相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第108話 2人の妹の話

5月7日 朝

信濃・更級郡 海津城内

武田 義信

 

 私や姉上の義妹にあたる氏良殿の参戦の話題で、海津城内は持ちきりだった。

 私と同じく、父親の次子として、長子の姉の子供が産まれるまでの間の後継者という立場で、昨夜の評定の間で見せた雰囲気はそれに相応(ふさわ)しかった。

 梅が小山田と共に輿入れに行く少し前から、事務的に文通しあっていたけど、そこから(うかが)えたのとは違う事に興味を持った私は、別の理由もあって、氏良殿がいる屋敷へ向かう。

 私の(もり)役の虎昌の一族である源四郎の案内で、見つかったら困る人々には見つからずに、数ある城内の屋敷の1つの門前に辿り着く。

 

「武田家の者とお見受けいたすが何方(どなた)か」

(それがし)は武田信玄の養子にして左京大夫《氏良》殿の義姉である武田太郎義信。左京大夫殿に挨拶に来た」

「! そうでしたか。では、左京大夫様に取り次ぎにーー」

「いや、驚かすために取り次ぎは無しに出来ないか? このように帯刀していないし、責任は私が取ろう」

「…………承知しました。左京大夫様は郡司(相良良晴)様、陸奥守(北条氏照)様と共に中庭の縁側におります」

「ありがとう」

 

 帯刀した北条家の者が後ろをついてきているのを感じながら、私は源四郎と一緒に屋敷を歩く。

 目的の氏良殿と、共に名将である2人の家臣は、中庭でごつい男に刀の鍛練を受けている所だった。

 私と源四郎は、その小さめの中庭が見渡せる曲がり角で、それが終わるまで待ち、相良のみになった所で近付く。

 

「……誰だ?」

 

 個人的な武は優れていない、という話通り、彼には全く殺気や敵意というものがなく、あるのは信頼に裏付けされたほんの少しだけの警戒心だった。

 

「武田太郎、と言えばわかるか?」

「……武田義信?」

「正解」

 

 まあ、ここまでは基本的な知識だが、源四郎の事は流石に知らないだろうし虎昌がよく自慢する彼女を紹介する。

 相良が表情を変えたのは、彼女の推薦人である虎昌のフルネームを言った辺りだった。

 

「飯富虎昌って赤備えの?」

「ああ。知っているのか?」

「まあくそ強い武田軍の代名詞だしな。部隊全員が赤かったんだったけ?」

「金が掛かるから全員ではないし、別にきらびやかでも無いけどな」

「へー」

 

 普通の事務よりの武家の息子のような感触が目の前の同じ年の少年から感じ、より今までの彼の美談が信じられなくなってきた。

 葛西城に始まり国府台、鎌倉、防芸、畿内、そしてまた坂東。それぞれで彼は重要な功を挙げ、本名ではなく『今猿田彦』という異名で急速に広まっていった……らしい。

 だが、異種の者達の集まりを率いる頭領という空気も微塵も感じられず、第一印象は『すぐに親しめそうな者』だった。

 心の中で拍子抜けした直後に、私達がいるのとは真反対の縁側の方にある襖が開き、着物に替えた少女達が出てくる。

 

「武田太郎義信殿、ですよね?」

「ええ。初めまして、氏良殿」

「氏良で結構ですよ」

「ならば私もーー」

「義信殿は義姉上ですので、義信殿と呼ばせてください」

「わかったわ」

 

 はきはきとした、そして背伸びをしている少女、というのが氏良の第一印象。

 懸命に大きく重すぎる家の跡継ぎになろうと模索し、私とは違い1つの道を見つけ、それに向けて進んでいるような感じがした。

 いきなり核心に触れるのは駄目だと思うし、決戦までは時間はまだまだあるだろうから、他愛もない世間話を松風と共にする。

 

「ごちそうさまです。信濃の川魚はやっぱり美味しいですね」

「甲斐の川魚はもう一段旨いよ?」

 

 昼御飯も一緒に食べ、うとうとした時には、氏良の側に静かにいる南蛮由来らしい服装に身を包んだ茶人の見事なお茶をご馳走になり、それぞれの家の事を話せる範囲で語る。

 途中から、今日のやる事を一通り終えた氏照殿と相良殿、そして源四郎も話に加わり、屋敷を辞したのは夕暮れの少し前の事だった。

 小雨が降る中を歩きながら、私は呟き、源四郎もそれに首を縦に振った。

 

「お帰りなさいませ、太郎様」

 

 私の部屋の前には、最初と源四郎の時に話題にのぼった虎昌が待っていて、今日あった事を話してくれる。

 

「北条はどうでしたか?」

「武田より武は優れていなさそう。けれども、徳は多そうな、楽しそうな家だった」

 

 正直に返しながら虎昌の方を向くと、根っからの武人である彼は、一瞬だけ不機嫌そうな表情を浮かべてから「そうですか」とだけ呟く。

 その後、しばらく険しそうな表情を浮かべた彼から、眼前の戦いよりも重要な事が口から出たのは、夕御飯前の事だった。


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