相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第128話 ある晩の関東の話

6月23日夜~24日朝

 

 上杉輝虎の黒川城入城。

 それは、大戦への導火線に火を点けた事になるが、その撃ち合いに参加する家々は、この頃に態度を決める事になる。

 

「蘆名家一同、幕府より任命されたし関東管領を担い、将軍様からの偏緯も(たまわ)れた上杉様についていく所存でございます」

 

 後に会津地方と呼ばれる一帯を治める蘆名家は、呼んでないのにやって来た上杉軍の強さは山を越えて聞こえてきたので、白龍に付き従う事に決める。

 そうなるだろうと予想していたのが、蘆名家と協力関係にある伊達家で、その前提で2人は話を進めていた。

 

「梵天丸はどう考えるかの?」

「上杉家と蘆名家。あいつらの目標は南ですから、こっちには直接的な害は無いでしょう。しかし、あのご老体がこの隙に二本松や二階堂を自分の所に取り込むかもしれません」

「余もそれを心配しているゆえ」

 

 伊達()宗は、城内のまだ戦の後が少ない部屋で、引きこもりがちな梵天丸と2人きりで話す。

 伊達家の長年の悲願は仙道筋、今で言う中通りを支配する事だが、例え上杉家側についてもそれが蘆名家に譲られる可能性がある。

 また、東側の相馬家と田村家のバックアップで自分達を相手にこらえている二本松家が、上杉家に庇護を求め、同盟関係が結ばれるかもしれない。そうなれば、二本松家を攻めようとすれば上杉家が来るかもしれない。

 

「そして、上杉家がこっちに来れば、狐の伯父上がそれに乗じるかもしれません」

「そうよのう」

 

 つまり、である。

 伊達家が『仙道筋制圧』を達成するには、上杉家が南奥羽に2度と大軍を出せないくらい負けてもらわないといけない。

 ということ、で。

 

「佐竹家と北条家に使者を送るゆえ」

「はっ」

 

 伊達家は、反上杉に立つことを決め、米沢と丸森の間にあり、輝宗のおじの(さね)元の居城である大森城に家臣達を招集する。

 その伊達家の心配の種であり、米沢城への空き巣泥棒の危険性もある最上義(ちか)は、米沢を含む置賜(おきたま)地方と上杉派の大宝寺氏が治める庄内地方を天秤にかけ、やはり置賜地方を狙う事にする。

 しかし、輝宗と梵天丸もそれは予想しており、最上川の河岸で小競り合いを続ける事になる。

 

「ここで白龍が来るかっ」

 

 輝虎の会津入りによって一番の窮地に陥ったのが、北那須の大関高増だった。必死に戦ったのに、苦戦した事を攻められて我慢の限界に達した彼は、実家の大田原家など共に反旗を翻し、佐竹家や宇都宮家と宗家を囲む。

 だが、上杉軍が会津にやって来たということは、下野か常陸のどちらかを経由して北条家に向かうのは確実であり、どちらにしても佐竹家は白河結城家からは撤退してしまうだろう。大関家の懸念である所から、である。

 佐竹家に徐々に侵食されている白河結城家は、十中八九上杉輝虎に庇護を求め、彼女もそれに応じるであろう。

 

「佐竹殿が勝つか……引き分けるか……しかないか」

 

 高増はすぐに北下野の友軍達から許可を取り付け、義重と緊密に連絡を取り始める。

 一方、南下野の宇都宮家は、この時点では大関家ら北下野の者達よりかは深刻ではなかった。

 

「南には結城殿などがいるし薄い。北条殿の援軍を得れれば大丈夫だよ」

 

 宇都宮広綱は、妻や弟の国綱や家臣達にそう言い、なるべく明るく振る舞う。それによって、騒然としていた城内の空気は落ち着き、有事の時の自分達の仕事をやり始める。

 だが、上杉輝虎の次なる一手はすでに打たれていた。

 

 日が変わったその時。

 厩橋城を監視していた風魔達は急襲され、長きにわたる戦いを強いられる事になる。

 

 

 

 草木は眠るが多くの『大人』達は寝れない丑三つ時。

 最後の『猿』が、内紛に明け暮れる城に着く。

 

 

 

 梅雨の合間の青空に太陽と月が昇り始めた頃。

 それぞれの城から、足軽達は自分の持ち場へと走る。

 

「ごめんね、姉上」

 

 1人の赤髪の少女は、ある方角を見ながらか細い声を出す。

 そして、躑躅ヶ崎館からでも太陽の全部が見えた頃には、輝虎の一手が最終段階まで来ていた。

 

「うふふ」

 

 甘粕景持。

 上杉軍の猛将の1人である彼女は、この頃には越後上杉軍では一番東の城にいた。

 

「約束は果たしました。今度は……」

「う、うむ、わかってる。軍配を預けよう」

「ありがとうございます」

 

 常陸国鹿島郡鹿島城。

 越後、というよりかは鎌倉公方や関東管領の家臣達にとっても『名前は聞いたことあるけど遠すぎて行きたくねえ』なその城と周りでは、ここ ヶ月では一番の惨状が広がっていた。

 老いた剣豪も「ここに居続ければ地獄が現れるだけ」と言い残した程の戦を指揮した少女は、来たときとはまったく違い微かに震えている現段階での鹿島家当主から軍配を預ける。

 それを使って常陸川の河岸に隙をもて余していた者達を配しながら、景持は書状を書き(つづ)る。そこには現況の他にも、彼女から見た鹿島家に関する正直な感想も書いていた。

 

「くそっ」

 

 利根川と常陸川沿岸の敵部隊の展開。

 それに良晴は毒づき、輝虎にやられたと自覚する。

 

「経由してじゃない。常陸が終着駅という訳か」

 

 会津と関東への2つの戦線を作るとなれば、越後兵だけでは足りないだろうから、河岸の城の者達も徴用したのだろう。

 しかし、人はそれで行けても食料の問題は解決出来ない。特に、米の時期だというのに長期間いるというのは愚の骨頂だ。かといって、輝虎の事だから、こっちの農家の刈り取りはあまりしないだろう。

 という事は、彼女が目指しているのはーー。

 

「下野は内乱中だからどうでも良いし、そもそもそこの政虎さんの敵にあたる人々を支援しているのはーー」

「佐竹殿、ですか」

「ああ」

 

 もし、義重が敗れるような事があれば、下野は赤く染まる可能性が高いし、本格的に北条家と佐竹家は分断される。そうなれば、まだまだ反北条の空気が残る里見家や北武蔵の者達も反旗を翻し、元通りになる可能性がある。

 

「相良殿は如何(いかが)されるのですか? 北条殿からの書状もありますが」

 

 良晴にとってのもう1つの悩みの種が、わざわざ小山家を介してやって来た北条氏康からの督促状だった。

 23日の夜にやって来たそれは「すぐに『本部』に帰ってくるように」という物で、対して「24日の朝に出ます」と返した。しかし、その前にこれである。

 

「風魔さんによれば、通れるのは『長い間隔で1人ずつ』らしいから戻れるけど、佐竹さんの事が気になる。だから、東に行くよ」

「しかし、そうなれば……」

「わかってる。だから、また筆と紙を、それに休憩できる所を貸してほしいけど良いかな?」

「もちろんです」

 

 そして。

 河越城(埼玉県川越市)小山城(栃木県小山市)。直線距離で凡そ50キロあるその2つの城の間の地図は、他の城達との往復よりも詳しくなったという。

 24日の夜、安房のある港はにわかに騒がしくなる。


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