6月28日 朝
日記を練習中の北条氏照の日記より
深夜の雷雨は止み、
上杉家の忍の目をなるべく避けるためにこの朝っぱらに出たけど、嵐にはならなくて良かったと思う。
「それほど荒れてなかったな」
「はい」
今、相良と話しているのは、今川家に人質になっている三河国主になる予定だった松平元信殿。狸を信仰している家柄か、ふりるが付いた着物の色もそれに似ていた。
「すげえ! これが船か!」
「大人しくしなさい!」
騒ぎながら走り回っているのは、ふりる付きの着物を膝と肘ぐらいまで短くしている今川家からの客将・井伊直政殿。祖父が諫言で殺された為に落ち延びた父親が、世話になったその家の娘さんと結ばれ、その間に産まれた少女だ。
御姉様の風魔によれば良晴が今川殿に教えてあげたらしいその猛将を怒ったのが、直政殿にとったら
「えー」
「雪斎殿に怒られたいの?」
「それはやだ!」
少し年の離れた姉弟に癒されながら、船は順調に北へ北へ進んでいく。
陸地のすぐ沖合いには進行方向とは逆の潮の流れがあるし、相馬家などが見張ってる可能性があるから、それより更に沖を私達を乗せた船は進む。漣もあまり強くなく、寝転がってみると、
「ぐっすりだな」
「はい」
朧気な頭に聞こえてきたのは、相良と狸少女の声。ぼんやりとした視界は、真上に相良の顔があることをしっかりと写し出していて、それだけで心が満たされるような気持ちになった。
船は岩城家と相馬家の沖合いを通りすぎ、海難や今の場所の把握のために重要なのでより伊達家の土地に近付いていく。
「あれが阿武隈川の河口でございます」
「阿武隈川」
「はい。那須の北側から流れ出て、
「関東で言うと利根川や鬼怒川みたいな感じ?」
「はい。出羽の最上川も同じくらいです」
「へえ」
伊達家から佐竹家への使者から道案内役という立場に変わった青年から、相良は段々と近付いてくる陸地の事を聞く。けれども、その間にその陸地の奥の山の方からまた黒い雲が出てきた。
通り雨のようだったけど、その間、波は重なりあって寄せてきて、今までで一番大きく揺れた。
「うぅ」
「大丈夫か?」
「ありがとうございますぅ」
だから、見るからにか弱そうな狸少女が相良に心配されて、背中をさすられていた。
阿武隈川の河口部にある陸奥・
「大坂の寺から広まった『魚集』のおかげで種類も増えたのじゃ」
伊達輝宗のおじに当たる亘理元宗殿が、骨が上手く抜かれたものを食べながら言う。それを回復した狸少女ももくもくと食べ、用意された食材はあっという間に消えていった。
『凱猿』という北条家一門では『ときさる』と呼んでいる僧侶が書いた、名前の国ごとの魚介・野菜の収穫・栽培方法が書かれた書物を早速使っている亘理殿と一緒に、私達は阿武隈川の河岸をのぼっていく。
城に向かう時には既に海風も山風も無くなり、今は川で吹いてくる江風が涼しい風なので心地よく、着岸前にあった村雨も時雨にならず今は灰色の雲が覆っているだけだ。
「五月雨を 集めて早し 最上川、だな」
ぽつりと濁りはしてないけど急な流れになっている阿武隈川を見て、相良が呟く。
「なにそれ?」
「未来の俳句の1つさ」
「俳句?」
「今の俳諧連歌を芸術にした物って明智さんは説明してくれた。5、7、5でりずむ良く詠むものって」
「へえ。その『五月雨を』は、最上川の方で詠まれたの?」
「ああ。松尾芭蕉さんっていう健康的すぎる老人から江戸から陸奥や北陸道を経由して……確か美濃の方まで」
「気軽に詠みながら旅が出来るほど平和だったんだね」
「だな」
一層気になるな、やっぱり。そんな平和な時代を作ったのは、一体誰なのか。
正解は
雷
電
暁
霞
響
厳雲
嵐
潮
朧
漣
阿武隈
北上
名取
最上
利根
鬼怒
海風
山風
江風
涼風
時雨
五月雨
の22人でした。
暖かくなってきたので少し遊んでみました。