相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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08 丹波での話

12月16日

丹波・桑田郡 宇津城城主私室

荒木 氏綱

 

 まさに激動の3ヶ月だった、と宇津家の評定結果をこの部屋で待ちながらふとそう思った。

 多紀郡の細工所城という難読な城を居城とする僕ら丹波荒木家は、篠山の町の東の端の方にある城に住んでる小さな一族で同族(藤原家)で本流である波多野家の家臣に甘んじていた。

 

「丹波を守りきり細川家のために尽くそう!」

 

 応仁の乱以来の主従関係である細川家のために、波多野一族が結束して、細川宗家の晴元様に敵対する三好家に反抗してきたが、内心ではそれで良いのかという思いが丹波国内にはあった。

 この畿内の長きにわたる戦いのそもそもの始まりは色々と重なった応仁の乱という空気があるが、その大乱の後に起きた政変が決定打になったと言う人が、例えば城の近くの僧侶などでいた。

 

 明応の政変。

 細川勝元が主である足利義材将軍を追放した愚行である。

 

 当時は幼かった義材様の従兄弟にあたる義澄様を擁立した勝元だが、女人禁制である修験道に凝っていた愚か者だったため、養子を3人も迎え入れ、勝元がその養子の1人に殺されて3人による傍迷惑な争いが始まった。

 波多野家一同は当初は細川家一門の野州家の細川政春の子である高国についていたが、その高国が配下の香西元盛殿を討ち、元盛殿の実兄である波多野稙通様と柳本賢治殿を中心にして反乱して鞍替えをした。

 その鞍替えの相手が阿波細川家の晴元様で、その晴元様自身の愚行で三好家に(そむ)かれても、懸命に支えてきた。

 

 けれども。

 武辺一辺倒な波多野家はともかく、私達はその晴元様が、私達が自分に従って当然とばかりに扱っているのを感じていた。

 

 3度目の鞍替え相手はまあ三好家しかいない訳だけども、その三好家は波多野家と赤井家という丹波の一・二の勢力に阻まれていたから迂闊(うかつ)に出来ないでいた。

 そして、徐々に細川家に対する不満が高まっていく中、霜台様と頼次様が少数の護衛と一緒に多紀郡東部の私達の所にいらっしゃった。

 

「貴方達は自分で動こうとは思わないのですか?」

 

 御二人と私達の平行線の対談の中、頼次様が呆れるようにそう言い放ち、空気が変わった。

 

「……なんとおっしゃったかな?」

 

 頼次様の小言を耳に入れ、目の前の霜台様から視線を離しつつ答えたのは、波多野本家の息がかかった同族の者。何百年なら兎も角まだ丹波の地に居座り始めてから百年ぐらいしか経っていないので、ここら辺の波多野家なら我が荒木家になるが、波多野本家の後ろ楯を大手に振りながらやって来た者である。

 威圧感はまあまああるその男の睨みなど無いように受け流す頼次様は、(あざけ)りを多分に含んだ微笑みで答える。

 

「貴方達は将棋の駒なのか? と聞いただけですが?」

 

 その言葉に、同族の爺やそいつと同年代の人達は腰を浮かしかけたが、御二人の護衛の人の殺気に怖じけづいて元に戻した。

 その光景に何かが外れるのを感じながら、自分でも後で振り返ってびっくりしたが、自ら声をあげて引き継ぐ。

 

「我々は細川家を主と(あお)ぐ波多野家に仕える者達。それは自分の意思で動いております」

「それも成り行きでしょう? 波多野家の分家だから、細川家が丹波の守護になったから、その2つの家が争っているから。そういう理由で動いていると見受けられますが?」

「されども、我々は細川家に仕える事を誇りにしています」

 

 ぎこちないと半ば自覚している笑みを浮かべる私に対して、頼次様は「はぁ」とこれでもかというぐらいにあからさまに溜め息をついた。

 それは腰巾着の『大人』達だけでしょ? と、今度は視線でそう言ってきたので、私も微かに頷き返す。

 

「やめじゃ、やめ! このような会議ーー」

「今晩、評定で話し合おうと思うので、少しお待ちしてもらってもよろしいでしょうか?」

「……もちろんですわ。しかし、なるべく早くお願いしますね」

「はい」

 

 そして、その日の夜の月明かりは雲に遮られ、よく徴兵されていた村ではちょっとした酒宴があった。

 それ以降は、約束通りに履行され、不戦の取り決めを結んだ所以外に三好軍が展開して、波多野家に睨みを効かせている。

 一方、明文化はされなかったが、人質を優位な家の方に出すというのはこの時代の常道なので、その人選で少し揉めたが、結局は自身の思いと『波多野家一門』という釘を自ら取り出すために私となった。

 

「お久しぶりですね」

 

 頼次様は、少し目を見開いてから、そう言ってくれた。その頼次様の護衛で私と宗矩の2人が周りに侍ってついていっている事から、巷では『越水城の()()()』として有名らしい。

 そして、女物の服を着させてくる以外は完璧な頼次様はどうしても名前を思い出せない御方がいるらしく、その御方と再会するために力を蓄えているとの事。

 最初は半ば信じられなかったが、現在進行形だった武田信玄と長尾景虎による川中島の戦いは最初に景虎が帰国していくのを当てたりした事から、信じるようになった。

 

「足音が聞こえてきましたよ」

 

 宗矩に膝枕をしていた頼次様が唐突に呟き、うとうとしていた宗矩はすぐに座り直す。

 頼次様も傍らのずれさしていた『宗三左文字』を元の位置に直した直後、外から声がかかる。


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