相良良晴←ヤンデレ   作:コーレア

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第82話 西から東への話

3月1日 夜

紀伊沖 『小田原号かっこ仮』

荒木 氏清

 

 朝に堺を出て、昼前に相良殿が雑賀衆の舟から合流して、そして全員が集った初めての食事である夕食。

 嵐が過ぎ去って少し荒れる大洋の波で少し酔った頭で、相良殿の乾杯を聞く。

 

「じゃあ、顔見知りの人も多いだろうから、自己紹介をしていこうか」

 

 ありがとうございます。

 

「近衛前久に正式に職を譲って、今はしがない老人になった二条尹房じゃ。家督も息子に譲ったから、これからは小田原に居続けるぞ」

 

 少し前までは姫巫女様を支える摂政でいらっしゃった二条様。

 

「麿も家督を息子に譲り一老人になった持明院基規でおじゃる。書道なら任せてもらえればよい。

 よく聞かれる事じゃが、持明院という家名は家の祖である基頼様が建てられた邸宅の持仏堂の名前からじゃ」

 

 思わず「へー」と言いかけた豆知識を披露したのは、少し前まで正三位権大納言でいらっしゃった持明院様。

 

「家督を誰に譲っとるか迷っとる三条(きん)頼じゃ。分家が五月蝿いので迷っとる」

 

 五月蝿いって言ってますやん、と突っ込みたくなるのは、現役で正一位太政大臣である三条様。

 太政大臣は「適任者がいなかったら置かないよ」という役職で、姫巫女様に辞任したいと奏上されたけど「 はおぬしがてきにんとおもっとる」と却下されたらしい。

 ここまでの3人が、相良殿に西国で助けられ心服された人々で、永住覚悟の人達。

 

「御所の財政を担当している山科言継じゃ」

 

 山科さんは、北条家や佐竹家にたかりにいくらしく、自他共に認める大酒のみの人。

 

「若狭の名田(なだ)という所におりました土御門有(なが)という者です。家督は息子の久(なが)に譲りました」

 

 土御門さんは、長く居座るけどそれも関東の龍脈という陰陽道に必要な物を調べ終えるまで。

 この2人は定住せず、行きの手段にこの船を選んだのだ。

 

「吉川良興です。隣は私の義兄の小早川良平です。流れ者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」

 

 ここからは武家で、まずは2つの戦いで相良殿のために戦った故郷を追放された者達。

 

「三好家から北条家への使者として来ました三好長安です」

 

 三好家の使者代表は、久米田で戦死なされた三好実休 殿の次男である長安殿。

 永住することはなく、北条家に挨拶して陸路で帰るらしい。

 

「柳生の剣術を関東に広めるために、この船に乗せてもらいました柳生石舟斎の次男の久斎とーー」

「父上の一人娘の宗矩じゃ!」

 

 畿内では名の知らぬ者はいないが、関東では新参者になる柳生兄妹。

 

「若狭武田家の武田孫八郎じゃ!」

 

 本家の甲斐の武田家に挨拶するために、この船に乗った孫八郎殿。

 

「本家に挨拶するために乗らせてもらいました結城忠正でございます」

 

 下総という国の 城の本家に向かうため、と称しているのが異教徒とも問答出来て、星空にも造詣が深くて、茶湯の心得も当然あって、能筆であり、剣の達人である結城殿。

 

「丹波から三好家の小田原駐在武士として派遣される事になりました荒木氏清です」

 

 御姉様が暴走しないか心配な私。

 

「三条公頼の三女でけんにょ様の義妹である春でございます」

 

 親子水入らずの旅行をすることになった本猫寺の重要人物である春さん。

 

「本猫寺の外交を任されております下間掛布でございます。下間という家名はーー」

「雑賀衆より派遣されました者でございます」

 

 話が長い人と鉄砲の名人。

 公家、武家、商人、傭兵。異色揃いの人々を1つに纏めた相良殿の乾杯で、ささやかな宴は始まります。

 大人達は陽気に酒を呑みかわし、その他の人は水やあくまで茶人として鎌倉に行く利休さんが淹れるお茶を飲みます。

 宴もたけなわになってくると、私は外の空気が吸いたいと思い、甲板に出ます。

 

「さぶい」

 

 出てすぐに後悔しました。大洋の上というのは予想以上にさぶく、そして真っ暗です。

 しかし、堺のみならず織物の座がある や に広まった『ふりる』についている『ぱーかー』という物は、長袖を着ていても冷えていた頭を覆ってくれるので、まだ我慢出来るさぶさです。

 

「楽しめたか?」

 

 突然の声に振り返ると、同じような服装に特注品である赤色の『まんと』を羽織る相良殿がいました。

 慌てて正面を向いて挨拶しようとしますが、その時に船が一際大きく揺れて体が倒れかけます。

 

「っと」

 

 しかし、相良殿が私を支えてくれました。抱き締められた暖かさは、まるでーー。

 

「荒木さん?」

「っと、すみません! お兄さま!」

「……へっ?」

「あっ、これは、ち、違わなく、じゃなくて、相良殿の暖かさがーー」

 

 ぽんぽん、と頭を叩かれました。

 

「固い人だなって思ってたけど、やっぱり面白い人だったな」

「……やっぱり、ですか?」

「ああ。頼次の下に集うのは、大体そういう人ばかりだろ?」

「…………確かに」

「……くくく……」

『あはははは!』

 

 お兄さま。

 うん、心の中ではそう呼ぼう。







熱中症には気を付けてください(汗)

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