と共に育て上げ『義』という物に縛り上げてしまった少女の穏やかな寝顔をじっくりと静かに見てから、やっと彼女をそういう風にした良晴の方を見る。

 

「虎千代はお前の事が好きだ。何人も女を侍らしてきた俺が見ても深すぎると思えるほどに。お前は鎌倉でこいつの心を溶かし、川中島の一騎打ちでがっしりと掴んだ。それが無意識だとしても、な」

「……けど、俺は北条家の武将だ」

「わかってるさ。それが本気だという事も、な。だが、お前は色々な女の罪を許し、心を救ってやった。女っていうのはいつでも夢を見るから、お前に惹かれたんだ。その顔つきを見るに、修羅場を何回も経験してるだろ?」

「……ああ」

「そして、その修羅場さえもお前は女が更に自分に惚れるような結果にさせてしまう。天然ほど最後の結末が怖いのは無いが、覚悟をして助けているのだろうな?」

「もちろん。前に経験してるから」

「その若さでそこまでか。……虎千代が狂ってしまうと、越後はまた内乱続きの世界になってしまう。だから、お前を出来る限り支えさせてもらうぜ」

「わかった。……ええと」

「宇佐美定満だ。信濃に近い城の城主さ」

「よろしく、宇佐美さん」

「よろしく、そしてようこそ、相良良晴」


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