「まず、この広大になるであろう戦の舞台となる関東という場所から説明させていただく」
旧暦6月13日。
最後の遣隋使が出発し、最後の唐の皇帝が都落ちし、未来? では明智光秀が敗れ、浦上のキリシタンが捕らえられたその日。それらとはあまり関係ない北条家の長老・幻庵長綱は、心なしか緊張した面持ちでそう切り出した。
北条家、一部は京都からの者も混じっている鎌倉府、それに佐竹家の面々がいるのは、年始の会議の参加者に近い。しかし、それだけならば、その時より一回り大きな部屋は用意しないだろう。
「しかし、私は相模を中心に動き回り時おり他国を訪れただけの身。よって、それぞれの国から来た方々から話す方がよかろう」
「では、自己紹介も兼ねまして私より宜しいですか?」
「もちろんでございます」
まず幻庵に代わって立ち上がったのは、この会議には参加していない荒木氏清のような雰囲気がある彼ぐらいの年の子だ。
「皆さま初めまして。現在、領国の経営のため忙しい兄上の代役として来ました兄上の弟である宇都宮国綱でございます。
こちらは分家の1人であり、佐竹殿と共に逆賊から本家の我々を守ってくださいました城井長房でございます」
「豊前の城井谷城という山城から来ました城井長房でございます。以後お見知り置きを」
佐竹義昭の娘であり義重の妹にあたる少女が嫁いだ宇都宮広綱は、家臣に居城を追われるという苦難の人生を幼少の頃から経験したからか病気がちな体であり、代わりに史実では彼の息子にあたる国綱がやって来た。
良晴の
「下野国は北西に那須の山々、東に高台があり、その間に鬼怒川が形作った平地があります。鬼怒川は勿論ですが、下野と常陸を流れる那珂ちゃんも有名でしょう。
その下野の宇都宮家以外の主要な家は北から大関家、那須家、小山家、佐野家がございます。
大関家は元は那須家の一員でしたが、我々に反旗を翻し、三方から那須家を囲んでいます」
「南下野については私に話させてください」
国綱が頷き2人が座ったのを見た少女が、絵図の反対側まですぐさま動き、そこで改めて挨拶する。
「
「また無理しない程度に働いてくれたら良いよ」
「重ね重ねありがとうございます」
藤氏についていく事を決めた高朝と川中島の戦いの頃に話し合い、ある条件を自ら提示する事で足利良氏と北条氏康に の許可を貰った秀綱は、1度大きく息を吸ってから話し始める。
「南下野におります主な家は我等が小山家と、唐沢山城の佐野家でございます。佐野家の当主の昌綱は、現在は上杉家の小田原攻めに参加していた関係で上杉勢に属していますが、家中はむしろ北条家につきたいという空気が優勢であり、1度打撃を与えれば簡単にこちらに
また、当家の南には藤氏が厩橋城に移されたため無主になった古河城があり、こちらも城代がきちんと仕事をしていないため士気は低い模様です」
一族や家臣総出で集めた敵になる者達の現在の様子を言い終えた昌綱は深く礼をして、長房と共に下野の絵図を片付ける。
昌綱を特に見ていた佐竹義重は、彼女が未だ緊張した面持ちで座ったのを見届けてから、第二次国府台の戦いの時には佐竹軍の も担った外交僧・岡本禅哲と共に常陸の絵図を貼る。
「じゃあ、今度は下野の東隣にあって那珂川の他に久慈川と霞ヶ浦がある常陸について佐竹義重が話すわ」
第二次国府台の戦いからおよそ8ヶ月。
北条家との対立路線から、あくまでも鎌倉府の配下同士としての協調路線に切り換えた彼女は、主に4つの勢力に別れている自分の国について話す。
「まずは北常陸の我等が佐竹家。氏康との対立路線を破棄したおかげで、南常陸の奴等があまり脅威にならなくなって、今は下野と陸奥に注目しているわ。
佐竹家にとっての敵は北が那須家、白河の結城家、それを後援する芦名家、そして岩城家ね。南は江戸家と大掾家。後、微妙なのが内紛中の鹿島家と、霞ヶ浦と下総の間の家々ね」
至極簡単に終わらせた彼女は、最近は女の子っぽいのも出てきたという噂の悠然とした動きで禅哲と共に使わなかった絵図を片付ける。
次に出てきたのは、下総代表の千葉家第27代当主であり、小田原城の戦い前から北条家と協力体制にある千葉胤富である。
「まず最西端に近いところにあるのが、結城政朝殿が当主でいらっしゃる結城家である。常陸の多賀谷殿や水木殿を家臣に、また下野にも影響力を持っておる。
そこから南に行った所にあるのが、小山殿が言及しておった古河城と、逆賊を支えようとする簗田家がいる関宿城、相馬家がいる守屋城、そして高城家がいる小金城である」
早い時期に鎌倉に入り、数々の家の当主や『今』を情報で知ってきた胤富は、年の差は関係なく「味方か否かが生き残りへの真理じゃ」と公言しており、この場でも注意深く喋っている。
「利根川の南には、北条殿の家臣であり、千葉家と連携している豊島家がおる。その南にあるのが我等が千葉家であり、内海の沿岸までをおさえている。
我等より更に東におるのが、佐竹殿がおっしゃっていた通り内紛中である鹿島家であり、我の居城である佐倉城にいらっしゃる正当な鹿島家後継者の 殿と共に逆賊を懲らしめようと日夜奮闘中である」
最後に自分の家の自慢をした千葉胤富が座ると、かつてはこの鎌倉の攻略を目指していた男と、離ればなれになった彼の娘が立つ。
「では、ここからは安房と上総についてを、里見家先代当主の俺が話させてもらうぜ」
相変わらず険しい表情のままの里見義尭は、上総国を分割する形で設定された北条側との境界線や国内でも大きな戦いは起きておらず、また両国の主だった武将についての話を仕方ないという空気を出しながら話す。
最後は軽く息をついた義尭と、最後まで無言だった義頼が座り、氏康がほぼ自軍の武蔵や全て自軍の相模・伊豆について少し自慢気に語る。
そうして、元は『東国』と同じような響きである意味だった今の関東にある10ヶ国のうち甲斐と上野を除く8ヶ国の概略を話し終える。
ここからは軍議となるが、白龍が自分の家に戻ってから擦り合わせをし続けていたので、総大将である良氏は小山家の帰順によって若干変わったのを改めて見るだけである。
「食糧とかは大丈夫?」
「はい」
「途中で上杉がやって来た時も?」
「はい」
「なら言うことは無いね。……皆、励むのは良いけど、命は散らさないようにね?」
『ははあ!!』
この日。
3ヶ月の休息を経て、再び蛇は動き始める。
「よし、これで良いな」
そして、同じ時。
越後の龍を支える男達は、久しぶりに自分達で作戦をたてて、それを政虎に自慢気に出す。
何個か質問をした彼女は、最後に自分のサインを書き、主だった武将達を呼び集める事で許可する。そして、戦の前に何時も行く毘沙門堂に入る。
「毘沙門天さま」
もし、直江兼続なり長尾政景がこの数時間前に1人の軒猿によって政虎に手渡された書状を知っていたならば。
もし、その軒猿以外の誰かが毘沙門堂に入る事が出来ていたならば。
「私を導いてね」
赤い瞳は熱を帯びたようで、白い髪はお堂の中というのに波打ち始め、そして漂う雰囲気は後に越後の男達を戸惑わせる程にある色に染まろうとしていた。
「私は、今回は容赦はしない」
微笑みながら、上杉政虎は語る。
「降伏する者達は許す。けれども、上杉家の家臣団として組み込み、憲政様に献上する」
出兵して勝っても領土は獲らないという何時もの戦いではなく、事実上の領土を広げるための戦。
その意味が染み込んでいくと、徐々に空気が変わり、更に熱を帯びてくる。
「ついてきてくれる?」
『おう!!』
越後の男達のほとんどは興奮し、獰猛な笑みを浮かべながら語り合う。だから、政虎の方を見ていたのは、3人の男と兼続ぐらいだけだった。
「そして、良晴を……」
その呟きが聞こえたのは、隣にいた兼続ぐらいだった。