相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第110話 そうだ、彼処へ行こう

5月8日 昼過ぎ

信濃・埴科(はにしな)郡 海津城下

北条 氏良

 

 毎回買い物に行ってくれている相良と、毎回のように彼についていく氏照か島津さん。それを見ていた私は、立候補して買い物に出向く。

 すっかりそれぞれの店主達と顔馴染みになった相良の後ろをついていくだだったが、前回までの戦いの具合からか最前線に開いている市とは思えないぐらいの賑わいを実感出来た。

 海津城下の始点から、城と妻女山の間の終点まで。海津城下から可愛いおなごを連れながら調達係になった足軽、という印象をおおかた抱かれている相良は、ついた来ている風魔達に時おり荷物を任せながら、買い物を済ませた。

 そして、市の端にある巨木の下で、最後の荷物の振り分けをして、後は帰るだけになった時の事。

 

「んっ?」

 

 相良が何かに気付き、ある方向を見て、そのまま止まる。

 楽しいけど素っ気ないと思っていた私も、遅れて彼の動きについていき、巨木より更に敵のいる山の方にある集落の方を見る。

 武田信玄と上杉政虎双方の勧告で村民全員が避難し、いるのは自警団ぐらいのはずの集落の道の1つを、1人の女がうろついていた。

 

「確か、赤い髪だったよな」

「肩ぐらいまで伸びてたわ」

 

 その女は、自警団がしていてそうな武装をしていた。

 けれども、服も武器もそれぞれが真新しそうな物ばっかり。

 

「目は細かったよな」

「獲物を見つけた虎のようにね」

 

 その女は、周りを警戒した足取りで前へと歩みを進める。

 けれども、その瞳や顔はずっと真っ直ぐ。

 

「甲斐の虎、よね」

「武田晴信、だな」

 

 さて、なぜ総大将さんが敵陣へ向けて歩いていっているのか。

 

「それに……」

「面倒ね」

 

 そして、なぜその総大将の跡継ぎは、こそこそと自分の姉の後ろをついていっているのか。

 

「援軍総大将の身としては看過出来ない事。つけるわよ」

「……活発的になってきたな」

「相良のお陰でもあるのよ?」

「そっか」

 

 苦笑いを浮かべた相良の側に、合図も無いのに宮ヶ瀬が降り立つ。相良はそれに驚く事もなく、色々と命令を出して、彼女は去る。

 そして、私の方を見てきたので頷くと、前を譲ってくれた。

 

「梅千代ちゃんによると、信玄の後ろには真田幸隆と彼が率いる忍達がついてきてるらしい」

「私達が襲われる可能性は……」

「多分ない。まだ早すぎる」

 

 確か、共通の敵に立ち向かうために手を結んだのは、今川家が滅びた後。それまでは、というより川中島の争いが収束するまでは、手出しはしてこないだろう。

 という事は、忍には堂々と、晴信にはこそこそとついていけば良いという訳か。

 

「なかなか楽しいね」

「ええ……」

「冗談よ冗談」

 

 話している間に、1人で曇天の下を歩く武田晴信は、妻女山の尾根の1つの下まで歩きとおし、そこで腰を休める。

 私達は、慌てないように背負っていた荷物を下ろし、本当に痛くなってきていた腰を叩き、自分達の刀を確かめる。

 かたや、武田の跡継ぎ娘は、薄目で六地蔵に手を合わせていた。

 

「あれは……」

 

 大きな石に腰を下ろしていた晴信に、1人の少女が小走りに近付いてくる。

 大事そうに刀を抱えるその少女は、脇目も振らず、忠犬のように主君の下に辿り着き、辺りを見渡してから、膝をつこうとした。

 

「なっ!?」

 

 しかし、突然、武藤喜兵衛は刀を抜いて、そのままの勢いで横一文字に振るう。

 それをさらりと避けた晴信は、殺気付いている喜兵衛に何か声をかける。

 

「喜兵衛ぇ!!」

 

 その間に、娘が主に刀を振るう光景を目撃した真田が大声をあげるが、やがて彼も驚き、してやったりといった笑みを浮かべる主に詰め寄る。

 そして、してやられた感たっぷりの表情に真田がなってから、相良は(うめ)いた。

 

「影武者、か」

 

 ……やっぱり、武田晴信という女も、一筋縄ではいかないか。

 そして、敵が多くいる山の尾根の前で一騒動が起きている間に、相良は目星をつけたらしく、私を頼ってくるような瞳で見てきた。

 

「何?」

「……松代温泉の行き方覚えてる?」

 

 ……そんな、単純な訳……。

 

「あったね」

「あったな」

 

 大急ぎで途中で臨時に男女に別れている温泉の入り口を抜け、脱衣場の建物の門の前に、妻女山の女と瓜二つの女がいた。

 警戒心を残しつつも、箱根の温泉郷の整備を見た信玄が命じて急遽作られたらしい建物の壁に寄りかかり、手元の鞘をいじっていた。

 

「誰かを待ってるみたいだな」

「そのようね。真田さえ欺くという事は武田の者ではなくーー」

「裏の人物でも無いとすればーー」

「当然、敵の誰かになる」

 

 っ!?

 後ろから聞こえてきた声に振り向きかけるが、それより前に首もとに何かが振るわれた。

 

「3ヶ月ぶりね、良晴」

「……そうだな。それと、彼女は氏康さんの妹で養子の氏良さんだ」

「そう」

 

 相良の言葉で、白龍は私の首もとに添えていた を、外(とう)の中に隠す。

 信玄が誰かを待っているならその誰かは後から来る、という基本的な事を失念して後悔しながらも、ある意味予想通りと言える虎の待ち合わせ相手に納得した。

 その待ち合わせ相手は、おもむろに自分が、つまり私達や信玄が歩いてきた道へ振り向き、凍えた声を出す。

 

「山本勘助殿も出てきたらどうだ?」

「…………ほっほっほっ、やはり『白龍』相手ですと、簡単に見つかってしまいますなあ」

 

 片足が不自由な、今は真田に属す武田の忍を率いていた老人は、ほんの少し声が震えながら木陰から出てくる。

 そして、その老人の声でようやく気付いたらしく、信玄がこっちを向いたのが横目でわかった。


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