相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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07 兄弟と母殿

12月15日

摂津・島上郡 芥川山城

 

長慶(ちょうけい)さま、久秀でございます」

「おお、久秀か。入って良いぞ」

 

 頼次達が静かに京都の北に入った頃、その都の南西の方にある山城では、彼女達の主である松永弾正久秀が三好筑前守長慶(ながよし)の私室に入っていた。

 祖父と父親が溜め込んだ力を使って細川家に代わる新たな天下人になった長慶と、彼を助けて以来の仲であり隣に侍っている久秀は、見た目は同年代なのだが、実際は親子のような気持ちが互いにあり、そんな年の差もある。

 

「頼次はどうじゃ?」

 

 最近の2人の話の話題にほとんど入っているのが、土岐家の御曹司である頼次の事だ。

 京で密かに蠢いているらしい武田道有信虎や、我が物顔で芥川山城に居座ってい()小笠原信濃守長時と同じく、実家を追放され、父親は遠く下総(しもうさ)の弟の家に移った彼女は、八木城奪還戦の時から、その血筋もあいまって三好家中で有名になってきている。

 久秀の居城で現在の新神戸駅の裏手の山にある滝山城の城下町に住み、大和の剣豪一家である柳生家の剣術をそこでみんなと一緒に学びつつ、芥川山城の城下町では信濃の小笠原長時に弓馬を学んでいる頼次。

 名家の血筋を自慢せず、積極的に単なる足軽にも用があれば近付き、彼らと同じ釜で飯を食う。また、自分の父親代わりである結城忠正からは剣術や茶道を学び、それを生かして堺や宇治などに人脈を広げる。そんな頼次に注目が集まらないのが不思議なほどに、彼女は動いていた。

 

「彼女は京の護衛を任せましたわ」

「そうかそうか。信濃守様は憤慨してそうだな」

「はい。彼女に自分の息子を嫁がせようとしていましたが、それを忠正が体よく断っている間に引き離しましたから」

「自分の弓馬を三好家中に広め、武田家からの信濃奪還の雰囲気を広める……やったかの。道有殿が上方におられる内は難しいと思うが、駿河に行かれれば……」

「しかし、道有殿もその娘も名将。例え東西から挟み込んでも難しいですわ」

「甲相駿三国同盟と長尾、土岐、六角、三好、織田の対決か。かなりの戦じゃな」

「ええ。当主同士が1つの戦場に集えば、天下分け目の戦いになります。場所は稲葉山城下ぐらいでしょうか」

「いやいや。案外、近江や摂津かもしれんぞ?」

 

 戦国武将にとっては他愛のない話をしていると、久秀に自然と笑みが浮かび、それを長慶が気付く。

 

「何か可笑しいかの?」

「いえ。長慶(ちょうけい)さまが進んで武家の話をしておりますので嬉しいなと」

「……ははは。これは、頼次殿にしてやられたかの」

 

 これといって武術も上手くなく、代わりに人を纏めるのが上手い長慶が、弟達や家臣に任している武術の事で話が盛り上がっていた事に声をあげて笑っていると、私室の外の廊下を歩く複数の音が聞こえてきた。

 その音は私室の前で止まり、そこから声がかかり、長慶もすぐにそれに応じた。

 

「失礼します」

 

 口々にそう言いながら入ってきたのは、長慶の弟達とその子供達である。

 

「三好実休(ゆき)虎、阿波より帰還しました」

 

 まずは、三好元長の次男である三好実休。頼次が来る()()前、また義輝が長慶に逆らった時前後に名目上の阿波守護だった細川持隆を殺害して、それを機にして出家したボウズの男である。

 また、彼の後ろには継室で持隆の妻だった小少将や、彼女が産んだ三好千鶴と孫六の姉弟、更に実休の家臣で長慶のおじに当たる康長がいる。

 

「同じく安宅(あたぎ)摂津守冬康、播磨灘より帰還しました」

 

 元長の3男は、淡路の水軍の長である安宅家の養子に入った冬康で、彼の子供である信康・冬康兄弟や、淡路出身の家臣もいる。

 自他共に長慶と並んで優しい性格と言われる冬康の次が、鬼十河と恐れられる十河(そごう)一存(かずまさ)で、彼も讃岐の戦国武将である十河家に養子入りした人物だ。

 

「長慶殿。此度の邸宅の改修を手伝ってくれた事、まことに有り難く存じます」

 

 まさに武人という体格の一存の横にいた、公家だった男が三好兄弟の話が終わった後に長慶に礼を言う。

 十河の義父(嫁の父)の九条恵空(たね)通のお礼に、長慶も丁寧に応対する。近衛家などに並ぶ五摂家の格を持つ九条家現当主であり、源氏物語などの古典研究者の重鎮でもあるので無下には出来ないのだ。

 その稙通がさっさと退室してから、やっと三好家中の会議が始まる。

 

「改めてだが、まずは阿波と東播磨の平定、ご苦労だった。これで、ますます三好家は安泰となり、目前の敵に集中出来る」

『有り難きお言葉』

 

 長慶の開始の一言が終わってからは、各人ごとに自分の領国の具合などを話していく。最後に、家督継承後の手続きなどで出席出来ない長頼に代わり、久秀が丹波の多紀郡と桑田(くわだ)郡での戦の事を話す。

 その中で土岐頼次の活躍を話すと、普段は「松永姉は謀略ばかりだから好かん」と久秀を毛嫌いしている一存さえも深く話を聞き入り、摂津にやって来た時の小笠原家の変貌? に納得する。

 

「……兄上」

「んっ?」

「今の土岐家は、一色家の血筋を継いでます。その一色家は、かつては伊勢北部の分郡守護でございました。六角征伐後の返還を条件に、北畠家にかけあってみるのは如何(いかが)でしょうか?」

「……さすが実休、という策謀だが……それは駄目だ。小笠原様が反対するであろう。それにの……将軍が六角家に伊勢半国守護を下せばやりにくくなる」

「過ぎた言葉でした」

「いやいや、意見を出すのは良いことぞ」

 

 その後は、長慶主宰で晩餐会が開かれ、何事もなく各人達は居城に帰っていく。

 そして、久秀は山城と丹波からの書状に微笑みを浮かべた。


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