相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第131話 大森城下の話

6月28日 夕方

陸奥・信夫(しのぶ)郡 大森城(福島市)

 

 伊達家の発展の基礎は、主に郡単位の領主に自分の子供を養子として送り込み、時間をかけて取り込む事だ。それは、厳しい土地柄から成人になれる確率が低い陸奥で有効な事だ。

 その基本路線は、伊達家の今の当主である輝宗も、その父親である晴宗も変えようとせず、それを実行した。だが、古来の地にはそれをする理由はない。

 

「遠方からようこそお越しくださいました」

 

 長兄と自分の間の兄(大崎義宣)は天文の乱直後に殺され、下の弟たちはそれぞれ葛西家《葛西晴清》、梁川家《梁川元清》、亘理家《亘理元宗》に出され、そして自分が天文の乱の発端になったと思っている伊達実元は、家名由来の地があるこの郡の主を任されていた。

 一人娘を米沢の地に送って相馬家などの動きを監視していた彼は、上杉軍の会津侵入に始まるどたばたの佳境を迎えているなと考えつつも、南方からの使者達を歓待していた。

 

「佐竹家使者代表の小貫(おぬき)佐度守頼久です」

「北条家使者代表の北条陸奥守氏照だ。左京大夫(輝宗)殿はどこ?」

「本丸の方でございます。すぐにお会いになりますか?」

「もちろん」

「ではご案内致します」

 

 細かい所まで知り尽くしている大森城内を先導しながら、彼は北条家がここまで攻めてくる可能性を考え、やがて佐竹・蘆名の動き次第だろうと結論付ける。

 一方、のほほんとした文章で長い周期の輝宗との文通を耐えてきた氏照は、ようやく輝宗に会える事に真っ直ぐ前を見つめたまま歩く。他の良晴や元信は微妙な坂が屋内でもある大森城内を歩いていく。

 城がある小山の最高地点を中心にしてある本丸の一室に案内された一行は、そこで待っていた輝宗と対面する。

 

「佐竹家使者代表の小貫佐度守頼久でございます」

「北条家使者代表の北条陸奥守氏照です」

「随行の相良三浦郡司良晴です」

「今川家からの客将の井伊引佐(いなさ)()()直政です!」

「同じく今川家からの客将の松平()()()元信です」

「うむ。伊達家の当主の伊達左京大夫輝宗ゆえ」

 

 氏照が前口上を言っているのを聞きながら、良晴は「わかりやすくしますわ!」という今川義元の政策の恩恵を受けた2人の少女を思う。

 片や桶狭間の後までその官位を名乗れず、岡崎城も今川家の城代によって搾取されてきた元信。片や、2人は 言によって主に殺され、間に女地頭と称される直盛を入れる事によって生き延びた実家を大きく発展させる直政。その2人が、それぞれ官位を義元から貰い、満面の笑顔で自分にに話しかけている姿は可愛かった。

 

「後は夕食後の軍議で話し合うゆえ。それまではゆっくりしていいゆえ」

『はい』

 

 また実元の案内で、4人を主とする一行は本丸の中の少し大きめの部屋に行き、そこで彼らはこれまでの疲れを癒す。

 元信と直政の2人は早々に眠りにつき、直虎の膝枕でぐっすりと寝入っているが、良晴と氏照はというと寝るまではいかず氏照が提案するという形で城の周りを巡る事にした。

 

「やっぱり人通り少ないね」

「ああ」

 

 城の東側にある城下町は、一気になった不穏な情勢の境目に近い位置にあるためか人影は少なく、所々閉まってる所もある。

 城内なら案内という名の監視があるが、調べようと思えば何時でも調べれる城下町なので、伊達家からの視線もなく段々と暗くなっていく町をぶらぶらと巡る。

 

「駄目……ですか?」

「これ以上はねえ」

 

 さて帰ろうか、とした矢先に2人はある光景を見掛ける。

 それは、渋い顔を更に渋くしている八百屋の店主と、同じくらい渋い顔をしている少年。今の状況ならちらほらと見掛けるが、2人が気に止めたのは少年の格好だった。

 

「そもそもこんな状況だからね。仕入れれた元の量も少ないし、だから単価は高くなる。これ以上、値段を下げてしまうと、何時まで続くかわからないこの大戦で生き残れるか怪しくなるからね」

「ですよね……」

 

 値切りをギリギリまで試みている少年が纏う和服はあまり汚れがなく、顎に当てている右手も黒くなっていたりしていない。まあ、農家や商人の息子が立派な鞘におさめられた刀を持ってるわけはないのだが。

 実元かこの大森にやって来る誰かの近習、という結論に2人はすぐに達し、当主からの「なるべく人脈を」という路線から同時に足を踏み出す。

 

「いくら足りないんだ?」

 

 長期間居座る事になった時やこんな時のために、お金は多く持ってきている。だからこそ、打ち合わせなしで2人は作戦を実行する。

 

「この子の知り合いかい?」

「そんな所だ。帰ろうとしてたところさ」

「なるほどね。足りないのはこれくらいさ」

「……だったら出せるな。これで良いか?」

「大丈夫だ。商談成立だな」

 

 隣でとんとん拍子と進んで終わった商談に唖然としている少年に、店主が店の奥に行っている内に良晴は話す。

 

「北条家家臣の相良良晴だ」

「……わかりました。ありがとうございます」

「おう」

 

 南の方の友達もいるとはびっくりだねえ、と時々行商もしているらしい店主から1週間分の野菜を受け取った少年は、それが詰め込まれた風呂敷を難なく持ちながら2人と共に歩き始める。

 

兵部大輔(伊達実元)様の侍従の成島景綱です。先ほどはありがとうございます」

「人脈を築こうとしただけさ。あからさまだったけど、成島さんはそれをどうする?」

「有り難く受け取っておきます。伊達家は京との人脈はありますが、関東となると少なくなりますから」

 

 景綱が歩いた先にあるのが、南(くるわ)に通じる城門で、門番に対しては顔パスで通れた。

 その南郭の一角に大きな部屋があり、景綱はその前の縁側に風呂敷を置く。

 

「再度ありがとうございました。この事は兵部大輔様にきっちりとお伝えします」

「ああ。けど、それは食堂に運ばなくて良いのか?」

「大丈夫です。ここで良いのです」

「……そうか。じゃあ()()()に《・》よろしくって伝えておいてくれ」

 

 笑みを浮かべながらの良晴の一言。

 その意味をすぐに悟った景綱が、少し目を見開いた直後。

 

「お主は悪魔の眷属だな!」

 

 開いていた障子の奥の真っ暗な部屋から、そんなことを叫びながら1人の少女が飛び出してきた。


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