7月5日 明け方
越後・
北条 氏照
「どこも開かず、か」
数に物を言わせてやってみた揚北衆の主要なやつらへの降伏勧告は、やはりどこにも無視された。
わかっていた結果なので、城門を破壊して近くの巨石を置いたりして嫌がらせしつつ、荒川を目印とする防衛線を圧倒的な兵力差に降伏した小城で構築していき反撃に備える。
その間に、合流分も含めて1万8000人になった兵力の半分以上である1万人の本体は、阿賀野川沿いに布陣する輝虎達を警戒しつつ昨日になって
「ククク。白龍も驚いてるだろうな」
いや、梵天丸以外の全員が驚いたと思うわ、と言いたかったが、爛々と輝く瞳を見てそれを止めた。
「陸奥守様」
会津を任せたもう1人の忍が降り立つ。
「黒川城にて伊達家と蘆名家の和平が成立。蘆名家は上杉家との同盟破棄、猪苗代家の帰参、ぼ…良宗殿の家督継承を認めました」
「……盛隆さんの事は無し、か」
「はい」
まあ、これで帰れる算段がついただけましね。
そんな事を考えながら、もう1回寝ると、夢を見る直前に周りが騒がしくなったので、それに起こされる事になった。
「久しぶりにゃ!」
御姉様が京に使者を出してから凡そ2週間。主旨が似通っている梵天丸がばらまいたそれと合わさった返答が、南下した主たる理由である新潟津にやって来た。
京から加賀までは陸路、加賀から能登の
しっかりとした船から身軽に降り立ってきたのは、あいにくの曇天だがそれでも輝いている桃に似た色の髪の上に同じ色猫耳をつけ、猫の尻尾もつけている、大きな
「えぇ……」
「加賀や越中の者達への のついでにゃ! 別に越後に来たかったからとかいう他意はないにゃ!」
「けど、目の前……ではないけど近くにお前を目の敵にしているかもしれない少女がいるんだぞ?」
「鉄砲食らっても大丈夫にゃ!」
…………。
「相良。この娘は誰?」
「……良いか?」
「もちろん!」
「にゃんこう宗の当主のけんにょだ。教興寺の戦いの時に世話になった人さ」
北条家、伊達家、そして佐竹家。どや顔を浮かべている少女の正体に、相良の話が聞こえていた者達は大声をあげて驚く。
私はというと、少しは驚いたけど、相良が関わった者だからという認識が働いて声をあげるほどでは無かった。
「これが将軍からの返事にゃ」
渡されたしっかりとした紙。
そこには、以下の事が書かれていた。
壱 余は上杉輝虎に遠回りをせずに直接、関東を制していく事を命じる
弐 偏緯を無くす、という事はこれまでも、これからも無いことであり、そのような事は出来ない
参 伊達良宗に対してはその名乗りを認めず、同じ音だが『義宗』と名乗る事を命じる。これに従わない場合は、伊達家への奥州探題などの任を解し、代わりに蘆名家にその役職を任ずる
肆 北条家はその一族の誰かを上洛させよ。さすれば、伊豆・相模・武蔵の守護に任ずる。
伍 鎌倉御所の主については、共に武士であるので、戦で決着をつける事を望む。なお、戦とは野戦でも攻城戦でもどちらでも良い
……ふーん。
「強気だな」
『強気だにゃ……むっ』
米沢と大坂の猫が張り合っている間に、私達は当主についてきた少女から将軍の強気の訳を聞く。
要約すれば、将軍と協調関係に転じようとしている三好家が当主の長慶の嫡子だった義興が若くして病死し、長慶がショックを受けた所に争いあった元主君の細川晴元と現主君の氏綱が相次いで病気にかかり揺らいでいる。なので、その三好家が支配し戦乱前の活気を取り戻しつつある畿内を狙おうとする輩が出てくる。となれば、久しぶりの平穏が危うくなる。ならば、全国から注目されているこの騒動、強気に出なければ……。
「そして、相良さま」
「は、はい」
「貴方が神流川と川中島で軍神を完勝に導かなかったその手際。それを
「……承知したと伝えといてくれ、細川さん」
「はっ」
1つ息をついた相良は、取っ組み合いを抑えられている2匹の雌猫の片方に言う。
「撤退しよう」
と。
けれども、それは少しだけ遅かった。
「上杉軍本隊、笹岡城を通過しました!」
龍が、やって来る。