10月1日 昼過ぎ
京・ある古びた家
主人公
御館様との謁見が終わった翌日。早速、私は摂津から京へと入っていた。
この日ノ本の首都とは思えない寂しさが漂う町の一角に、三好家の旗印を掲げて京の警備担当者のようにしながら来ると、指定された家の前にでかく禿げたオジサンが立っていた。
実際の警備担当者の人から聞いた通りの背格好に本人と判断した私は、そのオジサンの手前まで来てから挨拶をする。
「松永霜台様の家臣である土岐左馬助頼次でございます」
「甲斐で国主をしておりました武田無人斎道有であります。隣の方々は?」
「丹波の多紀郡の荒木家から人質として松永家に送られました
「荒木氏清でございます」
「同じく柳生宗矩でございます」
宗矩をロリとするなら、氏清はショタ。その一言に尽きる。
そして眼前の道有さんは、甲斐を統一した風格が滲み出ている禿げたオジサン。この人からあの人が産まれたかと考えても、すんなりと納得出来る。
「では古い家ですがどうぞ」
「お邪魔します」
自分の子供が追い出した信濃守護で御館様の家の本筋にあたる小笠原さんが、越後を介して三好家の世話になっている事から、小さな寺の隣の
時おり娘さんが嫁いだ駿河に帰っているという噂通り、見た目は
整然とした庭からは心地良い風が吹き込み、どこかでずっと浸っていたい気分だった。
「さて、土岐殿。ご用件についてですが……」
「恥ずかしながら、私は
「なるほどなるほど。八木城の奪還の話は、この京中に広がっている事。確か
「はい。既に一男一女に恵まれている事から、出家なされ内藤
「蓬雲軒ですか。良いお名前です」
例え甲斐を我が子に追放されたとしても、こびりついた情報収集の癖? はとれないらしく、私も答えられる範囲で応じる。
最後の方は甲斐の名産物になってた『世間話』に区切りがつくと、満足した表情で道有さんは巨体を動かし、所々に傷跡がある箪笥を開ける。
その箪笥の横長の棚から出されたのが、鞘にしまわれた日本刀であり、私の目的の物だった。
「これは、まだ甲斐を動かしてた頃に譲り受けた物でございましてな。しかし、単なる1人の男になった者がこのような名刀を持ってて良いものかと思い、次の駿河行きの時に今川の娘に宿泊代として譲ろうと思ってた所でした。それに……」
刀を片手に持った道有さんは、ごく自然な様子で同じ箪笥の別の棚から風呂敷に包まれた物を取りだし、言葉を区切る。
無言のままその2つの物を持って、自分が座ってた所にまた正座になった彼は、刀ではなく風呂敷に包まれた何かを自分の前に置き、覆いを丁寧に外す。
「この茶器も、堺の世話になった者に譲ろうかと思ってた所でございました」
風呂敷の中から現れたのは、漬物を入れる壺のように口の下の所が角ばっている茶器。
生憎、茶器の方は興味がないので何なのかはわからないが、良い物だというのはわかるので有り難く受け取っておく。
「そして、これですな」
よくわからない物の次に本題。
無銘なので打った匠の名前はわからないけど、後に桶狭間の戦いの時まで今川義元が愛用していた左文字。それをギリギリのタイミングで譲られる事が出来た。
宗矩が目を輝かせて自分を見ているのを肌で感じ取り、それに対して動きたい体を抑えながら、私は後世では『義元左文字』の名前で知られるそれを譲り受けたお礼を言う。
「京都の武田家はご存知でしょうか?」
「もちろん。今は藤信殿が将軍様に侍っているとか」
「その藤信殿からなのですが、三好家と足利家の連絡役として、一族の者を迎え入れたいという密やかな申し出がありまして」
「ほう……」
「しかし、京都武田家は戦乱に次ぐ戦乱で藤信殿ぐらいしか万全な者がおらず、他の家々の者を迎え入れるとややこしい事になります。ですので……」
「俗世から去った私を、ですか」
「はい。御館様の直臣となりますが……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「結局、駄目でしたね」
「まあ予想通りだから気にしてないけどね。氏清は道有さんから世を捨てたように感じた?」
「まったくです。よく見かける人達のような気迫をまとっていました。けれど、出家したという事は、甲斐の追放を認めた、という意味ですよね?」
「だね。じゃあ、道有さんは何を目指してると思う?」
「…………武田し……家の更なる拡大、です」
「恐らくはね。信濃の次は蝮を食らうように誘うつもりだと思うよ。今は、まだ村上を追い出せられてないけど」
「……三好家と敵対しなければ良いですが」
「まあ、小笠原の本家の人がいる限りは難しいと思うよ。敵対しないっていうのは」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「土岐頼次、ただいま京より帰還しました」
「お疲れ様です。何事もありませんでしたか?」
「悪いことは起きませんでした」
「というと……その風呂敷ですか?」
「はい。道有さんより、この茶器を貰いました」
「…………あらあら」
「?」
茶器については想像です。