相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第97話 跡継ぎの話

3月22日 夜

武蔵・児玉郡 金窪城の櫓

北条 松千代

 

「あの戦の時、私は小田原城でのんびりとしていて、帰ってきて変わってしまった御姉様を見て驚いた」

 

 御姉様は、河越の夜の時からあった籠城戦志向がより高まり、そして小田原城の大改修を短期間で行った。

 姉様は、唯一の肉親と言える弟を亡くし、金沢文庫にしばらく引きこもってから元通りのように振る舞った。

 氏照はより戦を好むようになり、『如意成就』と刻まれた龍の印章を使い始めた。

 氏邦は、他の者達に自分を北条姓で呼ぶことを止めさせ、熱したら止まらないようになった。

 幻庵おじいさんは、風魔の強化を小太郎と共に取り組み、それが古河城の早期陥落に繋がった。

 そして、沼田康元改め北条綱景を兄のように見ていた三郎は、幻庵おじいさんの養子になり、氏邦と同じように北条姓で呼ばないようにさせた。

 

「北条家は、早雲様がほとんど単身で身を起こしてきたから家族の繋がりを重視する家。

 だから、自分達の慢心で義兄弟とは言え康元さんを無くした事は、皆の心に深い傷を残した。

 だから上州の宮野、名胡桃、沼田、厩橋の城に敵が……特にあの白龍がやって来るという事は、御姉様や2人にとって我を見失う事」

 

 そこまで話して、私は一息入れて、月もまだ浮かんでいない星空を見上げた。

 畿内では有名な茶人という千利休さんが、私にぬるめのお茶を()れてくれたので、乾いた喉をそれで潤す。

 次いで、少し熱いお茶で話している間に冷えた体を暖めている間に、相良が口を開く。

 

「なるほど、な」

 

 と。

 声も表情も当事者ではないのに、悔しそうな表情を真()に浮かべていた。

 北条家中と重臣なら知っている話を聞いた彼は、少し大きな櫓が松明(たいまつ)が点々と点いている城を見下ろす。

 今、その城のどこかでは、氏照は刀を振りまくり、氏邦は頭を捻らせまくっているだろう。それを思いながら城を見下ろしたのであろう相良の瞳は、大切な何かをうしなった人のそれだった。

 

「相良は」

 

 駄目だとわかっていても、口は開いてしまう。

 

「相良は、何かを無くした?」

 

 幻庵おじいさんが「わからなければ聞くことも大事ですぞ。そこから色々な情が生まれますしな」と言っていたから。

 そして、その私の問いに対して、相良は驚きと微笑みという情が生まれた。

 

「ああ。大切な人を、な」

 

 三郎と同じ瞳だと気付いた時には、相良は既にそう言っていた。

 また、やらかしてしまった。また、いなくなる。また……。

 

「松千代ちゃん」

 

 父上と御姉様のように、御姉様と姉様のように、そして小田原城で見た姉様と相良のように深くない間柄なのに、深いところまで聞いてしまった。

 そういう場合の相手は、大抵がゆっくりと、そして静かに去っていくのに、相良は御姉様や姉様と同じ人だったようだ。

 

「少しだけだけど、俺の昔話を聞いてくれるか?」

「……うんっ!」

 

 相良の話は下弦の月が出てくるまで続き、それを私と利休さんは聞いていた。後半は彼が元々いた時代の話だけど、それも面白かった。

 櫓の上で茶会をした私達は、音をたてないように下に降り、城の縁側を歩く。

 所々灯りが点いている部屋があるけどそれらには入らず、それぞれの部屋に入る。

 

「お休みなさい」

「お休み」

 

 そして、本庄城を出たときより心が軽くなったからか、私はすぐに寝入る事が出来たけど、翌日の朝は早かった。

 侍女に起こされ、最低限の物を着て、私は評定の間に向かう。

 

「皆もう聞いているとは思うけど」

 

 私と同じ感じがする人が大半の中で、昨日の服のままの氏邦が会議を始める。

 

「長尾景虎が、未明に烏川の対岸にある上州の古墳の上に陣取ったわ」

 

 厩橋から和田城を経由せず、白龍はその名に恥じぬ速さで戦の準備を整えてきた。

 昨日に厩橋城に来て、今日はこの金窪城の近くの古墳。常道を逸する速さに、私達はまだ翻弄されている。

 鉢形城に入られた御姉様、徐々に長尾軍に集う玉虫達、そしてまだ私達を見下ろそうとしている虫達。今わかっている動きを氏邦は言い、周りの状況を整えていく。

 

「恐らくは向こうから攻めてくるでしょうし、あっちの方が多いから私達は迎撃に徹するけど、何かあるかしら?」

 

 熱しやすいけど、理性は失わないので成功していく。そんな彼女が質問も想定して話した事だから、普通は無い。

 だけど、私にはあの白龍の事で少しわかった事があった。それを言い出せる勇気があれば、苦労しないけど……。

 いつものように言い出せない私だけど、今回は私の背中を押してくれる優しい暖かさがあった。

 

「は、はいっ」

 

 意を決して手をあげると、小田原城でしかこんな私を見たことがない2人の妹は驚き、次いで心配そうな表情をしてきた。

 だけど、私も何時までもおずおずしてられないっ。私は2人の姉で、御姉様の養子なのだからっ!

 

「な、なにかしら?」

「多分だけど、長尾景虎は焦っていると思う。何かはわからないけど、大好物を目の前にして焦ってる。その焦りを()けば、向こうに被害を与えれるっ」

 

 ……どうかしら?

 氏邦は少し(ほう)けた表情をした後……何故か子を見る親のように微笑んだ。

 

「むぅ」

 

 思わず、何時ものように唸ると、氏邦だけじゃなく氏照も何故か顔をそらした。


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